第37話 sideナナ
泥舟に乗ったなら、沈むまで一緒だ。
――やられた。
ナナが気づいたときには、パンドラは血を流し倒れていた。
事前には知らされていないシナリオ。
だから、動揺した。
唇を噛む。
所詮は自分も、駒の一つに過ぎなかったという事だ。
フタツの共犯者には、なれなかった。
なれはしない。
誰も。
どれだけ我々がプロメテウスの事を想おうが、国の事を想おうが、違うのだ。
ベクトルが、量が、質が。
フタツの抱く、プロメテウスへの想いはまるで別物だ。
彼には、ついていけない。
今回の襲撃だってそうだ。
ここまでの事を、自分は了承していなかった。
これまでの事は良い。
自分も売国奴となることも了承済みで、フタツに従った。
この国のためだ。
そう、考えた結果だ。
けれど。
ここまでの事を自分は知らなかった。
知っていたなら止めただろう。
パンドラを殺す。
そのことに、どれだけの意味があったとしても。
今やこの新政府の、国の大きな支えとなったパンドラを失うことは、大きな損失だ。
国の存続に関わると言ってもいい。
それを英雄とは言え、一軍人と天秤にかけ、よりによって軍人の方を取るなど。
国を想えば考えすらしない行為。
――ありえない。
少なくとも、自分はそう考えていた。
考えてしまっていた。
だから、選ばれなかった。
あくまでも軍人として、国を守ることを第一として行動する自分。
個人的な感情がどうであろうと、優先順位は変わらない。
自分は、心の底から軍人なのだ。
「投げ出すか?」
心を見透かしたように声が響く。
手元の端末からだった。
うるさい声だ。
この声こそがフタツの選んだ相棒。
この国の元最高頭脳。
今や情報の集合体。
ペルディクス。
「もう、後戻りはできない」
声は続ける。
「目論見通り、帝国は終わった」
そう。
目論見通り。
そう仕向けたのは、自分たちだ。
実際に行動したのはパンドラやエピメテウス達だった。
けれど彼らに情報を与え、思想を植え付け、誘導したのは自分たちだ。
「会議もおおよそ想定通り」
本来であればこの国に首脳が足を運ぶ必要もない。
それが、この国で顔を合わせることになったのも、自分たちの働きだ。
機械化兵についての糾弾は、追及する側の無人機やステルス兵器などの使用という事実から、こちらにも反論の余地ができた。
彼らの技術もまた、国際法に違反しているからだ。
「彼らがああも簡単に飛びつくとはな」
端末からペルディクスの笑い声がする。
彼らに無人機やステルス兵器を使用させたのは、やはり自分達だった。
技術提供したのだ。
方法は簡単だった。
ペルディクスには、それらに関する知識があった。
演算を繰り返し、既にそれらの技術は彼の物となっていた。
だから。
技術提供をしたのだ。
現在の連合軍の技術に合わせ、必要なデータを送り、技術提供した。
時折、連合軍の技術者が自ら発見したと思わせるような仕掛けも用意して。
技術提供の方法は簡単だ。
ペルディクスは、電子の世界を自由に動ける。
連合軍のコンピューターに入り込むことなど、造作もないことだった。
匿名だろうが、誰かになりしましてレポートを出そうが、端末上で彼は自由にできたのだ。
連合軍は、連合軍の研究機関は、その餌にあっさりと食いついた。
機械化兵に対抗したいと、連合軍の誰もが考えていたからだ。
研究は加速し、連合軍は戦局をより有利なものへと変えたのだ。
「帝国側の犠牲者には、まぁ申し訳ないことをした」
連合軍の新兵器によって、同胞たちは次々と殺されていった。
自分はその犠牲に目を瞑った。
少しでも有利な形での戦争終結。
それが彼女の願いだったからだ。
そのために動いていた。
そのための犠牲であれば、耐えられた。
けれど。
今回は。
「今まで死に追いやった同胞より、今回の犠牲は少ないだろう?」
端末からの声は、笑いを含んでいるように聞こえる。
自身が抱えた罪悪感から、だろうか。
「何千殺した?」
ペルディクスは畳みかける様に言う。
「今更何を動揺する。命は平等なはずだろう」
「うるさい!」
世の言う綺麗事が、こんなにも憎らしく聞こえるとは思ってもみなかった。
拳を握る。
「やるわよ。やればいいんでしょ」
端末を接続する。
事前の打ち合わせなどない。
ここから事態がどう動くかなど、自分は知らない。
ペルディクスが指示を出す。
指示がどんな影響を与えるかなど、知らない。
けれどやるのだ。
もう後戻りはできない。
泥船に乗ったなら、沈むまで一緒だ。
共犯じゃなくても。
相棒じゃなくても。
自分がただの駒であっても。
同じ船に乗ると、決めたのだから。
「交戦中のプロメテウス達の映像を、各首脳の端末、および全世界の主要モニターに繋ぎます」
今、起きていることを。
全世界に――。
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