第35話 運命

 あぁ、これが運命というのなら。



 議論は平行線のまま、午前の調停は終了となった。



「君は……プロメテウスか?」



 プロメテウスに声をかけてきたのは、連合軍でも中心的な役割を担ってきた首脳の一人。


 プロメテウスが一礼する。



「護衛の任につかせていただきます」



 プロメテウスはそれだけ言って、沈黙した。



「護衛の指揮は私が取ります。№13065です」



 機械化兵の上官が代わりに首脳の前に立つ。


 それでも首脳は、プロメテウスから目を離さない。



「意外と……小柄、なのだな」



 視線も言葉も無視して、プロメテウスは持ち場へと移る。


 他の兵が地上を、機械化兵が上空を飛び首脳を守る。


 この調停に反対する者も当然いる。


 首脳に、連合軍に恨みを持つ者も五万といる。


 だからと言って殺させてしまうわけにはいかないのだ。


 それが、今行われている政治という物。


 軍人であるプロメテウス達は、首脳達を守らなければならない。


 銃口を向けるものが、自国民と知っていても。


 空はあいにくの曇りだった。


 地上近くをツバメが飛んでいる。


 雨が近そうだ、とふとそんなことが頭をよぎる。


 そのアナログな思考に、プロメテウスは少し笑った。


 実際、データでは雨雲が近づいていた。


 午後の調停の時には雨が降っているだろう。


 いやだな、とプロメテウスは思う。


 雨は嫌いだ。


 冷たくて、暗い気分になる。


 低空を飛行しながら周囲に目を向ける。


 遠巻きにこちらを窺う民衆の姿が見えた。


「プロ……№01」


 首脳の車に並走しているはずの上官、№13065が近づいてくる。



「どうしても、お前と話がしたいらしい」



 そう言って、車を指す。



「このような時に、ですか」


「プロメテウスと話がしたい、と。強く要求された」



 困ったように笑う。


 首脳の言葉を、一介の軍人がどうこうすることもできず。


 上官は仕方なしにプロメテウスを呼んだらしかった。



「すまないが私では役者としてふさわしくないらしい。相手をしてやってくれ」


「了解しました」



 持ち場を上官と交代して、プロメテウスは首脳の乗る車へと近づいた。



「乗りたまえ」


「窓を開けないでください。防弾ガラスの意味がない」



 車を一旦停止させ、プロメテウスは素早く車に乗り込んだ。


 すぐに車は発進する。


 車内。


 後部座席で相対するプロメテウスと首脳、そして首脳付きの役人の間には沈黙があった。



「無理を言って済まない。どうしても、君に話を聞きたくてな」


「機密事項は話せなません。上官の許可を得る必要がある話も」



 そもそもプロメテウス自身に知らされていないことも多い。



「構わない。世間話をしたいだけだ」



 その言葉の通り、首脳――ワイレンは家族の話を始めた。



「娘がね、腕白で……息子と娘が逆であったらよかったのに、とたまに思うよ」


「……」


「最近、そんなことを考える余裕ができた」



 戦時中は誰しも、そうした平凡な日常すら忘れてしまう。



「君には、家族はいるのかい」


「私は――」



 プロメテウスは言い淀む。


 プロメテウスの出生は、機密事項だった。



「家族は、いました」



 血のつながった親兄弟ではないけれど。



「けれど皆。ほとんどの子は、機械化兵の実験で命を落としたと、聞いています」



 プロメテウスの誕生以降、寺院は子供たちを軍に送り出し続けた。


 初の成功体が出た寺院。


 何の科学的根拠もない、そんな理由で。


 他の孤児院よりも大勢の子どもが被検体となるため送り出され、そして多くが処

理されてしまった。



「彼女。パンドラ様は強い方だな」


「そうですね」


「必死で守ろうとしている」



 この国を、国民を。そして、機械化兵達をも。



「彼女が指導者となるのならば、この国の未来も、明るいものとなるかもしれません」



 言うつもりもなかった言葉が漏れた。


 けれど、紛うことなきプロメテウスの本心。


 そう思わせるだけの何かが、パンドラにはあった。



「そうか。……今、私達の中では君達機械化兵が、人か兵器なのかで揉めている」


「存じております」



 パンドラが、そのことで尽力していることも。



「一つ、尋ねよう」


 ワイレンがプロメテウスを見据える。


 青い眼は、冷たい泉の色だろうか。


 それとも静かに燃える炎の色か。



「君は人か?それとも兵器か?」



 その言葉に、プロメテウスは黙ってしまった。


 安易に答えることはできない。


 返答次第で、機械化兵達の未来が決まるかもしれない。


 世間話の一環だとしても。



「……この心は、自身のものです」



 絞り出すように、プロメテウスが言った。


 この四肢は完全に機械で。


 身体の中も多少弄っている。


 細胞も機械化細胞を移植している。


 プロメテウスの場合、機械化細胞は平常時身体の約30%を占めている。


 ただ、限りなく100%にすることも可能だ。


 そうなれば。


 そうなれば自分は人だと、言えるだろうか。


 寄る辺は心の在処だけだ。



「君たちは、人の定義に当てはまる。けれど兵器の定義にも、君たちは当てはまる部分が多すぎる」



 ワイレンが言った。



「私達が人か否かで、処遇は大きく変わるでしょうね」



 わかっていることだ。


 何度も聞いている。



「あぁ、人として裁判をして、罪があれば罰を受けてもらうか」


「兵器として、処分されるか」



 後者の末路なら見てきた。


 溶鉱炉へ落とされる機械化兵候補達。


 あんな風に自分が、仲間がなるのだろうか。


 それも、受け入れるべきかもしれない。


 溶鉱炉へ落とされた彼等の事を思うならば。


 けれど。



「生きたい、と」



 プロメテウスは言った。



「兵器が願うのは罪でしょうか」



 それは、考えることなく口からこぼれた。



「……兵器は、祈りを知らんよ」



 ワイレンが静かに言った。



「意見は半々だ。きちんとした議論は午後だが、君達について情勢は五分五分だ」


「そうですか」


「だから、聞かせてほしい」



 ワイレンは、プロメテウスから目線を外さない。



「君が、何者なのか」


「……私は」



 プロメテウスは、何と答えるかも決めずに口を開いた。


 その時。


 警報が鳴った。


 遠くからかすかに響いた、乾いた発砲音を耳が拾う。


 けたたましい警報音に、異常が起きたことを知る。


 ――ありえない。


 デウカリオンがついているのに、一対何が起きるというんだ。



 『パンドラ様の車から緊急信号!』


 『負傷者を確認』



 会議場に残って兵達を総括していたナナからの通信。


 リクから入る現場の様子。



 『……パンドラ様が、』



 そう言いかけたリクからの通信が、突然途絶える。



「リク!リク!」



 呼びかけに反応はない。



「パンドラ様の護衛は……」



 誰だ。


 無事、だろうか。



「……フタツ」



 そう、護衛はフタツだった。


 彼は無口だが、任務は完璧にこなす。


 なら、なぜ。


 最悪の事態が頭をよぎる。


 余程の事、が起きてしまった。


 この、調停の日に。



「ここは他の機械化兵と兵、私の近衛で問題はない」


「え」


 ワイレンが言った。


 ワイレンの目に映るプロメテウスは、酷い顔をしていた。



「様子を、見に行って来たらどうかね」



 その言葉に、縋った。


 車を飛び出す。


 追いかける者はいない。



「護衛、頼みます」


「あぁ」



 №13065を追い抜く際に、短い言葉を交わす。


 皆、気になるのだ。


 プロメテウスが行くべきだ、とその場の誰もが直感した。


 方々から、デウカリオンたちも現場に向かってきていた。


 一番初めにその場に着いたのはプロメテウスだった。



「フタツ!」



 その呼びかけに、フタツは振り向いた。


 その姿に安堵したのもつかの間、彼の足元に崩れる「それ」に、彼の手に展開さ

れた銃に、プロメテウスはすべてを理解した。


 少し離れたところにはパンドラの護衛にあたっていたエピメテウスも転がっている。


 心臓が早鐘を打つ。



「なに……したの」



 あぁ、そんなこと。


 わかっているんだ。


 わかりきっている。


 けれど、確かめなければ。


 彼の口から、聞かなければ。



「パンドラ様を撃った。殺し損ねたがじきに死ぬだろう」


「なんで……」



 冷たい、声だ。


 冷たい眼だ。


「新政権を。俺は認めない」



 そう言うと、フタツは銃口をプロメテウスに向けた。




 銃口を向ける者が、自国民と知っていても。

 仲間だと、知っても。

 あぁ、これが運命というのなら。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る