第34話 ギフト

 それは神が選ばせた運命か。


 人が選んだ業だろうか。




「あなたは帝国の皇女。皇女が立つ以上、この国は以前と変わらない帝国ではないか」


「世間はこの戦争の終結を茶番だという。帝国の一人芝居だと」


「帝国を存続させるために、後続が権力を持ち続けるために打った芝居だと」



 調停の場は、予想通りパンドラへ攻撃が集中した。



「私は、この地位に立ち続ける気はありません。あくまで仮の王。この国の王は、然るべき手段によって選出されるべきと考えています」



 パンドラ達は、帝国の世襲制を肯定しない。


 国の王は、民から選ばれなくてはならない。



「ならば、今ここでの調停は無意味ではないか!」


「現時点で私にすべての権限があることに違いはありません。たとえこの後、この国の王が変わっても、調停は意味あるものとなるでしょう」


「国が違う、などと宣って敗戦も賠償も認めない国の言葉を、誰が信じるというのかね」


「この調停は、それらの落としどころを模索する場では?あなたは何故、今この場に出席されたのですか」



帝国側は、調停の準備を十分に行えたとは言えなかった。


新しい国の準備に、その労力の大半を裂いていた。


一対多数。


そんな戦時の構図に変化はなく、話に進展もなかった。



「戦争が終わっても、僕らは負けっぱなしだ」


「まだ、負けてはいない」



 負けてはいない。


 それを確認するための調停でもあった。



「そうは言ってもさぁ」



 多勢に無勢じゃないか。


 ソファでくつろぎながらシチが言った。


 プロメテウスとデウカリオンたちは各国の首脳の護衛として付いていた。


 現在は別室で待機だ。



「任務中だぞ、シチ」



 だらけすぎだ、とミツが軽く頭を叩く。


 目線は会議場を映すモニターから外さない。


 異変があれば、すぐに対応しなければならないのだ。


 護衛対象が、同胞たちを奪った連合軍の人間だとしても。



「この調子で私達の処遇も話し合われるのはいただけませんね」


「予定ではその議題は午後だな」


「しばらく先か」



 会議はまだ、始まったばかりだ。



「こうしてまた一堂に会する日が来るとは、正直思ってなかった」



 イツキも戦場で、この戦争の終わりを知った。


 ほとんど状況を把握しないまま拘束され、自由になったかと思えば今回の任務だ。



「ナナは知ってたのか?パンドラ様達の事」



 この、反逆の計画を。



「……えぇ、まぁ」


「そう」



 ナナの返事に、責める声は上がらなかった。


 誰もが終わらせたいと願った戦争だ。


 過程がどうであれ、結果がどうであれ、願いはかなった。


 流した血は皆無とは言わない。


 けれど、きっと戦争を続けていくよりずっと少ない犠牲だった。


 ナナはナナの思う最善の選択をした。


 それだけだ。


 軍人としては、失格だろう。


 けれど誰も、それを責めることはできなかった。



「大体機械化兵などという……」


「その議題は午後からです」


「いや、この件にも関わりがある」



 モニターの中では、未だ激しい議論が続いていた。



「――。ならば、あなた方連合軍の開発した無人機とステルス兵器。あれらも国際法違反の兵器と技術ではないですか」



 パンドラはほとんど一人で他国の首脳陣と話をしている。


 その舌鋒は鋭く、不利な状況の中を見事に立ち回っていた。



「あのステルス兵器とか、無人機とか」


「開発の過程上が、ある段階でごっそり抜け落ちてるんだって。あ、僕に打ち込まれた弾丸についてもね」



 そう口を開いたのはムツとリクだった。


 彼らはその人格を損なうことなく、軍に戻ってきていた。


 リクは細胞も安定化し、機械化細胞の展開も、空を飛ぶ程度であれば容易くできる様になっていた。


 今回はサポートとして護衛の任についている。



「どういうことだ」



 ミツが尋ねる。



「噂だけど。それまでの研究では到底たどり着けない段階に、ある日突然行き着いた、とか」


「まるで、答えだけを教えてもらったみたいに」


「答えを……教えてもらう?」


「人類がたどり着くには後五十年は必要な技術、だったらしいよ」



 ダイタロスの研究員が言ってた。


 そう、ムツとリクが言う。


 その技術が、数か月の間で連合軍のものになった。


 にわかには信じられない話だ。



「ただ技術の再現は困難を極めている、って噂もあるわ」



 ナナも噂の一端を耳にしていたらしい。



「一度手にした技術だろう?」



 ナナの言葉に、イツキが尋ねる。


 ナナも説明しづらそうに、言葉を続ける。



「そう。でもなぜか再現できない。開発者でさえも。戦争が終わってから、ずっと」



 そんなことが、あり得るだろうか。



「神からのギフトってか?」


「私達元帝国の側からすれば、悪夢ね」



 冗談めかしたイツキの言葉に、ナナも答える。



「いや、どうだろう」



 口を挟んだのはシチだ。


 ソファに横たえていた身体を起こす。



「確かにそのせいで追い込まれたけど。そのおかげで反論の余地を得ることができている」



 今行われている会議がまさにそうだ。


 連合軍側にも非があると、そう言える確実な根拠。


 つまり、新国家にとっても連合軍の新たな兵器は、ギフトとなり得るのだ。



「どちらにとってのギフトだろうと」



 ずっと黙っていたプロメテウスが口を開いた。


 フタツも無言で、プロメテウスの方を窺う。



「神なんてものの仕業じゃないわ。神は人間を救いもしなければ、見捨てもしない」



 

 ただ気まぐれに起こした神の奇跡を、幸いとするか、災いとするか。


 火を授かった人間は暖をとり、明るい夜を過ごした。


 それは幸いだっただろう。


 その日は時に住処を奪う業火となった。


 武器を生み、争いを生んだ。


 それは、災いだっただろう。


 それは神が選ばせた運命か。


 人が選んだ業だろうか。

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