第33話 望み

いっそ、頑是ない子どものように、泣きわめくことができたなら。




「試作機№01、出ろ」



 帝国が滅びた後。


 プロメテウスは新政府の求めに従い帝国だった場所へ戻った。


 今この土地は、新政府の治める仮の国家だ。


 名は、まだ無い。


 プロメテウスはすぐに拘束され、収容所へと入れられた。


 特に抵抗はしなかった。


 多くの機械化兵やサイボーグ兵、一般兵が収容所へ収容されたらしい。


 プロメテウスの耳に届く情報は、僅かだ。


 真偽も定かではない。



「嫌な呼び方」



 誰に言うでもなく、プロメテウスは呟いた。


 第一期試作機№01.


 その呼ばれ方が、プロメテウスは大嫌いだった。


 プロメテウス以前の被検体の存在を、この名から知ることはできない。


 およそ三百の人の命が、機械化兵となることもなく消えた。


 けれどその犠牲がなかったかのように、プロメテウスに与えられた名は綺麗なものだった。


 ただ、その方が便利だった。


 他意はない。


 ダイタロスの事だ。


 その番号付けに、意味などないだろう。


 けれど。


 表には出てこない、たくさんの犠牲を思い出して。


 自身の番号がその犠牲から目を背けている気がして。


 名を呼ばれるたびにプロメテウスはいつも、心臓を掴まれたような気分になる。

 忌まわしい数字だ。


 その数字の前にあった犠牲の終わりで。


 それ以降に続く、この戦争に駆り出された者たちの犠牲の始まりで。


 犠牲はあまりにも、多い。


 多すぎる犠牲だった。


 その一因を担ったのは、間違いなくプロメテウスだ。


 帝国に引き際を見誤らせた。


 戦争を、長引かせた。


 国民に、苦痛を強いた。


 それは、プロメテウスという希望があったからこそのもの。


 もしかしたら、と期待を抱かせてしまった。


 彼女の罪だ。



「入れ」



 見知らぬ兵に案内され、部屋に入る。


 すぐに扉は閉められ、施錠される。


 その気になれば、脱出など容易い。


 機械化兵の身体で壊せる壁。


 家具や人の位置関係も把握した。



「そう、警戒なさらないで」


「パンドラ様」



 部屋には、パンドラとエピメテウスがいた。



「初めまして、になるかしら」


「はい。お見かけしたことは、何度か」



 プロメテウスの前に立つ二人が、反逆軍の首領。


 否、帝国が崩壊した今、反逆は反逆でなくなった。


 むしろ、プロメテウスが裁かれるべき、帝国の遺物。



「お座りになって」



 席を勧められ、パンドラと向かい合わせに座る。


 エピメテウスはパンドラの斜め後ろに立った。



「現状をお伝えしますね」



 パンドラが言った。



「今、連合国の方々と話を進めているわ。私達の新国家及び新政権を受け入れるかどうか、とか」



 この穏やかに話す少女が、帝国を終わらせた。


 戦争を終わらせた。


 プロメテウスにはなまじ信じられないことだった。


 細い腕だ。


 プロメテウスの金属の腕とは違う。


 けれど彼女は導いた。


 きっと彼女の心は鋼より強い。


 強く、あろうとしている。



「問題の一つに、あなた達の事があがっているわ」


「……機械化兵」


「そう。国際法で禁止されている人体実験の果てに、帝国がたどり着いた一つの成果。見逃すには、問題がありすぎる」


「……連合軍の感情も許さないでしょう。我々は、彼らの仲間を多く殺しましたから」


「お互い様……なんて言葉は言えないわね」



 被害は断然、帝国軍の方が多い。


 けれど機械化兵に殺された連合軍の兵士も、決して少なくはない。


 機械化兵単体で殺した兵の数など、一般兵とは比べ物にならない。



「国際法違反については向こうも禁止されている無人機の投入に、禁止技術を使用したステルス装置。叩けば色々出てくるから、イーブンには持っていける。機械化兵の実験の犠牲は……帝国民でしたし」



幸い、他に目立った国際法違反はない。


正々堂々と戦いをしようとしていたのは帝国だった。


だからこそ窮地に立たされた。



「ただ、機械化兵については……」



 エピメテウスが口を挟む。



「新政府が所有するにも戦力が大きすぎる。個人で持つにしても。国際均衡保持機関も処遇を決めかねている」



 帝国の遺物が大きな力を有しているというのは、外野からすれば面白くないだろう。


 いつ牙を剥かれるか分かったものではない。



「そこで、ある一点が争点となっています」



 パンドラが人差し指を立てる。



「機械化兵は兵器か、人か」


「それは」


「あなた達に当てはめる、人としての定義が定まっていないから……とでも言いましょうか。人なのか、人のような機械なのか彼らは計りかねているわ」



 パンドラが緩く首を振った。



「その定義如何によっては、あなた達の処遇は大きく変わるわね」


「……はい」



 人でなければ、簡単に処分できる。


 物として。



「私達は、あなた方機械化兵を人だと考えています。むしろこの戦争の被害者である、と」


「ただ、どうにかしてあなた方の力を手に入れたいと望む輩がいる。それができないならば」


「亡き者にしたい、と」



 プロメテウスにも、その感情は理解できた。


 自らの手の届かない力。


 ならば、無くなってしまえ。



「私達はあなたを。あなた達を、連合軍に渡すつもりはありません」



 機械化兵の戦力は現在新政府のもとにある。


 反逆の際、共に戦った機械化兵もいる。


 こうして拘束されているプロメテウス達も。


 機械化兵はすべて新政府の手の届く場所にいる。


 連合国が手を出す前に、新国家が手元に置いた。


 軍の上層の一部も反逆に加わっていたこともあり、そのまま軍は新国家でも機能する。


 だから、連合軍は新国家に迂闊に手を出せない。


 戦力の確保並びに戦力の低下の抑制。


 少なくとも、外部には戦力があることをアピールしなければならない。


 そのため、敵へは決して機械化兵を渡せなかった。


 一人たりとも。


 だから、一秒でも早い機械化兵全員の国内収容が必要だった。


 けれどその行為は、対外的な戦力のアピールだけではない意味がある。


 庇護下に置いたのだろう。


 この二人を見て、話を聞いて、守られたのだとプロメテウスは理解した。



「情勢は五分五分です。この情勢を有利に運ぶために、あなたには働いてもらう必要があります」


「私に、出来る事であれば」


「けれどその結果……命を、失うことになるやもしれません」



 もとよりこの戦争で尽きる命だと、プロメテウスは思っていた。


 この戦争が終わる時裁かれる命だと。


 そのために生かされた命だと考えていた。


 「プロメテウス」と呼ばれた時から。


 機械化兵として、立った瞬間から。



「覚悟の上です」



 否、それこそが。


 プロメテウスの望み。




 プロメテウスが退室した後。


 パンドラは席に着くと、深いため息を漏らした。



「少し休まれては?」



 エピメテウスがそう提案するも、パンドラは首を横に振った。



「時間が惜しいですから」



 やらなければならないことは山ほどある。


 国内も、国外も、安息は微妙なバランスの上に成り立っていた。


 その均衡を保つためにも、多大な労力が必要だった。



「本当に、良いのですね」


「決めたこと、ですから」



 届いたメッセージに目を通す。



「あなたにも、命を懸けていただくことになりますが」


「私は軍人です。国のために命を懸けることに、何ら問題はありません」



 エピメテウスの手は、もう震えてはいない。



「あなたは、真に英雄なのですね」



 偽りの英雄と嘆いたころとは違う。


 彼は新しい国を導く者の一人となる。


 帝国を終わらせ、新しい国を作ったその時のように。



「あなたこそ」



 エピメテウスがパンドラに向ける眼差しには、畏敬の念が込められていた。


 民を導き、戦争を終わらせ、今新たな国のために動く彼女は。


 エピメテウスにとって、十分英雄たり得る存在だった。



「過去の戦争を終わらせるため、調停の開催が決定されました」



 新国家と言えど、帝国の土地、帝国の民。


 そしてその新国家を率いるのは皇族の血を引く者。


 全く関係がない、と認められるはずもなかった。


 そんな中で、調停までこぎつけたのは大きな成果と言えた。



「開催地はこちらの国になりました」


「第三国ではなく?」


「はい。この国の値踏みもしたいとの考えでしょう」



 この新政府と土地に、どれだけの価値があるか直接見て回ろうとでもいうのか。


 この国に来なければ、見れないものもある。



「調停の折には機械化兵も動員します。準備をお願いします」


「はい」



 機械化兵はその最たるものだろう。



「プロメテウスとデウカリオンにも、首脳の護衛をお願いします。各人に指示を」


「は」


「それと」



 踵を返し部屋を出ていこうとしたエピメテウスに声をかける。



「あの時、帝立アリーナではありがとうございました」



 振り返ったエピメテウスが、きょとんとした顔をする。



「あの時。死んでもいいと思ったんです。でも、本当は生きたかった」



 あの時の恐怖は忘れないだろう。


 そして。



「あなたは私を助けてくれた」



 あの時の光を、忘れることはないだろう。



「そのお礼を、まだしていなかったと思いまして」



 穏やかに微笑む彼女の姿に、エピメテウスは一瞬顔を歪ませた。



「私は職務を全うしただけです」



 エピメテウスの口から出た言葉は、たったそれだけだった。


 それ以上口を開けば余計なことを言ってします。



「それでも、嬉しかった。今、こうして立つことができるのもあなたのおかげです」



 本当にありがとう。


 そう言って、彼女は笑う。穏やかに。



「……では、一つ。お願いをしてもいいでしょうか」



 エピメテウスは口を開いた。


 少し、声が震えた気がした。



「私にできる事であれば」


「あの日。襲撃の前。あなたは歌いながら、どこか不満げに見えました」


「軍歌ばかりで」



 つまらなくて。


 そう言って肩を竦める。



「では今度。ひと段落着いたときに」



 いつの事かは、わからないけれど。



「あなたの好きな歌を、聴かせていただけませんか」



 その言葉に、パンドラは目を見開いて。


 ゆっくりとうなずいた。


 一瞬見えた彼女の瞳に雫が溜まっていたように見えたのは、エピメテウスの見間違いだったろうか。


 静かに一礼して、エピメテウスはドアを閉めた。



「――っ」



 閉めた扉を前に、エピメテウスは下を向く。


 赤いじゅうたんに、濃い斑点が浮かぶ。


 雫がこぼれたのは、自分の瞳からだった。


 声にならないその叫びは、誰にも届かない。




 いっそ、頑是ない子どものように、泣きわめくことができたなら。


 少しは楽だったろうか。

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