第31話 罪と裁き

何が罪と言うのか。




「プロメテウス!」



 そう、親し気に呼ばれたのはいつ振りだろうか。



「イツキ」



 その声に振り返れば、五期試作機のイツキがいた。


 イツキとは長い付き合いだ。


 プロメテウスにも気軽に声をかける。


 プロメテウスも構えずに話せる数少ない人物の一人だった。



「この作戦、プロメテウスも参加するんだな」


「まぁ、万全を期して、というところね」



 試作機が複数集まる戦線などあまりない。



「最近の連合軍の動きに警戒しているんだろうけど」



 機械の身体では探知できない敵。


 機械化細胞の働きを抑制する物質、無人の戦闘機。


 急増してきたそれらのイレギュラーに帝国は対応しきれずにいた。


 帝国軍ができることなど、たかが知れているのだ。


 機械化兵の増員もままならず、配置を徒に動かすだけで対応した気になっているに過ぎない。



「俺のいた戦線は放棄された」


「こちらも戦線を大分下げざるを得なかった」



 周りは二人を気にしつつも近づこうとはしない。


 二人の周りには空間が生まれていた。



「プロメテウス」



 イツキが低い声でプロメテウスの名を呼ぶ。



「きっと、遠くない将来」



 プロメテウスをひたと見据える。


 真剣な目だ。



「この戦争は終わる」


「……そうね」



 それは、上層にいればいるほど感じる事実。


 この帝国は延命しているだけに過ぎない。


 最近一般の兵達も気づき始めた。


 この帝国が、終焉に向かっているという事実に。


 それは士気の低下に如実に現れていた。


 何も新しい兵器の存在だけが、この帝国の死期を早めているわけではなかった。



「なんだか、さ」



 イツキが空を仰ぎ見る。


 空は晴れていて、雲も飛行機も、何もない青が広がっている。



「最近、戦いづらさを感じている」


「あぁ」


「久しい感覚だよ」


「え?」



 プロメテウスが聞き返す。



「俺が、生身の人間だった頃。サイボーグ兵だった頃の感覚だ」



 戦闘機に乗っていた頃、ずっと纏わりついていた感覚だ。


 機械化兵の身体は、あらゆる面で生身の兵より優位だ。


 だからこそ知らないこともある。


 忘れ去っていたことも。


 いつどこから襲ってくるかもしれない恐怖。


 被弾すれば傷つき動けなくなる身体。


 処理しきれない敵の数。



「忘れていたんだよね」



 生身の身体の不自由さを。



「私は、知らずにいたわ」



 プロメテウスは、機械化兵の被検体となるために軍に入った。


 だから、生身で戦地に立ったことなどない。



「ねぇ、プロメテウス」



 イツキがまた、名前を呼んだ。


 一層低くはばかるような声だ。


 プロメテウス以外には、聞こえない。



「逃げちゃう?」



 イツキの言葉に、プロメテウスが目を見開いた。


 二人の間に沈黙が流れる。


 それも一瞬の事だった。



「軍法会議にかけられても文句は言えないわね。データが送られていたらどうするの?」


「……冗談だよ」



 イツキが笑う。



「それに、軍法会議にかけられたって問題はない。帝国は貴重な戦力を無駄に散らせはしない」


「そうだとしても」



 プロメテウスが嗜める。



「バレたら過酷戦線祭りかな。……今のプロメテウスと変わらないか」



 そう言って、イツキは笑う。


 一連の会話が、本心からの言葉だったのかどうか、プロメテウスにはわからない。



「……逃げるわけにはいかないもの」



 プロメテウスは、それだけしか言えなかった。



「私は、逃げるわけにはいかない」



 重ねて、プロメテウスはそう呟いた。


 たくさんの兵を戦地に送ってきた。


 その責任の一端はプロメテウスにもある。


 広告塔として国内から兵を募り、戦地へと送る。


 国民に、希望を見せたのは間違いなくプロメテウスだ。


 その責任は取らなければならない。


 少なくともプロメテウスはそう考えていた。


 だから。



「私は裁かれなければ」




何が罪というのか。


希望を与えたことが罪と言うのなら。

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