第29話 心のある場所

 もとは泥の人形だとしても



「久しい……という事もないか」



 ミツはエレベーターに乗り合わせたナナにそう声をかける。



「そうだな」



 最近、というほどでもないが、似たようなことがあった気がする。



「プロメテウスも呼ばれている」



 ナナが言った。



「またよほどの事、か」


「そうだな。デウカリオンから脱落者が出るのは久々の事だ」


「……リク、か」



 すでに情報は入ってきている。 



「ムツもだろうな」



 彼らは二人で一つのような存在だった。


 リクを失うという事は、同時にムツを失ったも同じだ。


 先の戦闘でリクの異変に動揺したムツは、その後の戦闘に制裁を欠いた。


 結果として、辛くも防衛は果たしたものの、想定以上の犠牲を出すことになった。


 階級がどうであれ、機械化兵である以上その責任は、重い。



「上も優しいものだ。ムツ、リクの両名を内地へ戻した」



 ナナの言葉には、強い皮肉が込められていた。



「優しい?」



 ミツも皮肉を言葉に乗せる。



「新しい兵器の犠牲者と目撃者。しかも双方、記憶違いなど起こしようもない記録媒体を持っている」



「上層部の欲しい情報が、転がっているわけだ」



 それを目の前に、上層部が行う事などわかりきっている。



「恐ろしい話だな」


「鳥肌が立つ」


「我々に鳥肌なんて機能、ないよ」


「例えだよ」


「わかっているさ」



 喉の奥で、ナナが笑う。


 けれど、その表情は硬い。



「不便な身体だ。我々の身体は」


「だが、この身体でなければ出来ないことも多い」



 地を誰よりも早く駆け、空を飛ぶ。


 索敵能力も生身の人間の比ではない。


 けれど。



「解体されてデータを暴き出される事、とかか?」



 ナナの言葉に、ミツが顔を顰める。


 想像したくもない。


 ミツ達機械化兵のデータは、視覚情報をはじめとして逐一記録されていく。


 データの多くは回線を通じて、随時情報部隊に報告され、戦闘データとして活かされる。


 その他にも、感情を伴うデータは圧縮されつつ身体のどこかに埋め込まれたブラックボックスに記録されていく。


 今回、ムツとリクはそのブラックボックスを取り出す作業を受けることになるだろう。



「さて」



 ナナが腕を組む。


 それは心理的な防御の姿勢。



「彼らの。我々の」



 ミツを見上げて薄く笑う。



「心はどこにあるのだろうね」


「脳、だろう」



 そう教わった。



「昔は、胸にあると思われていたらしいよ」


「知っている。だが、人は脳で考える。ならば、心とは脳にある」


「私達も、そうだと?」


「……脳は、人のもの……だろう?」



 試作機も、機械化兵も、脳には手を加えられていないはずだ。


 だから心は、人と同じ場所にある。


 ミツはそう考えた。



「さあ。そう言い聞かされているだけかもしれない」



 にい、とナナが笑う。



「それに、記憶や感情を保管する装置なんて、本来は脳以外にはないだろう。私達は、脳の他に、脳のような記憶媒体がある」



 ナナが続ける。



「そこから感情の信号も読み取れてしまうような、ね」



 それは、知っている。


 実際、目にしているデータだ。


 感情を発信する記憶媒体。


 それは、脳に近い何かだと、言えなくもない。



「まぁ、だが実際。それで我々に変化があったとしても」



 ナナは、笑みを崩さない。



「私達には、確かめようのないことだ」


「……きつい冗談だな」



 ナナの笑った顔から、目が離せない。


 ミツは、自分の顔が強張っているのを自覚した。


 脳が、自分が。


 生まれ持ってのものでなくなっているのならば。


 自分は、何者だというのか。


 無理やり笑って言葉を返すも、ミツの心に生まれた不安は簡単に消えることはなく。



「仮にお前の言っていることが本当だとしたら。今回の件で二人は……」


「さぁ。脳を直接いじられる可能性もある。そうでなくても脳のような役割を持つブラックボックスを抜き取られて無事かどうかなど、わかりはしない」



 ナナの言葉はにべもない。



「抜け殻になるか。新たな人格が埋め込まれるか。当然、私の話が与太で、何事もなく二人のままでいられるかもしれない」



 恐ろしいことを平然と言ってのける。



「……我々は」



 ミツが呟く。



「何者なのだろうな」



 生まれた時と、同じ自己か。


 人か、機械か。


 それとも別の何かか。


 ふと湧いた疑問に、ナナは軽く答えた。



「我々だろうな」


「――なるほど」



 力が抜けたように息を吐く。



「安心しろ。彼らに関して脳をどうこうという話はない。ブラックボックスも一時的に取り出して、すぐ元に戻す。暇つぶしの」



 ナナが苦笑を漏らす。


 どちらかと言えば、ミツが苦笑したいところだ。



「悪い冗談だ」


「……安心したよ」



 随分と哲学的な話をしてしまったものだ。


 世に言う無駄話という物だった。


 戦地ではできない行為。


 ようやくついた会議室にはプロメテウスの姿があった。


 無表情ながらも、まとう空気は固い。


 珍しくフタツもすでに到着し、ちらほらと他のデウカリオンの姿もあった。


 とくん、と鼓動が鳴る。


 ――あぁ、そうだ。


 自身が何者でも、良い。


 守れるならば。


 共に行けるならば。


 けれど一人より。



「我々、の方がいいな」




 もとは泥の人形だとしても。


 今が、何者であったとしても。


 生きて、死んで行きたいと願う。

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