第28話 変化
変化は訪れるものだ。
「各位に、ねぇ」
「どう対処しろって?」
「さぁ」
渡されたデータに、そこまでの事は書いていない。
ムツとリクは通達を既読にすると、互いに首を傾げた。
通達内容は、敵の新たな兵器についてだった。
だが。
「気づきようがない」
「対処のしようがない」
二人は言う。
「僕たちは機械と……この細胞に頼る戦い方しか知らないのだから」
「他なんて、知らない」
「これは、いよいよかな」
「これは、ヤバいかな」
何が、とはあえて口にするまでもない。
いや、対象が多すぎて何とは絞れない。
「ムツ隊長、リク隊長」
部下の呼びかけに二人同時に振り向く。
同じ顔が二つ、そこにあった。
六期と七期の試作機の生き残りは二人ずつ。
そのうち六期の二人は双子だった。
他の試作機達より、幾ばくか若く見える。
試作機の中で最も若い成功体。
機械化兵計画――イカロス計画の年齢基準を決定づけたのは彼等だ。
プロメテウス達は入隊後に機械の四肢を作り、身体を慣らし、軍の規律を学んでいる。
そうして、準備を整えた後に機械化細胞とチップを移植する。
そのため入隊してから機械化兵になるまでの間には、僅かとは言え開きがあった。
けれど彼らは。
ムツとリクはそうした訓練は受けていない。
そもそも彼らは、兵ではなかったし、志願もしていなかった。
軍に出入りする業者の従業員だった彼らは、基地内の事故によって身体の半分を失った。
二人仲良く、右半身と左半身を、それぞれ。
即死ではなかったが、医学では到底救うことのできない命だった。
その惨事に現れたのが、ダイタロスだった。
どうせ死んでしまう身体であるならば、と彼は二人に機械化細胞を埋め込んだ。
奇跡は二人に起こる。
二人は望まないまま機械の身体を移植され、チップを埋め込まれ、第六期試作機と名付けられた。
そうして、彼らは望まないままに、戦地へと駆り出されることとなった。
「出撃命令です」
ムツとリクはその成り立ちと若さゆえ、他の試作機よりは低い地位を設定されている。
上官が存在するのだ。
故に、こうして命令を下される。
「行こうか、リク」
「行こうか、ムツ」
配属先は常に同じ。
出撃も、帰還も二人同時。
お互い、今の処遇に不満はない。
出撃命令がいささか増えてきたこと以外は。
「出撃!」
上官の声に二人は地を蹴った。
空に跳ぶ。
今日はあいにくの曇り空だが、飛行に問題はない。
味方の戦闘機と並行して空を翔る。
「先に行こうか」
「上官にどやされるよ」
空を飛ぶことは、二人とも好きだ。
事故の前の身体ではできなかった。
こんな高さまで跳躍もできなければ、雲を抜けて飛ぶこともできない。
身体も凍えてしまうだろう。
だから、二人はこの身体も嫌いではない。
何かの音を拾った気がして、ムツは周囲を見回した。
視界には何もない。
接敵は、もう少し先のはずだ。
敵の存在を知らせるアラームも沈黙している。
けれど。
しかし。
「何か来るぞ!」
ムツがそう、警告を発した瞬間。
隣を飛ぶリクの身体がぐらりと傾いた。
「リク!」
そのまま落下していくリクを追う。
リクの羽が、空を飛ぶために生やした羽が、片方撃ち抜かれていた。
「リク!翼を再展開しろ!」
機械を通じて届いているはずの声に、応答がない。
翼が修復される様子も、新たに展開される様子もない。
意識は、あるようだったが。
――機械化細胞が、活動していない。
そう、考えに至った瞬間、血の気が引く。
「リク!」
加速する。
このままでは、リクは墜落して死んでしまう。
それに。
機械化細胞で生かされている身体だ。
機械化細胞が何等かに不具合を起こしていたとしたら。
リクの生命に危険が生じる恐れがある。
自分たちは事故で半身を失った。
助かって、ここにいる。
けれど、「治った」わけではないのだから。
リクの身体を捕まえる。
「無事か!」
腕に抱きこんで、顔を覗き込む。
リクは目を開け、苦笑を漏らす。
「すまん。どじったらしい」
どうやら、機械化細胞は完全に活動を停止したわけではないらしい。
ゆっくりとだが、羽の部分が身体に戻り始めていた。
「……様子がおかしい」
「あぁ」
二人が、違和感を感じていた。
「細胞の動きが抑制されている」
リクが言った。
「細胞の反応が鈍い。細胞が、眠っているような。命令がうまく伝わってない感じもする」
聞いたこともない話だった。
暴走し増殖し続けることはあっても、機械化兵が死なない限りは活動を止めることはない。
常に分裂と成長と、死を繰り返している。
そう説明を受けている。
ましてや、「眠る」など。
だが、目の前の事態はなんだ。
上空では、味方の戦闘機が一機、撃ち落されるところだった。
煙をあげて落下していく。
「会敵に気づかないなんて」
本来であれば、もっと先で会敵するはずだった。
連合国側が、予想以上にこちら側へ食い込んできている。
だとしても、気づけたはずだ。
油断はなかった。
おそらくこれも、「新兵器」というもののせいなのだろう。
「……何かが、おかしい」
敵が見えない。
それだけではない。
それだけではない何かが、迫っているように思えてならなかった。
変化は訪れるものだ。
変化は強いられるものだ。
こちらの都合など、構いはしない。
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