第27話 回る車輪

 加速していく。 



 異変は徐々に、戦場に広まっていった。


 前線で戦うプロメテウス達は、その違和感をいち早く感じ取っていた。



「連合国の奴らも、死に物狂いってことだろう」


「それにしても、技術の進歩が速すぎませんか」



 上官との立ち話で、違和感を共有する。


 戦いにくさ、を感じる場面が増えた。



「連合国は各国の頭脳が共同で武器開発してるんだろう。ダイタロスのような者が見出されても不思議はない」


「……なるほど」



 ダイタロスは、紛れもない天才だった。


 発想も、それを実現するための知識も、技術もあった。


 稀有な、存在だった。



「けれど、こんな急に……」



 そう口にして、予兆はあった、と思い直す。


 索敵に長けたサイボーグ兵や機械化兵が、見張りの任についていた時に襲撃されたことは記憶に新しい。


 機械化兵は、命を落とした。


 それから。


 襲撃は、日に日に増えていった。



「見張りを増やす。皆には負担をかけるが」


「私も見張りに加わります」



 疲弊している兵達に、これ以上の負担は出来れば避けたかった。


 焼け石に水だろうと、プロメテウスは見張りに志願する。


 そもそもプロメテウスの階級は、見張りに駆り出される程度には低い階級である。


 「英雄」という立場や、戦闘での有用性から、見張りを免除されていたのだ。



「いや」



 そう、上官は口にして、口を噤む。



「いや、すまない。頼もう」


「はい」



 上官はプロメテウスの提案を受け入れた。


 現実的に見張りの人員の確保は急務だったのだ。



「……物資の供給も滞っているな」



 倉庫の扉を開けて、上官がため息を吐いた。


 本来荷があるはずの場所に、地面が見える。



「増援も、遅れているようですが」



 倉庫の外の兵達を眺めて、プロメテウスが言った。


 上官は眉をしかめるだけだ。



「プロメテウス」



 少し離れたところで、名が呼ばれる。


 この前線の指揮官だ。


 表情が暗い。


 疲弊しているのは、なにも一般の兵だけではない。


 多くの命を預かる彼の心労はいかほどの者だろう。



「オカヤマ、お前も」



 上官も呼ばれ、二人で指揮官の元へ行く。



「指揮官……顔色が優れないようですが、お休みになっては?」



 あまりにも顔色が悪い。



「いや、いい。それより」



 そう言って、言い淀む。



「悪いニュースならば、我々は聞き慣れておりますが」



 オカヤマが言った。



「色々……数も多くてな」



 疲れた顔で、指揮官が笑う。


 指揮官のテントに入る。


 ここには三人だけだ。



「補給部隊と増援部隊の事なんだがな」


「嫌な予感が」



 おもむろに切り出された話題に、二人の表情が硬くなる。



「襲撃を受けた。補給の方は良い。予定よりは遅れるが、数日以内に運ばれるだろう」


「生き残りがいたのですね」


「あぁ、機械化兵が、一人」



 機械化兵以外に生き残りはいない。



「そう、ですか」



 悪いニュースとわかっていたが、やはり気が重い。



「増援の方は期待するな。殲滅された」


「……殲滅」


「生き残りは、ゼロですか」


「あぁ」



 殲滅とは、そう言う意味だ。


 沈黙が流れる。



「すまないが今の戦力でこの戦線を守ってもらうことになる」



 しばらくの間、増えることのない戦力で前線を守っていかなければならない。


 数日間は物資もない状態だ。


 けれど、引けはしなかった。


 この戦線が崩れれば、帝国は戦線を大きく後退させなければならない。



「他の者には」


「まだ伝えていない」


「……私より先に伝えるべき上官が数人いるかと思うのですが」



 プロメテウスが苦笑する。



「まぁそう言うな。階級上はそうだが、実情は違う。この戦線はプロメテウスのおかげで士気を保っている状態だしな」



 「英雄プロメテウス」の存在は大きかった。


 立場上彼女の上官に当たるもの達も、その影響力を無視できない。


 いや、それ以前に、指揮官をはじめとする上官たちが、プロメテウスを信奉している。



「買いかぶりすぎです。ここまでこの戦線が維持されているのは、指揮官の采配のおかげですし」


「それは、ありがたい言葉だな」



 指揮官が笑う。



「それで」



 プロメテウスが指揮官を見据える。


 困ったように眉根を下げ、指揮官は笑顔の種類を変える。


 もう少し、この不穏で穏やかな会話を続けていたかったものだ。



「本題は」



 プロメテウスの鋭い眼光が指揮官を射抜く。


 機械の眼球だろうと、その強さは変わらない。


 指揮官は一瞬、沈黙した。


 唇を引き結んで表情を硬くする。


 口唇をゆっくりと開いた。



「道の武器……いや、装置か。帝国側がそれを保持している可能性が出てきた」


「締まらない話し方ですね」



 オカヤマが眉をあげた。



「あぁ、確証がない」



 困ったよ、と指揮官がため息を吐く。



「見えない」


「見えない?」



 指揮官の言葉をオウム返しする。



「視認できる距離まで近づかないと、気づくことができない」


「機器での索敵ができない、と?」


「あぁ、いや。普通の肉眼で見える距離であれば、あらゆる索敵手段がつかえる。機器も」



 少し考えて、プロメテウスが言った。



「そうであれば、サイボーグ兵も機械化兵も、生身の人間と同じですね」


「そう言うことだ。今回の補給部隊と増援部隊もそれでやられた……らしい」



 生き残った機械化兵の話だ。データもある。



「なるほど。見えない敵、というところか」


「機械に頼ることが多い分、いざ生身で、となると。……効果は覿面ですね」


「ここ最近の襲撃も、その兵器が絡んでいる、と」



 機械に頼らざる追えないサイボーグ兵や機械化兵にとっては、天敵となり得る存在だ。



「気をつけろよ。腕のいい狙撃手もいるようだ。声をあげる前に、頭を撃ち抜かれている見張りの報告も多数上がっている」



「わかりました」


「隊の者達に伝えても?」


「あぁ。他の隊長各位にも伝達を頼む。末端の兵まで伝えろ。上層は私が伝える」


「了解しました」



 オカヤマが一礼して踵を返す。



「プロメテウス。今まで以上に苦労させるな」


「お気になさらず。今まで以上に駒として活用してください」



 プロメテウスが笑う。


 それが、彼女の存在意義。




 加速していく。


 苛烈に。


 過酷に。

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