第26話 結末へ、向かう

 物語には始まりがあり終わりがある。



「問題は山積みだ」


「だろうな」



 手伝ってやらんでもない。


 そう、偉そうに口にしたペルディクスへの反応は薄く。


 二人の会話は現実的な問題へと流れていく。



「ただの敗戦では駄目なのか?」



 ペルディクスが尋ねる。


 国家転覆などという絵空事より、よほど現実的と言えるだろう。


 すでに、この戦争で帝国に勝ち目などないのだから。


 少々終わりを早めたとして、何の問題があろうか。


 どう転ぼうとこの帝国の未来は一つ。


 何をどう、犠牲を払おうと。


 プロメテウス、機械化兵を投入し、新たな犠牲を積んでなお。


 連合国に蹂躙されるその時を、先延ばしにすることしかできはしない。



「ダメだな」



 フタツはにべもない。



「国際審議や軍事裁判にかけられたとて、お前達は国際法に則って戦闘をしてきた。私がそうプログラムした」



 国際法に違反する行為は、特別な操作を行わなければ不可能なようにプログラムしている。


 敗戦のあかつきには、いらぬ責めを国が受けぬように、と。


 彼ら機械化兵個人のために用意したものではないが、結果的には彼らを守る道具にもなる。



「裁こうにも、裁けないだろう」



 命をどれだけ奪おうと、彼らは罪を、犯してはいないのだ。



「軍事裁判が敗戦国にとって不当な裁判となるなんてよく聞く話だろ。……裁判を開いてくれるなら、それでもありがたいことだが」



 確かに、データベースを探ってみても、不当としか言えない裁判が多々記録されている。



「英雄を生かせば火種が残る。そう、考える輩もいるだろうしな」



 もっともな話だった。


 それだけの影響力を、プロメテウスは持っている。


 さらにフタツは言葉を続ける。



「そもそも俺たちは、『人』として裁かれるのか?」


「それは」



 そうだ、と言おうとして言葉に詰まる。


 彼らは人か。


 それとも。



「喋る兵器。考える兵器。自立する機械」



 世にあふれるそれらと、彼らの違いは何か。


 元が人だとして、彼らが現在人であると、誰が証明できるだろう。



「……なるほど。負けることは、現状許されないな」


「そういうことだ」



 人として裁けずとも、兵器として処分はできる。


 プロメテウスだけではない。


 試作機も、後続機も。


 下手をすればサイボーグの兵達も。


 負ければそれだけの命が、危険にさらされる。


 戦死すれば、少なくとも「名誉ある死」だ。


 人のまま死ぬ。


 その先がスクラップであろうと、記録では彼等も戦死という扱いになる。


 けれど、兵器としての処分は。


 尊厳も敬意もない。


 人であることを否定され、物のように廃棄される。



「……それで、お前が出した答えが国家転覆なんだな」


「あぁ」



 静かに、フタツが頷いた。



「小狡い手だが、国を変える」


「ほう」


「新しく国を興す。新興国に、その土地にあった過去の国の責任はとれないだろう」



 昔、取られた手だ。


 そうして責任を逃れる。



「それで、相手が納得すると?」


「今のままではしないだろうな」



 そう言って、フタツは笑った。



「ナナは既に仲間だ。帝国からの命令と合わせて、この計画でもあいつは渉外役だ」


「各国への根回しか」



 単身で各国に赴くことの多いナナは、確かに適任だろう。


 交渉に行った先で、自国を裏切る算段を進めているとは、滑稽な話だ。



「犠牲を出しすぎた」



 フタツが言った。


 独り言のようにも聞こえる。



「俺達はたくさん殺して、殺されてきた。どこかで責任は取らなければならない」



 相も変わらず表情の乏しい顔だ。


 けれど、その決意は本物だろう。



「でもそれは、プロメテウスに背負わせるものじゃない」



 お前が背負うものでもない、と。


 ペルディクスは言えなかった。


 ただの兵であるお前が、背負うものではない。


 けれど。


 言えなかった。


 誰かが背負うのだ。


 誰かが。


「ミツなんかは、プロメテウスと同じ罪を自分も背負うつもりでいる。それでプロメテウスが死ぬのなら、共に死ぬと」


「プロメテウスは」


「決まってる」



 背負うつもりだ。


 この、戦争の結果を。


 罪を。


 わかりきったことだ。



「だからな、ミツ達じゃだめだ。心中の未来しかない」


「そうか」



 だから、フタツがやるのだ。



「どうせ共に行くなら、生きている方がいい」



 このざわめきを、きっと人の時のペルディクスならば、悲しみと表現しただろう。


 もしくは寂しさ、だろうか。



「共に、か」



 言葉が、重い。



「あぁ。共に、だ」



 フタツはどこまでも穏やかに、笑った。



「そうか」



 共に行けないお前は。


 共に行かないことを選択するお前は。


 聞いて、どうするというのか。


 ペルディクスは言葉を呑み込む。


 感傷に浸るより、すべきことがある。


 前に、進めなければ。


 この物語とて、終われはしないのだから。



 物語には始まりがあり終わりがある。


 それが誰かの望む結末だろうと、誰かの望まない結末であろうと。

 

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