第24話 試作機№01 sideイツキ


彼の者に救いを与えたのは、その後英雄と呼ばれる存在だった。





何がどう変わろうと、別の誰かにはなれない。


きっと神様も。



 足を失ったイツキは、サイボーグの義足で兵士となった。


 希望した進路の通りパイロットになり、エースとはいかないまでもそれなりの戦績をあげた。


 けれど。


 空虚だった。


 失った友人の代わり。


 友人のために敷かれた道を、イツキが無理やり走っている。


 誰に強制されたわけでもないのに、イツキはこの行為をやめられなかった。



「そういや聞いたか?」



 基地に戻ると、同僚たちが何やら騒いでいた。



「機械化兵ってやつか?」


「そうそう。細胞とチップを埋め込むってやつ」



 兵の間で、ここ最近持ちきりの噂だ。



「とうとう1人目が成功だと」


「本当かね」



 信じられない、と誰かが言った。


 周りを見れば、ほとんどが似たような顔をしていた。


 信じられない。



「ここからも何人か行ったよな」


「6人、だったか。6人とも音沙汰なし。音信不通」



 基地内では、おそらく死んだのだろうと思われていた。


 最新兵器の誕生には、ある程度の犠牲が付き物だ。


 だが。



「方々で被検体を募って、何人ぐらいで実験したんだろうな」


「……さぁ」



 他の基地からも被検体に志願した者達がいる。


 一介の兵の知る限りでも、その数は数百人に上った。


 けれど、志願した彼らのその後は、一様にしてわからなかった。


 ただ、試作機が一人二人と完成したのは、噂になっていた。


 真偽は定かではない。



「どちらにせよ、気持ちの悪い話だ」


「薄気味悪い」



 被検体のその後も、試作機の少なさも、中途半端に流れてくる噂も。


 すべて薄気味悪い。



「わざわざ健康な腕を落としてまで機械の身体を作って、おまけに細胞移植……」



 人が手を出していい領域とは思えない。


 そう言った年配の兵に、周りは笑った。


 妙に信心深いことを言う。


 イツキも場に合わせて笑った。


 その後も日々は過ぎていく。


 出撃と帰還を繰り返し、仲間は少しずつ入れ替わっていった。



「皆に話がある」



 そう、基地の司令官が言ったのは、朝礼の時だった。


 傍らに、兵にしては小柄な女がいた。


 見慣れない、赤い軍服を着ていた。


 その袖から覗く手は、両方ともサイボーグのようだった。



「皆も噂で聞いてはいるだろうが、帝国は機械化兵の開発を行っている」



 スピーカーから、司令官の声が響く。



「ようやく、その開発が形になりつつある。この試作機№01が、その成果だ」



 そうして、司令官が指したのは、赤い軍服の女。


 少し、騒めいた。



「試作機の試験運用を行うにあたり、この基地が選ばれた。皆よろしく頼む」



 まじまじと、№01と呼ばれる女を見る。


 腕が機械という他に、変わったところはないように思える。


 一般的なサイボーグ兵だ。


「試作機№01です。よろしくお願いします」


 そう、紡がれた声は、人のそれだ。


 紹介も終わり壇上を降りる彼女からは、僅かな駆動音がした。



「気持ち悪ぃ」



 誰かの呟いた言葉は、あの試作機に届いただろうか。





「じゃ、行ってきます」



 そう整備士に声をかけて、機体を動かす。


 今回は試作機№01を加えての作戦だった。


 試作機の試験運用は順調だ。


 目立ったトラブルはなく、目立った成果をあげてくる。



「作戦区域に入ります」



 通信機から声が聞こえる。



「……了解」



 問題があるとすれば、試作機という物に抱く薄気味悪さだ。


 もちろん、そんなものは表に出さない。


 けれど多くの兵が、試作機から距離を置いていた。


 皆に倣って、イツキも試作機の女に関わることはほとんどなかった。



「――二時の方向に敵影」



 通信に試作機の声が混じる。


 今回の任務は、地上を移動する大隊の援護だ。


 援護の中には、敵の排除も含まれる。



「試作機№01、行けるか」



 上官の声。



「はい」



 敵の数の確認も無く、試作機に命令が下される。


 平坦な声で、試作機は応と答えた。



「……敵の数、確認しないんですね」



 上官とだけ通信を繋ぐ。



「下手に、自分の部下を失いたくはないからな」



 ようやく戦闘機のレーダーに映った敵は、その数10を超える団体様だ。



「10時の方向に敵視認」


「5機か。まだ伏兵がいるはずだ。タシロ班、10時の方向の敵を頼む」


「12時の方向に敵らしき反応を感知」


「ヤナベ、カリオ班迎撃準備。他は迂回して陸の大隊の援護を続ける」



 イツキはカリオ班だ。


 12時の方向。正面の敵を叩く。



「散開」



 カリオ班長の声に、仲間の機体と離れて飛ぶ。


 試作機の事が頭によぎった。


 一人で、戦っているのだ。


 10を超える戦闘機と。


 ふ、と息を吐く。


 集中しろ。


 でなければ、死ぬ。


 敵の機銃を躱し、弾を撃ち込む。


 相手は機体を翻し、弾丸は宙を穿つ。


 一際大きな爆発音がして、目の端に味方の戦闘機が落ちていくのが見えた。


 あの機体は、カリオだ。



「マジかよ」



 カリオはこの隊のエースでもあった。


 そんな、彼が。


 動揺は、すぐに班の者に伝播した。


 隙を突かれ、また一機落とされる。



「くそ!」



 黒煙を上げて落ちていく帝国の機体。


 見届けている暇はなかった。


 機体をあげて上空を目指す。


 敵の戦闘機も追ってくる。


 旋回して、一気に落下する。


 機銃を躱しながら撃ちまくる。


 運よく当たればそれでいい。


 当たらなければ、自分が死ぬだけだ。


 機体に衝撃が走った。


 警報音が鳴る。


 片翼に被弾したらしい。


 立て続けに3発、機体に弾が撃ち込まれた。



「くそっ、くそ!」



 機体がコントロールをなくし、落下していく。


 警報音がけたたましく鳴り響く。


 ――死ぬ。


 それは逃れえぬ、確かな未来だった。


 未来の、はずだった。


 目の前を、敵の戦闘機が落ちていく。


 先ほどまで相対していた敵の戦闘機。


 コン、と軽い音がして、操縦室のアクリル板に人が降り立った。


 そう、人が。



「……試作機」



 人の形をした試作機№01が、操縦室の上に立っていた。


 落下する機体に張り付き、スライドする窓の境目に手をかける。



「ちょ、待て!ここ高度が、酸素が……」



 分厚いアクリルに隔たれ、制止の声が届くはずもなく。


 窓はあっさりと開かれた。


 シートベルトを切断し、試作機の小脇に抱えられる。



「脱出します」



 一言。


 試作機は戦闘機を蹴り上げ、宙に身体を投げ出した。



「大丈夫ですか」



 平坦な声で試作機が言った。


「……お前こそ」



 ぼそりと呟いた言葉は、試作機のこの女に拾われただろうか。


 試作機№01は、左肩から先がなかった。


 頭部にも切創がある。


 戦闘服は破れ、中から赤い血がのぞいていた。


 自分なんかより、よほど重症だった。



「私が、もっと早くこられれば」



 試作機が呟く。


 もっとたくさん、助けられたかもしれないのに。



「……お優しいことで」

 こちとら、一人に10機の戦闘機を押しつけて、なんとも思っていない連中の集まりだ。


 死んでしまって構わない、と思っていた。


 それなのに、この試作機は助けたかった、という。


 滑稽に思えるほど、慈悲深い考えだ。




 結果的に作戦は成功した。


 カリオ班壊滅、という一点を覗いては。



「試作機№01」



 そう呼ぶと、試作機は立ち上がる。


 腕も、他の身体の部位も、全て元通りになっている。


「呼び出しだ」


「はい」


 小さくうなずいて、試作機が後ろをついてくる。


 エンジンの音がして、遠くで戦闘機が飛び立った。


 足を止めて、その様子を眺める。



「……飛行機が、好きなんですか」



 試作機が話しかけてくる。


 珍しいことだ。



「別に」



 好きでも、嫌いでもない。


 ただ、友人がなりたがっていたのが、パイロットだったというだけだ。



「空には、道なんてないから」


 試作機が小さな声で言った。


「自由を、許される気がします」


 きっと、試作機は自分自身に言った。


 自分に言い聞かせる様に。


 けれど、イツキにもその言葉は届いた。


 泉に小石を投げ込んだように。


 その言葉は、静かに波紋を広げていく。



「そうか」



 今はただ、それだけの事。




 その後、試験運用にて大きな成果を残した試作機№01は、本部への帰還を命じられることとなる。


 試作機№01が基地を去ったのと時を同じくして、イツキは機械化兵の被検体に志願した。



何がどう変わろうと、別の誰かにはなれない。

きっと神様も。

だから、自由に。

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