第23話  誰が為の、

代わりになど、なれないことは知っている。




「お前、これからどうする?」



 友人が、不意にそんなことを言った。


 友人は秋の高い空を見上げていた。



「どうするって言ってもなぁ」



 そこから先の言葉が見つからなかった。


 何も、思いつかなかった。


 帝国は戦いの只中だ。


 最近、帝国の領空に連合国軍の戦闘機が度々姿を現しているらしい。


 これから、戦いはもっと熾烈を増すだろう。


 将来というものが、あると実感できなかった。



「お前は?」



 逃げるように話題を返す。



「俺、はなぁ」



 友人の目は、雲を追っていた。



「目、良いから」



 小柄な友人は、大きな目を瞬かせた。



「飛行機乗りになりたいなって」


「戦闘機の?パイロット?」


「そう」



 普段虫も殺さないような友人の言葉に、驚きの声をだす。



「意外そうだな」


「そりゃね」



 戦闘機に乗れば、人を殺す。


 それを、友人とてわかっている。


 そのうえで選択しようとしている。



「似合わね」



 その事実に、友人が遠くに行ってしまった気がして、口を尖らせる。



「で、お前は?」


「決めてない」



 いくら帝国のためとはいえ、人を殺す兵になることは抵抗があった。


 帝国へ貢献するなら、他にもやりようはある。



「お前は頭もいいし、運動もできるから、何でもなれるだろうけど」


「よせやい」



 ふざけた言葉で、ふざけた動作で友人を小突く。


 遠くで、不快な音が聞こえた。



「サイレン……」



 二人で顔を見合わせる。


 友人の顔は強張っていた。


 友人の大きな目に、同じように強張った顔の自分がいた。



「一番近い地下堂は?」


「駅のとこだ」


「急ごう」



 サイレンが鳴り続ける。


 敵襲のを知らせる警報、と教わった音。


 実際にこのあたりでなるのは初めてだ。


 二人で立ち上がって、駅へ走る。


 まだ、見える範囲で敵の影はない。


 地下は頑丈なシェルターになっている。


 そこへたどり着けさえすれば、安全だ。



「……やばいな、アレ」


「マジかよ」



 視線の先。


 駅へと向かう道。


 皆が一様に同じ場所を目指していた。



「収容限界だと!?」



 男の怒声が聞こえた。



「そんな!ここ以外のシェルターなんて…間に合わない!」



 人の流れが止まる。


 サイレンが鳴り響いている。


 不快な、重低音。



「人だかりはまずい」



 集中的に狙われる可能性が高い。



「どこか、身を隠せる……」



 人だかりから離れて、あたりを見回す。


 木々の生い茂る坂を上りかけた、その時。


 轟音と熱風が身体を押す。


 地に身を投げる。


 視界に映った青い空には、黒い染みがいくつもあった。


 敵の、戦闘機だろう。


 鼓膜どころか身体を震わす轟音に、成す術なく身体を丸めた。


 一際大きな音が聞こえた。


 衝撃が走る。


 そのまま意識を失えたことは、幸いだったのだろう。


 目を開けた時、空は茜色だった。


 きな臭い匂いが鼻につく。



「おい、だい、丈夫……か」



 そう、友人に声をかけた。


 返事は、返ってこなかった。





「イツキ師団長、時間です」


「……あ、そんな時間か」



 浅い眠りの中で、昔の夢を見たらしい。



「顔色が、悪い気がしますが」


「ちょっと嫌な夢を見てね」


「そうですか」



 そして、友人との最後の日の夢。


 友人は、空襲であっけなく死んだ。


 友人との対面は、葬式で棺を覗いたとき。


 腕が一本、棺の中に転がっていた。


 面影なんて、ない。


 帝国にとって初めて受けた空襲は甚大な被害をもたらし、様々な課題を浮き彫りにした。


 シェルターの不足、場所の選定。


 警報のタイミング。


 誘導のマニュアル整備。


 周りはそうやって、変わっていった。


 けれど。


 友人を失って、足を失って。


 イツキには、全てどうでもいいことだった。


 ただ、病室で見上げた空は相変わらず青かった。


 だから、なんとなく思ったのだ。


 見舞いに来た家族に、言った。



「飛行機乗りに、なろうと思う」


 


代わりになど、なれないことは知っている。


けれど。

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