第22話 問答

「国家転覆とは、大きく出たな」



 ダイタロス――ペルディクスは、フタツの言葉を繰り返した。


 生身の身体があったなら、口笛も吹いてやりたい気分だった。



「だが」



 声のトーンを落とす。



「それを私に話したことは、いささか短慮ではないか」


「なぜ」



 フタツが尋ねる。



「私にも忠誠心、というものがある」



 そう言って、フタツは器用に片眉をあげた。



「ほう」


「私が好き勝手に研究を続けられたのは、帝国の後ろ盾があってこそ。私にとって帝国は、案外居心地が良くてな」



 国際的に、ペルディクスは学界から追放された異端者だ。


 そんな自分を。


 世間からはずれた自分を見出し活用したのは帝国だ。ダイタロス研究機関という箱まで用意してくれた。


 そのことに少なからず感謝している。


 だから。



「帝国を崩壊させようと目論む輩に、私は協力などしない」


「……ほう。まぁ、それでも俺は構わないが」



 感情のこもらない声で、フタツは言った。


 場合によっては端末を壊されることも覚悟をしていたが、フタツは椅子から動く気配もない。



「何を、考えている?」


 このまま、ネットワークへ逃亡することは可能だ。

 

 すでに接続は確認済み。退路は確保した。


 そうすれば、フタツの技術力をもってしても自分には追い付けないだろう。


 既に自我は確立した。


 もはや自分を見失うことなく、この広い電子の海を思うがままに移動できる。


 端末の操作も、演算も、生身の頃より素早く正確に行える。


 この姿であればフタツに居所を見つけられる前に、帝国に事実を伝えることはたやすい。


 そうなればフタツは帝国に処分されるだろう。


 そのことをわからないフタツではないはずだ。



「……お前の実験に興味があった。それは、事実だ」


 だから、最後まで組み立てた。


 感情のこもらない声が、平坦な音を紡ぐ。


 それも本心であることは間違いないだろう。


 先ほども似たようなことを聞いた。


 けれど。



 「国家転覆などと口走った答えにはなっていない」



 それだけではないはずだ。


 煙に巻くつもりだろうか。


 国家転覆。


 そんなことを考えるのは、よほどの理由があるはずだ。


 それが、知りたい。



「逆に、俺も訊こう」


 問いに答えようとせず、フタツが言った。


 じっと、ペルディクスのいるディスプレイを見据える。



「お前は、何だ?」



 その言葉が、理解できなかった。


 質問の範囲が広すぎる。



「どういう、ことだ」



 ただ、少し。


 ノイズが混じる気がする。



「この際、名前などというものはどうでもいい。ペルディクスだろうが、ダイタロスだろうが」



 フタツの言葉に、ノイズが大きくなる。


 ないはずの胸が、騒めいた気がした。


 ――お前は、私は……。



「お前は死んだ。肉体は焼かれ、鬼籍に入り。人格や記憶は情報としてネットにばらまかれた」


「……あぁ。そしてお前が組みあげた」


「そうだ。けれどその汲み上げられた人格とやらは、果たして以前のお前と同一と言えるだろうか」


「無意味だ」



 遮るように言葉をかぶせる。


 「それ」を自覚する術など持たない。


 フタツは構わず続けた。



「お前は、ただの情報の塊。人の定義から外れた者」



 不安、という言葉を思い出した。



「お前に訊こう」



 同時に、フタツの言いたいことを理解した。



「お前の忠誠心とやらは、本物か?」



 フタツの瞳は、ただただ静かだった。


 感情の乏しい顔。平坦な声。


 そこに長髪の類の考えなど見られない。



「……過去の記憶に基づいて出した解だ。本物か偽物化など、判断は出来ん」



 それは、生身の人間であろうと同じはずだ。


 自分の判断が、自身の意志かどうかなど、わかるはずがない。



「正直者だな」



 薄く、フタツが笑った。



「では、今度は俺が答えよう」



 ペルディクスの問いに満足したのだろうか。


 フタツが言った。



「国家転覆を目論む理由」


「あぁ、そうだ」



 どこから話そうか、とフタツは逡巡し、口を開く。



「――俺は、プロメテウスを知っている」



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