第20話 暗い淵に立つ
戻れはしない。
孤独と言えば、孤独だろう。
暗殺、諜報。それが、ナナの仕事だ。
もともとナナは、戦争が始まる前から軍に所属していた生粋の軍人だ。
配属は情報統括局。
他国の情報を集め、国内の動向を探る。
同僚の中には他国での機密作戦を行う者もいた。
間諜――スパイだ。
顔も知らない同期もいた。
戦争が始まる前から、情報統括局は戦争を予期していた。
戦争の結果は、始まる前からわかっていた。
複数の国からなる連合軍とは、規模が違いすぎた。
武力も、国力も。
そこで、ナナ達情報統括局は二つの目指すべき事項がある。
一つは、連合軍の足並みを乱すこと。
連合軍の要人の暗殺。
連合軍の関連施設の情報収集。
連合軍の連携を乱すための情報操作。
「ここか」
扉一枚隔てた向こう側の事も、ナナの機能をもってすれば容易くわかる。
銃器を持った護衛が二人。その二人の間に、今回のターゲットがいる。
ふ、とひとつ息を吐く。
ドアを蹴破る。
すぐさま二つの銃口がナナに向く。
右側にいた護衛の頭を掴んでたたきつけた。
そのまま左側の護衛の銃口から逃れる様に姿勢を低くする。
足を払って、顔面を踏みつけた。
侵入から五秒もせず、ナナはその場を制圧した。
護衛二人は既に絶命している。
機械化兵の身体能力は、人のそれではない。
銃火器を持った生身の兵ごときが、何かできるはずもなかった。
「お……前、は」
「……」
ナナは帝国軍の軍服を着ていない。
侵入のため、この施設の人間の服を失敬している。
けれど、この状況で、相手は正しく状況を理解した。
「私に……用かね」
「はい」
椅子に座ったまま、連合軍の男は言った。
左手を机の上に置く。
「すでにこの建物内の通信は私の管理下にあります」
ナナが言う。
「あなたが助けを求めるために押している非常ボタンも、私の鼓膜を揺らすだけです」
男が苦い顔をした。
「それで……なんの用だ」
一つため息をついて、男が言った。
「私を殺すことが目的、というわけではなさそうだな」
殺すのならば、当の昔に殺されているだろう。
そう、男は判断した。
「さすが、幹部様だ。頭がいい。肝も据わっている」
ナナは無表情に言った。
「確かに殺すことが目的ではありません。ただ」
ナナが言葉を切った。
「こちらの意に添わなければ、殺すことも厭いません」
「なるほど」
男は、もう一度、ため息をついた。
ナナの所属する情報統括局には、二つの目指すべき事項がある。
一つは、連合軍の足並みを乱すこと。
連合軍の要人の暗殺。
連合軍の関連施設の情報収集。
連合軍の連携を乱すための情報操作。
そして、二つ目は。
「帝国の、値段を知りたい。お前はあの帝国に、どれだけの価値を見出す?」
少しでも帝国に理がある状態で、戦争を終結させること。
「国を、売るのか」
「……さあな」
狭い部屋に、沈黙が流れる。
今こうしている間にも、仲間がどんどん死んでいっているだろう。
プロメテウスをはじめとした機械化兵も、サイボーグ兵も生身の兵も。
戦場で必死に、敵を殺して殺されていく。
すべては、帝国の勝利のため。
帝国がより長く、帝国であるため。
ナナは、いつも、プロメテウス達に引け目を感じていた。
情報収集・解析に特化した試作機である自分は、こうして裏の仕事を任されることも多い。
そしてその裏の仕事が増えるたび、誰にも言えない秘密を抱えることになる。
皆が向いている方向に、自分だけ向いていない。
それが己の役割と知っていても。
「……では、その情報について、こちらも見返りを。3日後の南カナミでのこちらの作戦について」
こうして、帝国の兵を売る。
帝国のために、戦う彼らを。
いつかこの行為が、帝国のためになることを祈りながら。
そのためなら、売国奴と呼ばれても構わない。
戻れはしない。
誰も、戻れはしない。
願った「あの頃」になど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます