第18話 孤独

火を授けられた人間は、それでも寒さに身を寄せる。



凡庸な人間だった。


帝国が連合軍と戦争を始めて、商家の三男だった俺は軍に入った。


その時点で、生きて戦争から帰還はできないものと諦めていた。


一度目の敵との衝突は、前線が壊滅したものの後方での任についていたため五体満足で基地へ帰還できた。


二度目の作戦行動の時、前線へと出た俺は敵の一斉掃射を受けて、右足と右手、左腕、それに内臓のいくつかを失った。


気づいたときには左右の肩から先は機械の腕となっており、無事だったはずの左足も切除されていた。


そして麻酔をかけられ、もう一度目覚めた時には、機械の四肢になっていた。


内臓やその他の中身も、若干手が加えられていた。


いわゆるサイボーグ兵になったのだ、と理解した。


白衣の男が言った。



「君には可能性がある」



 俺の身体は、挿げ替えられた機械によく馴染んだ。


 正直に言ってしまえば、生身よりよほど動けるし、便利だ。



「その可能性を、帝国のために使ってほしい」



 その言葉を、サイボーグ兵として国のために戦ってほしい、と言っているものと解釈した俺は、迷わず頷いた。


 サイボーグ兵は圧倒的に有利な存在だ。


 功績をあげれば、その分地位は上がっていく。


 ゆくゆくは危険な戦場を離れて安全に内地で過ごせるかもしれない。


 そう、馬鹿な俺は思っていたのだ。


 そして、また俺は意識を手放した。


 次に起きた時、世界は地獄だった。


 体中の激痛、吐き気、めまい。


 高熱にうなされ、身体は寒さでガタガタを震えた。



「助けてくれ」



 と叫んだつもりの言葉は、まるで獣の咆哮だった。


 あまりの苦痛に身体を抑制する鎖や、閉じ込められた部屋の壁で、自身を傷つけた。


 その瞬間には確かに何かの意味を持って行ったことだが、今となっては何故そんなことをしたのかわからない。


 錯乱していたのだろう。



「殺してくれ」



 と叫んだ。


 やはり、獣の叫ぶ声だった。


「数値はどうだ」


「異常なし。順調です」 



こちらの叫びも意に介さず、白衣の男とその部下らしき者達はモニターや測定器の様子ばかりうかがっている。



「博士」



誰かの声が聞こえた。

涼やかで、落ち着いた声。

女の声だ。まだ若い。少女、と言ってもいいほどの。



「あぁ、シイ。また見学かい?」

「ええ」



 シイ、という名だろうか。いささか変わった名前だ。



「そうだな、では少し手伝ってもらおう」



 白衣の男はそう言って、俺を指さす。



「ちょっと抑えてくれないか」


「被検体を?」


「さっきから暴れていてな。次の段階へ進めない」


「わかったわ」


 そう言うと、シイ、と呼ばれた女が俺に近づく。


 華奢な女だった。


 歩を進めるたびに、独特の音が響く。


 義手や義足の駆動音。


 この女もどこか機械に挿げ替わっているようだ。


 そっと、冷たい手が触れた。


 女の機械の手は、人の体温より少し低く設定されているようだった。



「苦しいけど、もうあと三工程くらいで終わるわよ」



 そんな慰めにもならない言葉を添えて、シイは俺に触れる手に少し、力を込めた。


 抑える、というにはあまりにも優しい力だった。


 それから俺は再度意識を失った。


 目覚めた時、身体には「機械化細胞」なる、よくわからないものと、チップが埋め込まれていた。


 いよいよ人でなくなった、と乾いた笑いがこぼれたのを覚えている。


 それと、「特別な存在」になれたという事実への高揚感。


 高揚感は、確かにあった。


 けれど、それは一瞬だった。



「量産試作機のリク達よりは機能は上だが、五期までの機械化兵と比べると若干劣るな」


 俺を見て、白衣の男は言った。


 高揚感が見る間にしぼんでいく。



「七期での成功は、君達二人だけ……いや、本来の意図からすれば、成功は君だけだな」



 そう言って、白衣の男は俺の隣を見た。


 いかにもエリート軍人といった風情の女が軽く頭を下げた。


 あとで説明されたところによると、これは機械化兵という兵器の試作実験だったらしい。


 俺はその被検体何百号だ。


 何度か繰り返すうちに要領を得てきた科学者達は、今回新たな実験を組み込んだ。


 脳とあらゆる機械を繋げ、意のままに操る機械化兵。


 実験の結果、機械化細胞に運よく適用した四人のうち、二人が脳の負荷に耐えきれず死んだ。


 残ったのは俺と、この女だけだ。


 俺への実験は二人が死んだ時点で中断された。

 

 隣の女はその事実を承知で実験を続行し、そして生き延びた。


 だから、今回の成功は、成果は、一人だけだ。



「君はナナ、と言う通称で呼ぼう」


「はい」


 女にしては低めの声に、ふと、シイと呼ばれた女の事を思い出した。


「君は、そうだな……シチ、にしよう」


「……はい」



 単純な名前だ。

 

 七期の試作機だからナナとシチ。


 となると、もしかするとシイ、というのも四期の試作機なのだろうか。


 興味が湧いて、白衣の男に尋ねた。



「あの、シイという女性は……」


 そこまで言って、なんと聞けばいいのかわからず口を閉じた。


 白衣の男はしばらくの間俺を見て、口を開く。



「第四期試作機、通称シイだな」


 やはり、試作機か。


 では、今後会えるかもしれない。


 会えたなら、あの時のお礼をしなければ。


 実験の最中、苦しんでいた俺に、手を添えてくれた。


 それが何の意味も持たない行為だったとしても、その瞬間の俺は救われたのだ。


 苦痛が和らいだ気がして、そうして眠りに落ちることができた。


 だから、お礼をしたかった。


 そして声を聞きたかった。

 

 涼やかな、声。



「死んだよ」



 白衣の男は無表情にそう言った。




「戦死した。五日前に、西の方の島で」



 島の名前は何と言ったかな。


 

 白衣の男はそう言って、手元の端末をいじり始めた。

 

 島の名前を調べようとしているようだった。



「お墓は……ありますか」


「機械化兵の死体はスクラップが原則だ。その後は他のサイボーグ兵のスクラップと共に、軍の共同墓地に埋葬されているはずだ」


「そう……ですか」


 それだけしか、言えなかった。


 隣のナナの視線も気にならなかった。


 白衣の男は、まだ端末をいじっている。


 


 共同墓地に足を向けたのはそれから二日後の事だった。


 墓石を撫でてみる。


 酷く冷たかった。


 人の体温より少し低めの、優しい冷たさではない。


 無機物の、キンとした冷たさだった。


 あたりは静かだった。


 時折鳥や虫の鳴き声が聞こえる。


 厚い雲に太陽が隠れて、薄暗かった。



 ――凡庸な人間だ。


 どこまでも、俺は凡庸な人間だった。



 礼の一つもろくに言えやしない。


 そびえる石に礼を言う気にもなれず、黙って立ち去った。


「寒いな……」


 あの少し冷たくて、優しい手が恋しい。




火を授けられた人間は、それでも寒さに身を寄せる。


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