第17話 空を見上げる者

太陽に憧れはしても、近づこうなどと考えるのは、身の程知らずというものだ。


「敵の空母を発見」


 通信は、それだけ告げて途絶えた。

 相手側が、通信回路を切ったのだ。

 いつもの事だった。

 いつも通り彼の信号を追って、待機していた他の兵に指示を出す。

 彼が偵察となれば、こうなることは予想できていた。

 命令はスムーズに、末端へと降りていく。

 けれど、その命令を下すわずかな時間に、敵の空母は半壊していた。

 いくつもの黒煙が上がり、時折爆音が響く。

 誰の目から見ても、空母が海の藻屑となる未来が容易に想像できた。

 これは、隊の戦果とは言い難い。

 一人の、フタツの手によってのみ行われた行為の結果だ。

 大きな空母は確かに、的としては狙いやすい。

 ただし、生半可な損傷ではびくともしない頑丈さもあった。

 いくらフタツが機械化兵とは言え、所詮は人の大きさだ。

 何百メートルとある空母を一人で壊すなど、普通に考えれば到底できるはずもない。

 ないはずだ。

 象に鼠が噛みついたとして、どれほどの痛みを与えられるだろう。

 それだけの大きさの違い、というものがある。

 上層部もそう考えて、今回機械化兵を三人用意して、戦闘機や爆撃機、戦艦を編成してこの任に当たらせたのだ。

 けれど、そんな上層部の考えをよそに、フタツは一人で空母を沈めようとしている。

 護衛艦の姿もすでにない。

 空にも海にも、敵影はなかった。

 あるのは無力に沈んでいくガラクタだけだ。

 全部、フタツが行った。

 的確に隙を突き、死角を突き、最小限の動きで敵を屠っていく。

 フタツの戦闘は獰猛とも言える激しさを孕み、なおかつとても静かだった。

 敵にしてみれば悪夢だっただろう。

 気づけば隣にいたはずの味方がいない。

 そして、何が起こったかを理解する間もなく、こと切れるのだ。


「あまり突っ走らないでください」


 そう、通信機に呟いたところで、通信を切った相手に聞こえるはずもない。

 送られてくる信号で、フタツの安否を確認する。

 味方はまだ、彼の元へ到着しない。

 フタツは味方を待つ素振りを見せず、確実に空母の要を破壊していく。

 海に潜り、空を舞い、空母に降り立ち敵を殲滅する。

 動力源を奪い、戦闘機を破壊し、時にその破壊によって空母に損傷を与える。

「任務完了。帰還する」

 再び通信が繋がったときには。空母は完全に破壊されていた。

手配した隊は、援護から事後処理へと任務を変える。

 これも、いつもの事だった。

 フタツは、いつも一人だ。

 いつも一人で戦った。

 同じ団に所属していながら、自分が共に戦った覚えなど数えるほどだ。


「フタツ団長。そこで待機願います」


 送られてくるフタツのデータには、著しい破損がいくつも見受けられた。


「迎えをよこしますので」

「不要だ」


 重ねた言葉は、途中で遮られた。

 再度、通信機は沈黙する。

 短くため息を吐く。

 あれもこれも、いつもの事だった。

 フタツは他人と言葉を交わすことが極端に少ない。

 基本的に任務の事以外では口を開かない。

 寡黙、と言ってしまえばそれまでだが。

 本来命令を出す立場であるはずのフタツは、その口数の少なさ故統率に向かず、実際に隊を率いているのは副官たる自分だ。

 だからと言ってフタツが自分の命に従うこともなく。

 フタツは好きに出撃して、好きに動いている。

 基地にいても他の兵との会話はほとんどない。

 関心が無いようだった。

 目の前で繰り広げられる喧嘩も素通りして、自身に割り当てられたテントに籠る。

 統率者としての役目は、ほとんど果たしていなかった。

 軍がそれを許すのは、その働きが試作機の中でも秀でているからだ。

 そんなフタツに疑問を持つ兵もいる。

 当然だ。

 自分の命を預ける者が、どんな人物か。

 誰だって、一度は気にする。

 その人物が、周囲の兵に関心も示さないような人物であるならば。

 その人の下で戦って死ぬのは嫌だ、と思うのも仕方がないことだろう。

 上に立つ器ではない、とフタツを評価する者もいる。

 統率者としての役目をほぼ放棄しているのだから、これも当然だ。

 けれど。

 フタツの戦う姿を見て、誰もがその口を閉じた。

 エンジン音に目を向けると、フタツが降り立つところだった。

 左腕がない。

 ねじ切れたようだった。

 両脚に本来あるはずの義肢は失くなっており、機械化細胞で造った即席の足があった。

 酷く不格好だ。

 歩ければいい、とただそれだけを目的に造ったのだろう。


「帰還した」

「確認しました。整備室へ」


 誰が見ても重症だった。

 どこからか、血とオイルが流れている。

 表情一つ変えず、フタツは整備室へと歩いていく。


「また、無理をして」


 ため息交じりに吐いた言葉にも、フタツの心拍は変わらない。

 彼がこうして無茶をするのも、やはりいつもの事だ。

 戦闘になれば誰よりも先に敵に飛び込み、近くに敵影が見えた瞬間にはすでに一人で向かっている。

 作戦や、隊の編成などは考えない。

 一人で行ってしまう。

 その理由を知ったのは、最近の事だ。

 フタツは決して口にしないが、それは如実に数字に表れていた。


 ――この師団の兵は、生かされている。


 他の師団と比べると、兵の死者が明らかに少ない。

 それが、フタツの無茶のおかげだと、ようやく理解した。

 これがフタツなりの、上に立つ者の責任のあり方なのだろう。

 この事実と結びつけるのに、だいぶん時間がかかったのは、あまりにもわかりにくかったからだ。

 我々の師団は、フタツに守られている。


「次の作戦。第三部隊は時間を3分遅らせて投入する」

「はい」


 整備の合間に、フタツが言った。

 時折こうして、命令を出す。

 決して自分で他の者に伝えないのは、面倒だからだろうか。

 それとも考えがあっての事だろうか。

 フタツ、という試作機をいまだに理解できない。

 ただ、命令に従うだけだ。

 自分は副官なのだから。

 けれどできることなら、この孤独な団長の助けになりたいと思う。


「では、明日の作戦の確認を行います」



太陽に憧れはしても、近づこうなどと考えるのは身の程知らずというものだ。

目の前の人にさえ、近づけはしないというのに。

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