第15話 ペルディクス 妬まれるもの

彼の者は発明者。

彼の者は――



「ぬかったなぁ」



 ダイタロスは扉に鍵をかけると、その場に座り込んだ。


 これで少しは時間が稼げるだろう。


 腹にあてた手の隙間から、赤黒い血が溢れてくる。


 酷く熱かった。


 身体は凍えそうなほど寒さを訴えているというのに。


 腹に空いた穴は、激しく熱さを主張する。


 銃創、というものがこれほどまでに苦痛を与えるものだとは知らなかった。


 深さはあれド、傷口など小さなものだというのに。


 プロメテウス達はこんな痛みを何度も経験しているのかと考えて、苦笑する。


 自分が何かを言える立場ではない。


 彼女たちにそれを強いているのは、他ならぬ自分だった。



「あぁ、まだやりたい研究も、実験も山ほどあるのに」


 そう未練を口にする。


 泣き言の一つも言いたくなるというものだ。


 もう、僅かな時間しか残されていないことは明らかだった。


 鍵をかけた扉にしても、すぐ見つかり開けられてしまうだろう。


 まぁ放っておいても、この出血量ではもって十分といったところか。


 案外冷静に、ダイタロスは自身の命の終わりを計っていた。


 大丈夫だ。


 まだ、思考は奪われていない。


 ならば、やらなければならないことがある。


 痛みと熱さ、そして寒さに苛まれる身体を叱咤して、ダイタロスは立ち上がり部屋の奥へと進んだ。



「しかし……」



 人の表情とは、あんなにも醜く歪むものなのか。


 銃口を向けてきた、仲間だった研究者たちの顔を思い出し、そう呟いた。


 それはすでに、十分な声量を持たなかった。


 声がかすれる。


 血が、喉を上がってくる。


 力なく咳き込めば、赤い飛沫が散った。


 霞む目に、その時が近いことを悟る。


 銃口を向けてきた者達。


 彼らを恨む気持ちはなかった。


 研究者として、その気持ちは痛いほどよくわかった。


 ただ彼らは、発散の仕方を――やり場のない気持ちのはけ口を間違えただけだ。


 彼らは帝国を裏切ったわけではない。


 むしろ逆だった。


 帝国に忠誠を誓うあまり、視野が狭くなってしまっていた。


 それ以外を、考えられなくなっていた。


 ダイタロスを殺さなければ、彼らは前に進めなかったのだ。


 ダイタロスの生み出した成果は、確かに希望の光だった。


 けれど光が強ければ強いほど、周囲の闇は濃くなっていく。


 彼らは、ダイタロスの仲間たちは、暗闇の中を彷徨うことになったのだ。


 それに気づかなかった。


 頓着しなかった。


 それは、ダイタロスの過ちだ。


 気づこうともしなかったことに、今更になって気づくのだ。



「馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ」



 乾いた笑いに、相槌を打つ者もいない。


 扉の向こうから、足音が近づいてきていた。


 もうすぐ、仕留め損ねたダイタロスを探し当て、とどめを刺しに来るだろう。


 研究員なんて、銃など手にしたこともないような、軟弱な奴らばかりだ。


 だから、自分はこんなにも痛がり苦しんでいる。


 彼らは下手糞なのだ。


 人の命を奪うことに慣れていない。


 全く、健気で泣けてくる。


 そこまでの感情を向けてくるとは。


 馬鹿と天才が紙一重なら、羨望や親愛と、憎しみもまた紙一重だった。


 銃口を向けてきた彼らの顔に、憎しみや妬みだけではない感情があった。


 そう、思ってしまうのは、少し感傷的に過ぎるだろうか。


 ロマンチストだ、なんて。


 プロメテウスに言われてしまう。


 それはごめんだな、とダイタロスは笑う。


 数発の銃声で、扉の鍵が壊された。


 勢いよく扉が開く。


 銃を手に、そこに立っているのは白衣を着た研究者二人。


 彼らを一瞥し、ダイタロスは己の血にまみれた手を見る。


 自分の血でなくとも、もうとっくに血まみれの手。


 たくさんの犠牲の上に、ダイタロス達は立っていた。


 一介の兵なんかよりも、よほど多くの人間を殺しているだろう。


 けれどそれは、研究者としてだ。


 研究のための、犠牲だった。


 マッドサイエンティストと言われようが、それは確固たる信念のもとに行われたものだった。


 だから。



「君たちに、殺されてやるつもりはないよ」



 最期の強がりを言う。


 こんなことで、彼らの手を汚したくはない。


 信念もない私情でなど、殺されてはやらない。


 だから。


 残った力で、持っていた銃をこめかみにあてがう。



「さよならだ」



 引き金を、引いた。




そこは明滅する光と、闇が広がる世界。

0と1しかない、静寂だった。




彼の者は発明者。

彼の者は妬まれるものペルディクス。

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