第14話 ダイタロス 妬む者

 彼の者は発明者。


 彼の者は罪人。


 彼の者は追われる者。


 彼の者は――



 成果が出ない。


 それは彼らを焦らせた。


 いや、求められている水準の物は作り出せているのだ。


 誰も彼らを責めはしない。


 だが。


 それは一人の天才が作り出したものの、残りカスに過ぎなかった。


 プロメテウス。


 彼女を作り出した、この研究機関の名を冠する男。


 ダイタロスという、一人の研究者の、その才能の残りカス。



「くそ、また失敗だ」



 苛立った声と、落胆のため息が部屋に充満する。


 彼らの視線の先には、一つの金属の塊があった。


 改良を加えたチップの性能確認のための実験だった。


 あらかじめ機械化細胞を体内に取り込んだモルモットにチップを埋め込むことによって、機械化細胞の活性化を図る。


 それだけの実験だった。


 それなのに。


 チップを埋め込んで数分。


 モルモットは不格好な金属の塊になって動かなくなった。


 増殖する機械化細胞に、身体がついていかなかったのだ。



「理論上完璧だったはずだ……どうして」



 今より強力な機械化兵を作るには、細胞の改良か、チップの改良が求められていた。


 けれど細胞の改良は、被検体の条件を大きく変えてしまう可能性があった。


 成功した被検体、いわゆる機械化兵の概ねの傾向がつかめてきたところで、その変更は手痛い。


 そう判断し、チップの改良に力を入れることになった。


 が。


 結果は、見ての通りだった。



「従来のチップの設計図を」


「はい」


「どこから間違っていたんだ?」


「この基盤が……」


「この線が」



 設計図を見比べながら議論する。


 プロメテウスを作り出して数年が経った。


 彼女の特異体質を抜きにしても、その性能は他の機械化兵と比べると群を抜く物だった。


 そして、そのプロメテウスをもとに作られた試作機達。


 大きな犠牲の上にできたその成果は、量産化に成功した八期以降とは明らかに性能が違っていた。


 何度かチップの改良を試みてきたがどれもうまくいかなかった。


 ダイタロス自身も他の者に説明を試みたが、それは研究者達の理解の範疇を超えるものだった。


 現在の技術の何十、何百年と先へ行く。


 研究者たちが聞いても、ダイタロスの語る新たな技術は、魔法のように思えたのだ。


 現在。


 量産型チップの改良がダイタロス機関の目下の任務だった。


 より低リスクに、質のいい機械化兵を作り出す。


 しかし。


 このイカロス計画は、前進も後退もしなかった。



「ダイタロスに意見を聞くべきでは」


「いや、ダイタロスはイカロス計画から半ば離れている」


「新たな発想こそ求められているのでは?」



 泥のような金属になったネズミと設計図を交互に見る。


 一瞬の沈黙が流れた。



「増殖スピードが速すぎるな」


 横からひょい、と覗き込んで一言。


 その言葉に、発言者に、周囲がどよめいた。



「ダイタロス!」


「その呼び方は好まない」



 いつかのプロメテウスと似たような事を言って、ダイタロスはクシャクシャの頭を搔いた。



「これ」



 設計図だ。


 ノートの切れ端に書かれたそれを、近くの研究員にぞんざいに渡す。



「理論上可能と思われる改良型チップの設計図」



 そう言って、手ごろな椅子に座る。


 くるくると椅子を回転させて、周りを見渡す。


 誰もが、彼に注目していた。



「プロメテウス以上は無理だ。試作機にも届かない」



 研究員たちが見つめる中、ゆっくりと椅子が止まる。



「ただ今の量産機より若干性能が上がる。おそらく成功率も、誤差の範囲かもしれないが上がるだろう」



 現在、一人の機械化兵を生み出すのに、百の失敗が必要となる。


 成功する者の傾向がわかってきて、これでも明らかな不適合者は外している。


 そのうえで、百。


 三十人は細胞もチップも反応を示さず変化もしない。二十人は金属の塊となり、さらに二十人を肉の塊にする。


 十五人は脳がやられて廃人となり、残りの十五人は、自我を持たず、人の形も成さない化け物となった。


 最初の三十人以外は、機密保持のため即銃殺される。


 そんな中成功率が少しでも上がれば、どれだけの人が救えるだろうか。



「まぁ、それよりはマシだろう。今の量産型よりも」



 長い前髪と眼鏡で、ダイタロスの目は見えない。


 声は平坦で、猫背の姿勢からは気負いも何も見えない。


 だから、彼が何を見て、何を考えているかなど、誰もわからなかった。


 呆れているのか、馬鹿にしているのか。


 不出来な研究員を憐れんでいるのか。



「早速取り掛かります」


「うん」



 そうしてくれる。


 そう言うと、ダイタロスはその場でくつろぎだす。



「あ、あとこれ。志願者の条件を変更するのがいいと思う」



 目の前のディスプレイに、一つの表が映し出される。



「今までの成功体と失敗体のデータで統計出してみたから、見ておいて。今まで血液型も機械化成否に関係あるって言っていたことが、完全に否定されているから。それより、髪質や爪の形なんてもの方が、良い指標になる。遺伝子の中で気になる特徴もあるし、ちょと確認した方がいいよ」



 その他にも細かい項目が書かれていた。見た目から、検査でなければわからない項目まで。


 気づかなかったこと、思いもよらなかった視点。


 そうした物が、どんどん出てくる。



「来期はこれを踏まえて行います」



 データを見て、班長がそう判断する。



「うん」



 判断に足る、情報だった。


 不足など、ない。


 実験の成果を見届けようと考えているのだろうか。


 ダイタロスは、その場でくつろぎだした。


 誰かの入れたコーヒーを啜る。



「……くそ」



 その、小さく小さく吐かれた悪態が、彼に届くことはなく。


 若干のゆがみを抱えたまま、組織は回っていく。



 彼の者は発明者。


 彼の者は罪人。


 彼の者は追われるもの。


 彼の者は――無自覚に傷付け傷付けられる。




本題


妬まれるものペルディクス


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