第12話 炎を使う者

 彼の者は炎という恩恵をもたらした。けれどそれは、同時に人々に争いをもたらすこととなる。



「まったく」



 酷いものだとサクマはため息を吐いた。


 ヤナギに処分を言い渡し回線を切ると、暗いモニターの前で紅茶を啜った。


 紅茶などという嗜好品はすでに品薄で高騰している。


 上層部の人間ですら、口にできるのはわずかな人間だ。


 その僅かな人間の一人であるサクマですら、昔は見向きもしなかった粗悪品の茶葉を使用せざるを得ない状況になっている。


 ろくに香りもしない紅茶は、白湯とは違う、というだけでろくな味もない。


 二度目のため息を吐く。


 この帝国は、すでに疲弊しきっていた。


 けれど戦争は続いている。


 続いているからには、戦わなければならない。


 戦うためには、こうした我慢も必要だった。



「プロメテウスも考え物だな」



 独り言を呟く。


 部屋はサクマ一人だった。


 サクマが音を立てなければ、この空間は静寂を保っている。


 静寂の中で、サクマの声と、サクマの身じろぎする音だけがかすかに空気を揺らした。


 プロメテウス。


 彼女は劇薬だった。


 敵に甚大な被害を与える猛毒で、使用を誤れば今回のように、味方を大量に失うこととなる。



「失敗だったか」



 否。


 今回のプロメテウスの投入は、間違っていなかった。


 タイミングも、増援の規模も、完璧だった。


 そして、プロメテウスも完璧に命令を遂行しようとしている。


 問題は。



「俗物が」



 個人の欲にまみれた、一人の上官。


 無能な上官のおかげで、本来必要のなかった犠牲を出した。


 ヤナギ一人左遷させ、事実上殺したところで、今回の被害が償えるはずもなかった。


 回線を切る前、幌を捲ってきたのはおそらくプロメテウスたちだ。


 モニターを見ると、生存者0名の文字が浮かんでいる。


 プロメテウスたちが状況を確認し、すぐさま情報が送られてきた。


 プロメテウスたち機械化兵の五感を通して送られてきた惨状。


 生存者を知らせるアラームは沈黙していた。


 その場に居合わせなかったサクマも、感じた。


 だから、プロメテウス達は、それよりずっと、感じていたんだろう。



 ――どれだけ無念だっただろうか。悔しかっただろうか。



 そう考えて、首を振る。


 現場で働く彼らの感情を慮ることが、自身の仕事ではない。


 今回被害が出た分、また仕事が増えた。


 人員の配置も行わなければならない。


 個人の性格まで考慮しなくてはならないか。


 ヤナギよりマシな人間は知っているが、彼らには階級がない。


 ならばまず階級を与えるところから始めなければ。


 そう考えながら、サクマは手を動かした。


 止まっている時間はない。


 適度に休息を挟んだら、仕事を進めなければ。


 今この瞬間にも、帝国の兵が戦い、命を落としているのだ。


 上から降りてきた作戦を、現場に落とし込めるまでにしなければ。


 安全な場所にいる自分でも、せめてこのくらいのことはしてやりたい。


 生存率を少しでも上げるのが自分の仕事だとサクマは思っている。


 それが上に立つ者の役目だと。


 だからこそ、サクマはヤナギのような人間が許せなかった。


 ヤナギのような人間は、上にも下にも数えきれないほどいる。


 それがわからないほど、サクマは馬鹿ではなかった。


 けれどそれを表立って嫌いだと公言するほど、考えなしでもなかった。


 だから。



 ――やめてくれ、プロメテウス。



 モニターからわずかに聞こえた音声。


 さっきからずっと、一人の女が泣きわめいていた。


 少なくとも、サクマにはそう聞こえた。


 悲しくて、悔しくて、苦しくて、どうしようもないのだろう。


 モニターに新たなメッセージが表示された。



『プロメテウスがヤナギに暴行を』



 軍の中での私刑はご法度だ。


 それを、プロメテウスが犯すなど、もっての外。



「気にしなくていい」



 メッセージの相手と回線を繋げてそう答える。


 相手は素直に指示に従う。


 規則だからとこちらに報告が上がっただけで、報告者の機械化兵自身、ヤナギに怒りを抱いているのは同じだ。



「……追って新たな作戦を伝える。それまで身体を休ませろ」



 そう言って、回線を切った。


 部屋は静寂に包まれた。


 サクマは香りのしない冷めた紅茶を啜った。




 彼の者は炎という恩恵をもたらした。けれどそれは、同時に人々に争いをもたらすこととなる。


 けれどそれを、彼の者のせいだと誰が言おうか。


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