第11話 プロメテウスの罪

救いを待つだけだ。


人も、神も。



「酷い有様だな」



 その惨状に、思わず目を背けた。


 背けた先にいたプロメテウスは、血の海をじっと見つめていた。



「……そうね」



 覇気のない声で、プロメテウスが答えた。



「ここには死体しかない。敵も味方もね」



 その死体の半分は、プロメテウスが作ったものだ。


 これから合流する隊で無茶な作戦が行われると知ったのが、二時間ほど前のことだった。


 急遽機械化兵である自分とプロメテウスが先行し、隊への合流を試みたが、着い

たころには味方に生者はいなかった。


 囮となった隊も挟撃を試みた隊も、皆、死んでいた。



「お前のせいじゃない」



 そうは言ってみるものの、きっかけは間違いなく彼女だっただろう。


 プロメテウスが来る前に功を焦る者。


 プロメテウスを妬み、足を引っ張ろうと愚策を弄する者。


 そんな輩は五万といる。


 今回もそんな輩がいて、不幸にも人を動かす権力があった。


 それがこの惨状へとつながった。


 ただそれだけのことだ。



「敵は殲滅した。戻ろう」



 この場に着くなり、彼女は連合軍に単身で向かって行った。


 こちらの制止など聞きやしない。


 閃光のごとき速さで連合軍の真ん中へと降り立った彼女は、不気味なほど冷静に敵を屠っていった。


 ただ連合軍の兵の悲鳴と、断続的な銃弾の音以外、聞こえてくるものはなかった。


 参戦すべきか止めるべきかと逡巡している間に、音は止み。


 プロメテウスただ一人が、返り血で身体を赤く染めそこに立っていた。


 時間にしてほんの数分の事だった。


 生身の人間など、いくら武装し何人集まろうと彼女の敵ではない。


 そう。


 彼女の敵ではなかった。


 だから。


 物言わぬ屍となった味方の兵が、死ぬ必要などなかった。


 一片たりともなかった。


 敵に銃を向けるプロメテウスの顔が、一瞬こちらを向いたとき。


 プロメテウスの顔が酷くゆがんでいるように見えた。


 苦しそうに。


 悲しそうに。


 一瞬のことだ。


 その後正確無比に放たれた弾丸に、乱れはなかった。


 だから、ただの見間違いかもしれない。


 銃弾と血と、土煙に視界が遮られていたせいもあるだろう。


 機械の目も、時に間違いを見せるのだ。



「大損害だな」



 黙ったままのプロメテウスに話しかける。


 沈黙は嫌いだ。


 相手が、自分が、生きているのか不安になる。


 だから言葉を重ねる。



「今回の件は上にすでに報告されている。奴も処分されるろう」


「……そうね」



 プロメテウスがようやく言葉を返す。


 そっけないものだ。


 きっと、疲れている。


 ずっと移動してきた。


 そのうえ、これだ。


 疲れない方がどうかしている。


 ふわり、と飛び立つ彼女に続く。


 常に前を飛ぶ彼女の表情は見えない。





「私は!私は悪くない!」



 駐屯地に着くと、そんな声が聞こえてきた。


 今回の作戦の責任者。


 無茶な命令を出して、多くの犠牲者を生んだ、無能な隊長殿の声。


 降り立った自分たちを見て、周りの兵は安堵と、諦観の表情を見せた。


 置いてきた他の隊員も合流しているようだった。


 険しい顔をしている。


 プロメテウスと、自分。


 行きと帰りで増えない数は、生き残った味方の数を知らしめる。


 近くにいた兵に、遺体から回収したタグを預ける。


 金属のそれは、まとまった数になるとそれなりに重い。


 遺体は回収できない。


 そんな余力はこの隊にはなかった。


 だからこのタグが、兵の遺体であり、家族への形見となる。


 受け取った兵が駆けていくのを見届けて、先ほどの声の方へと足を進める。


 幌を捲りあげる。


 そこには、無能な隊長が、画面を前に叫んでいた。



「徒に兵を失うことの、どこが『悪くない』行為というのかね」



 画面からの声は、ひどく冷たい。


 画面に映らないその人物も、ひどく怒りを抱いているのだろう。


 そう思わせるだけの圧が、その声にはあった。



「無能はいらないんだ」



 声は続ける。



「帝国陸軍第四連隊十五小隊隊長、ヤナギ。現時点で君は二階級の降格。並びに、東イガン区への転属を命ずる」


「それは……、まさか」



 隊長、だった男はその場にへたり込んだ。


 東イガン区。


 そこはすでに放棄された戦線だった。


 プロメテウスや機械化兵を投入すらしない。ただ一秒でも長く敵をそこへ留める。

 それだけが目的となっている、そういう場所だ。


 そこへ赴けというのだ。


 二階級降格の上で東イガン区へ行くとなれば、男の未来など知れたものだった。


 最も過酷な戦線で、この男は真っ先に消費されることとなるだろう。


 先ほど失った兵たちのように。


 ただこの男では、戦死した彼らほどの働きは望めないだろうが。



「まぁ、そうだな」



 顔も見せずに、画面の中の声はにい、と笑う。



「帝国に返ってくるときには二階級特進だ」



 つまり、プラスマイナスはゼロ。


 死をもって、この男の罪は償われる。帳消しになる。


 相応の報いだとは思わない。


 むしろ軽いくらいだ。


 通達を終え、回線は切れた。


 狭いテントの中で、男の嗚咽だけが響く。



「泣くな」



 地を這うような声が聞こえた。


 隣を見る。


 間違いなく、プロメテウスが発した声だった。



「お前が、泣くな」



 男に詰め寄り。へたり込んだままの男を殴りつける。



「プロメテウス!やめろ!」



 制止の言葉など、意味を持たない。


 頭髪を掴み、引きずる。


 地面に叩きつけ、蹴り上げ、踏みつける。



「な……にを」



 男が呻いた。


 生きている。


 手加減はされているようだった。


 男の声にも答えることなく、プロメテウスは沈黙したまま拳を振るう。


 返り血が、プロメテウスの手を汚す。


 彼女の頬にも血がはねて、顎を伝った。


 男はすでに、気を失っている。


 帝国の兵の命を、彼女に奪わせるわけにはいかなかった。



「やめろ、プロメテウス。らしくない」


「らしいさ」



 プロメテウスが笑う。



「聖人だとでも思ったか?英雄だと?」



 目に涙を溜めながら。


 金属の手を、血で染めながら。



「たった一人の命さえ救えやしない!この私が!」



 それは激昂だった。


 それは悲鳴だった。


 あぁ、そうだ。


 英雄だとも。


 仲間のために、怒り、悲しむ。


 誰よりも、英雄だとも。


 だから――。



「やめてくれ、プロメテウス」



 そんな姿は見たくないんだ。


 プロメテウスの肩に、力なく手を置いた。


 プロメテウスが力なく項垂れる。



「助け……られなかった」



 そう言って、プロメテウスは拳を握る。


 その手を、頬を伝う涙を、ただ見ていることしかできなかった。




 ただ、救いを待つだけだ。


 人も、神も。

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