第7話 偽りの英雄 エピメテウス

 偽りでもいい。


 そう思う様になったのは、いつからだろうか。



 英雄プロメテウスは「選ばれし者」だ。


 過酷な実験を耐え、訓練を耐え、そうして成功を勝ち取った「成功者」である。


 帝国の者達は皆、プロメテウスをそう認識していた。


 彼女の出自に関しては、公式発表もゴシップも、詳しいことは書かれていない。


 貴族の出だとも、多少の余裕のある農家の出身で、士官学校にいたとも言われている。


 ただ、公式な記録では、兵に志願する以前の彼女の記録は、ない。



「次に向かう帝立アリーナでは、第三皇女の警護の士気を取ってもらう。まぁ、皇女の側でそれらしく立っていればいい」



 それ以上は期待していない。


 言外に、同乗している上官はそう言った。


 余計なことはするな、と。


 戦争が苛烈さを増していく中、帝国は兵を募り、民に協力を求めた。


 多くの国民が支持するプロメテウスは、そのための大きな役割を担った。


 人々に憧れを抱かせ、帝国軍を妄信させるための、軍の、国のマスコット。


 彼女はその役割を、存分に果たした。


 彼女が隊列の先頭に立つ姿は、民に憧れを持たせた。


 彼女の戦場での活躍は、民に希望を与えた。


 傷ついて、それでも立つ彼女の姿は、民に畏敬の念を抱かせた。


 そうした想いは、民に戦争の継続を肯定させた。


 戦局が思わしくないと、そう言われていた時期ですら、彼女の登場により、志願兵は増加した。


 けれど。


 プロメテウスでは足りないものがあった。


 プロメテウスのような強い輝きでは、取りこぼしてしまう層がいた。


 プロメテウスは「選ばれし者」である。


 それは、ともすれば恵まれた環境で育った、生まれながらのエリートなのだと、国民には誤解させることとなる。


 プロメテウスというブランドを作り出すために、国が敢えてそう作り上げた。


 しかしそれが、彼女に靡かない、反発する一定の層を作り出してしまうこととなる。


 彼女を支持する者も、彼女を敬愛こそすれ、親しみを持つには至らない。


 自己を投影して、慰めることもできない。


 眩しすぎるのだ、彼女は。


 あまりにも違いすぎた。


 だから帝国は、もう一人の英雄を作り出した。


 プロメテウスを支持しない層にも受け入れられる。誰もが親しみを持てる、そんな英雄を。



「わかりました」



 上官の言葉に頷く。


 立っているだけ。


 簡単なことだ。


 そう、胸を張り、立っているだけで仕事は終わる。


 腰に帯刀した軍刀が、血を浴びたことなど一度たりともない。


 お飾りの刀だった。


 上官に気取られぬよう小さく息を吐いた。


 少し貧しい、農家の出身。


 少しでも帝国のために、家族のためにと軍に志願した少年。


 青年となり、苦労を重ね、手に入れた功績と地位。


 けれどその地位に驕ることなく、気取ることなく。


 いざとなればその身を呈して帝国を守り、勇猛果敢に戦う姿はまさに獅子。


 そう、帝国に宣伝され、自分はここにいた。


 伝説ともいわれる話の大半は嘘だ。


 戦地へ行った経験は一度きり。


 泥にまみれて転げまわっていた記憶しかない。土の味を覚えている。


 だから、大した戦果などなく。


 きっとこうして使われて、いずれ敵に殺されるのだろう。


 誰よりも自分がそう考えていた。


 けれどそんな自分は、国の求めていた英雄像に近い存在だった。


 たったそれだけのことで、自分は二人目の「英雄」に祭り上げられた。


 今では、プロメテウスと並んで帝国の双璧と称されるほど。


 国にとどまり、ただ立っているだけの自分が、どうプロメテウスと張り合えるというのか。


 考えるだけで苦笑いが漏れる。


 けれど、これも帝国にとって必要な仕掛け。


 軍人である自分は、与えられた仕事をこなさなければならない。


 車が止まった。


 上官に続いて車を降りる。


 会場に向かう道すがら、自分を見た民から歓声が上がった。


 彼らにとっては、自分は間違いなく英雄で。


 希望、なのだろう。


 そう。


 国がそうであれと望んだように。



「今日はよろしくお願いしますね、エピメテウス様」



 第三皇女が可愛らしく頭を下げる。


 礼を返して仕事に移った。



 ――神話の中に出てくる、プロメテウスの兄弟の名。



 それが、自分の英雄名。


 滅多に人の目に触れない古い文献には、愚鈍で愚かな神の名だと記されていた。


 お誂え向きの名だった。


 こうして、ただ傀儡のように使われる自分には。


 何度かあったプロメテウスは、想像以上に傷が多かった。


 機械の四肢は、いつも会う度に代わっていた。


 その傷一つない機械の四肢が、戦場の苛烈さを物語っていた。


 プロメテウスは何度その四肢を捨て、戦いに挑んだのだろう。


 いつも、生半可な修復が不能になるくらいの傷を負って。


 機械化細胞のおかげだろう。目立つ傷のない彼女は。


 だからこそ誰よりもボロボロだった。


 身体も。


 心も。


 おそらくは。


 戦没者の慰霊に向かったとき、真摯に目を伏せ、誰よりも長く祈っていたのは彼女だった。


 自分とは違う。


 痛みを知っている。


 失うことを知っている。


 悲しみを知っている。


 恐怖を、知っている。


 それでも彼女は戦い続ける。


 彼女は本当の英雄だった。


 だから。


 自分も英雄になろうと。そう、思った。


 張りぼてでいい。


 操り人形でいい。


 偽物でも、誰かに希望を与えることができるなら。


 英雄でいる意味があると、祈る彼女を見て思った。


 それが、自分に課せられた役目だ。


 こここそが自分の戦場なのだ。


 だから、精一杯英雄を演じるのだ。


 いつか、本当の意味でプロメテウスの隣に立てるように。


 この帝国が負け、彼女が裁かれるその時には。


 一緒に罪を背負えるように。



偽りでもいい。


愚かでもいい。


彼女と同じ、英雄でありたい。


そう、強く願ったのは――

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