第4話 プロメテウスの子ども。もしくはデウカリオン

 終わりは唐突に訪れる。


 それは、誰が望んだことだろうか。



「右後方、三機はシノハラ、右前方、四機カスガ」

「了解」

「了解しました」



 シノハラとカスガが隊列を離れる。


 綺麗な弧を描いて、二機が小さくなっていった。



「左の五機、サノ、行けるか」


「行けます」



 自分に割り当てられた敵の数は、自分の力量を示している。


 だから、他の奴らより多く割り当てられた敵機の数に、内心高揚した。



「中央の敵は俺が行く。此処で止めるぞ」



 がやがやと通信が入り乱れる。


 それは、帝国軍の兵たちの雄叫びだった。


 後方には鈍間で大きな図体の、味方の戦闘機が並んでいる。


 この戦闘機も戦力だ。


 自分の足元にも及ばない戦力だろうと。


 彼らが上官の言葉に、応、と叫ぶ声。


 うるさくて、こっそりボリュームを落とした。


 敵に向かう。


 戦闘機のはるか後方、地上には飛べもしない兵たちがいた。


 地上で泥にまみれながら、一ミリでも戦線を前進させようとしている。


 もし、この場で敵の戦闘機を止められなければ。


 地上の兵達に甚大な被害をもたらすだろう。


 地上の兵たちは、鈍間で愚鈍な戦闘機にも劣る戦力だ。


 簡単に屠られる。


 だから、守るのだと上官は言う。


 強い者の役目であると。


 内心思う。


 無駄なことだと。


 合理的ではない。


 けれど。


 与えられた役目に不満はなかった。



「チートだもんなぁ」


「何か言ったか」



 思わずつぶやいた言葉はマイクに拾われ、上官の耳にわずかに届く。



「いえ、何も」



 澄まして答える。


 敵の一機が墜ちていった。


 その光景に、絶対的強者の快感を覚える。


 刺激的といえば刺激的な。


 単調と言えば単調な日々だ。


 帝国は戦争の最中。


 正直誰の目から見ても厳しい戦局に、新たな兵団が現れた。


 イカロス、と最近名付けられた、機械化兵。


 俺はその、イカロスだった。


 本来一個師団に一機もいればいいそのイカロスが、この所属する師団には四機もいた。


この師団は、帝国の反撃の核。


 その中でも、俺はエースだった。


 百人に一人といわれる機械化に成功し、今こうして戦線に駆り出されている。


 命のやり取り。


 そう言ってしまえば、まだ聞こえは良かった。


 だが、俺が行っているのは一方的な蹂躙に近い。


 戦闘機の翼を折り、プロペラを停止させる。そうすれば、後は落ちていくだけだ。


 戦力に差がありすぎる。


 エンジンやプロペラが壊されれば、墜ちるしかない戦闘機ごときが。


 空を自由に駆けもできない戦闘機が、空で俺にかなうはずがなく。


 鈍間な戦車が、地上で俺を捉えることはできない。


 レーダー、サーモグラフィ、暗視スコープ。そのすべてより、俺に備わる五感の方が優れている。


 俺にかなう敵はいない。



「ひゃっほう!」



 三機目を墜とした俺は、つい大きな声を出してしまった。


 ザザ、と通信が入る。



「はしゃぐな。戦闘は続いているんだぞ」



 お堅い上官、隊長からのお叱りの通信だ。



「すみません」



 眉間にしわが寄る。


 どうせ、誰にも見えやしない。


 俺に敵う敵はいない。


 けれど。


 俺より優れた味方なら、何人もいる。


 この、隊長もそうだ。


 一個師団の師団長。


 この一番隊の隊長でもあり、俺の上官。


 俺と同じ機械化兵で、俺よりずっと強かった。


 今回、俺に割り当てられたのは五機。


 けれど、この上官はすでに七機を墜としていた。


 そして、今八機目が墜とされる。


 自分の敵だけではない。


 後方の戦闘機を庇い、機械化兵に指示を出す。


 数にして倍以上。


 働きはそれ以上。


 まざまざと見せつけられる上官との差。


 この上官は、英雄プロメテウスの子飼いの兵でもある。


 階級や率いる軍隊の規模は、上官の方が上。だが、どうやらプロメテウスの「部下」でもあるという。


 上官を含めた数人の、第二期から第七期の機械化兵。


 機械化細胞の増殖を助け、なおかつ機械化細胞を個人に適応化させる。拒絶反応を極力減らす働きをする、バランサーの役割を果たすチップ。


 そのチップがまだ未完成で、機械化細胞の適応率が低い段階で実験的に作られた、いわば試作機である。


 ただ、リスクはリターンをもたらした。


 試作機は皆、他の機械化兵とは一線を画す性能を誇っていた。


 その中でも、この長い戦争を生き延びた生え抜き。


 彼らを軍の中では、神話のプロメテウスの子から名を取り、デウカリオン、と呼んでいる。


 プロメテウスとデウカリオンで倒した敵の数は数知れず。


 不可能と思われた作戦をいくつも成功に導いた。


 何度も戦局を覆した英雄達。



「くそ」



 思わず悪態を吐く。


 俺にはなれない。


 どうあがいても。


 単純に才能の差ならば。あるところで諦めも吐いただろう。


 けれどそれが、他者の技術の差であるならば。


 ただほんの少しの、タイミングの差であったなら。


 諦めなど、つくはずもない。



「ご苦労だったな」



 基地に帰還すると、先に降りた上官が声をかけてきた。



「……はい」



 返事のような、そうでないような。


 無礼にも上官を見ることなく、うわの空で敬礼をする。


 ふと、上官の階級章が目に入る。


 もう少し、俺が機械化兵になる決断を早くしていれば。


 あの時、ためらわなければ。


 この階級章は、俺の胸にあったかもしれないのに。



「……」


「何か言ったか」



 ぼそり、と呟いた言葉を耳聡い隊長が聞き返す。



「いいえ、ただ……」



――死んでください。



 そうして。


 兵器を展開させようとした瞬間。


 体の中の装置が、首と胴が離れたことを告げた。


 こんなに呆気なく、唐突に。


 驚いた顔の周囲の兵と、俺を両断した無表情の上官の顔が、最期に目にした記憶だった。



 終わりは突然訪れる。


 それは、きっと。


 彼が望んだ――

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