第3話 ダイタロス機関

類稀なるその才能は、人を幸福にし、人を不幸にするものだ。



 ――あぁ、何故彼女は怒っているのだろう。


 彼には、何故彼女が怒り、涙を見せているのかが理解できなかった。



「なぜ、あんなことを!」



 そう言って彼女は、拳を机にたたきつけた。机上に乗った精密機械が壊れないだろうか、というこちらの心配をよそに、彼女は怒りに涙を流す。



「なぜ、怒る」



 彼女の言うあんなこと、とは、イカロス計画の適応年齢引き下げのことだろう。


 機械化兵量産のため、本来身体の出来上がった18歳以上が対象であったチップの移植を少年少女にまで行った。


 結果は予想通りだった。成功体ができるはずもない。


 馬鹿なことを考え付いたものだと、上層部の考えに自分も呆れはしたが。


 彼は思う。


 彼女には関係のないことだ、と。


 馬鹿な上層部が考え、命令し、実行した。


 子どもとはいえ、その危険を承知で志願したものも責任の一端はあるだろう。


 一方彼女は、そのころ最前線で戦っていた。


 その戦いで両腕を一時欠損したと聞く。

今は立派な腕が左右ともついているが。


 戦いのただなかにいた彼女は、その上層部の決定に一切関われなかった。


 たとえ前線でなく、帝国内にいたとして、彼女の意見が聞き入れられることもなかっただろう。


 それなのに、彼女は怒る。


 まるで、自分のせいだと言わんばかりに。



「あなたなら……止められた」



 彼女の声は、彼を責めてはいなかった。ただ、後悔に打ちのめされた、疲れた声だった。



「そうだろうか」



 彼は冷めたコーヒーを啜る。


 彼は確かにそれなりの発言権を――イカロス計画については特に――持つ立場にいた。


 ただ、最近イカロス計画は自分の手を離れた。今は別の研究者たちが後を継いでいる。


 国も、研究者たちも、多少暴走気味だと思うこともあるが、それだけだ。


 それに、無謀と知ったうえで、イカロス計画の適応年齢引き下げの結果に、興味があったのも確かだった。


 だから、止める必要も感じなかった。



「成功には失敗がつきものだ」



 そう言えば、彼女の鋭い目が彼を射抜いた。


 怒っていたのだ、そう。彼女は怒っていた。


 それを思い出して、彼はそっと目をそらす。



「年端の行かないような子たちを巻き込んでまでする必要があったの」


「国も焦っている」



 彼女の眼光の鋭さはすぐに消え、その目は床に向けられた。


 だから、彼女の言葉は、彼に向けた言葉ではなかったかもしれない。

 けれど、彼はその言葉を拾う。



「正直、数年待って彼らを機械化兵なり、サイボーグ兵なりにした方が、断然効率的ではあった。ベターな選択だっただろう」



 その点では、大変惜しいことをした。


 貴重なサンプルになりえただろうに。


 数年待てば、確実に一機か二機か機械化兵になったはずだ。



「だが」



 彼は言葉を切る。



「お前を作り出して数年。お前以上の傑作がいまだにできない」



 人類に火という希望を与えた神プロメテウス。その名を冠された彼女は、その名に恥じぬ働きをした。


 けれど問題があった。


 その次、が出ない。


 改良を加えた機械の四肢も、チップも、けれど彼女以上の成果を生み出さなかった。



「お前は異常に機械化細胞との相性がいい。特異体質だった。いまだお前以外にお目にかかったことがない」


「聞いたわよ」



 彼女は、彼の口から何度も同じ言葉を聞いていた。



「だから、焦るんだよ。私は科学者だ。研究者だ。そして、いまイカロス計画を進めている彼等もまた」



 研究者だ。



「だから、何」


「私が作り出した最高傑作、プロメテウス」



 研究者なら、誰もが思うことだろう。



「君を超える個体を作り出したい。ありふれたベターな解などいらないんだ。たった一つのベストが欲しい」



彼自身、彼女――プロメテウス以上を作り出せてはいなかった。



「私は私を超えたいんだ。それは他の研修者も同じ――いや、私以上に」



 プロメテウス――


 そう彼女を呼ぶ声が熱を帯びる。



「皆、お前を超えたいのだ」



 その願いを、彼は否定できない。


 だから、今回の適応年齢引き下げに年齢引き下げも、あえて反対はしなかった。



「だから」



 プロメテウスが声をこぼす。



「だから、許せないのよ」



 彼女の葛藤は、彼には理解できないものだ。


 放っておけばいい。かがり火に群がる羽虫など。


 そんな虫をいちいち気にかけ、責任を感じる。


 背負おうとするから、そんな表情をするようになるのだ。



「私、行くわ」


「そうか。お茶でも、と思ったんだがな」



 そう言ってから、彼はポットの場所を探す。茶葉はどこに仕舞ってあっただろうか。



「お茶出すようなそぶり、一瞬もなかったじゃない」



 ひとしきり泣いて、叫んで。


 感情を暴露して満足したのだろうか。


 それとも無駄と思ったのか。


 彼女は苦笑を浮かべると踵を返す。



「行くわ」


「そうか。また次があれば寄ると良い。プロメテウス」



 彼女はまた戦地へ行く。命の保証はない。


 彼とて、明日の命があるかわからないのだ。


 今、この帝国は戦争をしているのだから。



「あなたがつけたのよね、その呼び名」


「あぁ」


「私、その呼び名嫌いだわ」


「いい名だと思うが」



 名付けたものに向かって、遠慮のないことだ。


 プロメテウス。


 人類を創り、火を与えた神。


 不死の者。


 人類は彼の与えた炎によって、発展した。


 寒さに凍えることも、恐怖で闇夜を過ごすこともなくなった。


 彼女はこの国にその火をもたらす存在。


 だから、この名をつけたのだが。



「火は争いを生む」



 人類は炎で武器を作り、争いを始めるようになる。



「その咎を負って、プロメテウスは鎖につながれ、ずっと罰を受けるのよ」



 不死たるプロメテウスは、鎖でつながれ、その内臓を獣に食べられ続けた。


 英雄が現れるまで。延々と。



「……お似合いだろう」



 人の罪を背負い、罰を受けるその姿は、彼女に重なるものがある。



「だから、嫌いよ」


「難儀なものだ」



 彼女は、ずっと、罪を背負い続けているのだ。


 小さな彼女の背中を見送りながら、彼はすっかり冷えたコーヒーを啜る。



「……苦いな」




類稀なるその才能は、人を幸福にし、不幸にもする。


才能を持つ本人が、幸福だとは限らない。

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