5話 晴れた心。
あの日以来俺は図書室へ行っていない。また一瀬先輩に拒絶されるのがこわいと、俺らしくもないことを思ってしまったからだ。
俺への告白も増えてきていた。……それでもその度にあの人のことを考えてしまうのは諦められていないからだろうか。
「だから、付き合ってください・・・!」
「・・・すまない、付き合うことは出来ない」
「そ、っか。ごめんね! じゃあね、宮内くん!」
パタパタとその場を離れていく女子生徒。今日はこれで2回目だ。毎日あるもう恒例行事のようになってしまった「告白」も本当に疲れる。……図書室へ行っていたあの頃はまだ「安らぎ」があったからなんとかなっていた。もう「安らぎ」などないというのに「あの頃」を思い出してしまう。
「宮内、くん」
あの人の声がした。そんなはずない、そう思いながら声をした方を向く。
そこには俺が会いたくても避けてきた「その人」がいた。
「一瀬先輩……」
どうしてここに?図書委員の仕事は?色々聞きたいことはあった。でも1番は——
「なんで俺のとこに……」
そう言えば一瀬先輩は顔を歪めて俯いた。
先輩、そんな顔をしないでください。……俺まで心が痛いから。
ふられても先輩の事を考えるなんてやはり俺はまだ先輩を好きなのだろう。
「あのね、ちょっと図書室まで一緒に来てくれる?」
顔を上げた一瀬先輩はそう言った。その日はもう特に用事もなかったし、……何より一瀬先輩に声をかけられた、その事実だけで頷くには十分だった。
「いいですよ」
先輩は「ありがとう」と言って笑った。
やっぱり先輩は笑っている方がいい。歩き出す先輩についていき図書室へと向かった。
久しぶりに来た図書室は特に何も変わっていなかった。いつも通り綺麗に掃除されている。一瀬先輩が掃除しているのだろう。
「……いきなりごめんね」
先輩は俺が初めて先輩に会った日に使った机の椅子へと座って俺にも座るように言って来た。俺も椅子へ座り一瀬先輩と対面する形になる。
「大丈夫です。……それで……」
一瀬先輩に久しぶりに会えた。それは嬉しい。でも会いたくなかった。……恐怖があったから。
「あ、うん」
一瀬先輩はそれを言ったきり黙ってしまった。どうかしたんだろうか? 図書室へ呼んだということは聞かれたくない話、なのかもしれない。
俺はただただ一瀬先輩が話してくれるのを待った。
「この間はごめんね」
先輩が口を開いたかと思えば出て来たのはその言葉。この前とは、間違いなく俺が告白をした日の事を指している。
「あの断り方はなかったな、と思って。……宮内くんにひどい事しちゃった。ごめんね」
「いえ、俺もいきなりでしたし。……一瀬先輩が謝ることなんて」
「でも、ごめんね」
一瀬先輩はそう言って頭を下げて来た。
気にすることなんてないのに。そう思いながらも、俺はずるいことを考えていた。
「じゃあ、——名前で呼んでも、いいですか」
そう言えば一瀬先輩は驚いた表情で顔を上げた。
「朔さん、って呼んでもいいですか」
「別にいいけど……許して、くれるの?」
「……最初から怒ってなんかいないですよ」
そう言えば朔さんは「良かったあ」と安堵の表情を浮かべた。
お互いに引っかかっているところはなんとなくなくなった。それでも俺はまだ朔さんを諦めきれず、かと言って積極的にアピールしていくこともできなかった。
だから——
「朔さん」
「うん?」
これくらい、してもいいですよね?
「明日、勉強を教えてもらいたいんです」
「勉強?別にいいけど……」
いい返事をもらえて内心ホッとしていた。ここで断られたら……考えるのはやめた。
「じゃあ明日、また来ますね」
失礼します、と朔さんに言って図書室を出た。……明日会える口実が出来た。また、朔さんに会う事が出来る。それだけで嬉しい。俺はなんて単純な男なんだろうか。
それから俺は勉強を口実にまた毎日図書室へ通い始める。彼女の目をまた見る事が出来たのは寒いが綺麗なくらい晴れた冬の日。
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