3話 大切な時間。

 図書室の扉をガラガラと開ける。本を借りに来たわけでも、勉強をしに来たわけでもない。……先輩は、今日もいるだろうか。

 あの酔ったような感覚に襲われた昨日から一瀬先輩に会いたくてしょうがなかった。俺らしくない、そう思ったが気持ちは抑えられない。

 カウンターのある方へ足を運ぶ。少しの緊張と、いないかもしれないという気持ち。

 カウンターに目を向ける。そこには昨日俺を酔わせた先輩がいた。

「一瀬、先輩」

 そう声をかけると一瀬先輩は振り返り「あ」と声をもらした。

「宮内くん!」

 先輩は俺の名を呼ぶと「いらっしゃい」と迎えてくれた。

「昨日あれから大丈夫だった?」

帰りが遅くなってしまったことだろう。それはこっちのセリフだ。

「俺は大丈夫です。一瀬先輩こそ大丈夫だったんですか?」

「あはは。私は全然大丈夫だよ。家近いし」

「なら、良かったです」

 宮内くんは気遣いができてえらいね? なんて、子供扱いのようなことをされたことに少しムッとしたが褒められたことが嬉しかった。……こんな単純なことで喜ぶなんて。本当に俺は一瀬先輩が好きなのだ。

 カウンターを見るとそこには昨日はなかった本の山。びっくりするような量だ。

「一瀬先輩この本は?」

「ああ、この本の山? 先生に分類分けして棚に戻しとけ、って言われちゃって。これからやるの」

 さっきも言ったがびっくりするような量だ。それを一瀬先輩が1人で? 無理がある。

「手伝いますよ」

 そう言えば一瀬先輩は驚いた顔をした。

「なにか——」

「え、いやいやそんな図書委員じゃない子に手伝わせるわけにいかないし・・・!」

 ていうか図書委員の子達もやりたがらないのによく言ったね!?一瀬先輩はそう言い「宮内くんて変わってる・・・?」などと言い出した。

「変わって・・・? いや普通だと思いますが・・・」

「えーだって本の整理なんて図書委員の子誰もやりたがらないよ。本の貸し出しの係だってみんなサボって私ばっかりだし」

 成る程。だから一瀬先輩は昨日の放課後も今日の放課後も図書室にいるというわけか。

「なんで一瀬先輩はちゃんと仕事してるんですか?」

 みんなが嫌がる仕事。それなのになぜ。

「んー・・・本が好きだし、それに——」

 その先は、続かなかった。ただ、一瀬先輩が切なそうな顔をしていた。それだけがわかった。……そんな顔、しないで欲しい。俺まで切なくなるから。その先を聞く勇気もなく、その少ししんみりしてしまった空気を変えようと話を戻した。

「どっちにしても、一瀬先輩1人じゃ無理があります。手伝います」

「いや、そんな迷惑かけるわけには……」

「いいんです。俺が勝手にやるんですから」

 そう言ってカウンターに置かれた本を整理していく。一瀬先輩は「ごめんね、ありがとう」と言って笑った。

 ——ああ、そうやって笑っていてくれ。

 それから俺は頻繁に図書室へと通った。……もちろん一瀬先輩に会うために。

 季節が移ろいゆく。いろんな話を一瀬先輩とした。学園のこと、私生活のこと、美味しかった食べ物、そんな些細なこと。

 そんな時間がずっと続けばいいと思った。とても大切な時間。——でも、俺の気持ちは大きくなるばかりで抑えがきかなくなっていった。

 そう、俺の気持ちがその「とても大切な時間」を壊した。

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