2話 これが_というもの。

 高校に入学したばかりの頃。自分はその容姿故に周りの女子生徒からきゃあきゃあと騒がれている自覚はあった。そして、それと同じくらい騒がれている先輩がいる、と言うのも知った。俺を見かけ「宮内くんだ!」と騒いでいた女子生徒が「宮内くんだとやっぱり一瀬先輩くらいじゃないと釣り合わないんだろうな~」なんて言ったことがきっかけ。

 一瀬先輩。

 その時の俺は「誰だそれは」くらいの気持ちで正直興味もなかった。だが、クラスメイトも皆「一瀬先輩だよな~やっぱり!いいよな~」なんて話をしてれば嫌でも耳に入ってくる。どうやらその「一瀬先輩」とは勝手に耳に入ってくる情報からすると1個上の2年生。高嶺の花と呼ばれているらしい。……俺自身も入学してから3ヶ月経ったこともあり、上の学年の先輩たちからも注目される事が多くなった。

 ある日俺は名前も知らない先輩の女子生徒から呼ばれ屋上へ続く階段の踊り場で告白をされていた。屋上への階段は閉鎖されていて「ここなら誰も来ないから」と。もちろん俺は断った。好意を持っているわけでもない人と付き合う気もない。「付き合ってみたら好きになってくれるかもしれなし……!」とも言われたが、そんな期待させるようなことはしたくないと思ったからだ。その名前も知らない先輩は目に涙を溜めるとその場から走り去った。

 ‥‥正直、疲れる。

 それが本音だった。ここの所俺への告白、というものが増えていた。同級生からも先輩からも。

 誰もいない所へ行きたい。そう思った時に思いついたのが図書室だった。あそこへは入学した当初勉強をしに1度行ったきりだが、誰もいなかった。だから丁度いいと思い、図書室へ向かった。




 図書室の扉を開ける。古い本の独特のにおいが鼻をつく。だがそれも良かったり。とにかく今は休みたい。そう思って奥の机に行こうと足を運ぶ。カウンターの前を通りかかった。思わず目を見開いた。——そこには静かに涙を流す女子生徒がいたから。驚いた。図書室でも人がいるんだな、誰もいないと思っていたのにいたのか、——なぜ、泣いているのか。いろんな疑問があったが泣いている姿に、思わず足が止まってしまった。一番の理由は、その姿を綺麗だと思ってしまったから。

 泣いてるのに綺麗だとはなんだ?自分自身そう思ったが綺麗だと思ってしまったものはしょうがない、事実だ。

 そう考えながら俺はじっと見ていたのだろう。その女子生徒はこちらに気づいたようで視線が交わった。

 どきり、心臓が鳴った。目が潤んだその姿に目眩がしそうだった。

 ——なんだ、これは

 するとその女子生徒は鞄から出したハンカチで目元をおさえながら「ごめんね、びっくりしたよね」と言った。俺は体が固まったように動かなかったが、ハッとし声をかけた。

「……大丈夫か」

「本当にごめんね、なんでもないの。ありがとう」

 本人がそういうのだから大丈夫なのだろう、その時の俺はそう思うことにした。……胸の鼓動は、気づかないふりをして。

「もしかして本借りに来た? 私図書委員だから何かあったら気軽に言ってね」

 そう言われて「しまった」と思った。完全に誰もいないと思い休むために来てしまった。まさか本を借りに来たわけでも、読みに来たわけでも、勉強をしに来たわけでもないのはまずい。……それでもとにかく休みたかった俺は正直に言うことにした。

「すまないが……少し疲れていて。ここで休ませてもらっても構わないか?」

 そう言うと女子生徒はポカンとした後、少し笑みを浮かべ「いいよ」と言った。‥‥その笑みにすらくらくらする。

「本当は保健室に行ったほうがいいと思うんだけど……ここでいいなら」

「いや、保健室に行くまでではないんだが少し休みたくて。それよりも許可してくれてありがとう。助かる」

「いえいえ。どうせ誰も利用者なんていないし……休みたい時ってあるからね。どうぞどうぞ」

 そう言うと女子生徒は「一応、お名前聞いてもいい?」と言ってきた。この女子生徒は俺が今騒がれてる人物だと知らないようだが、名乗って騒がれたら、と思ったが良くしてもらっておいてそれはないだろう、と「宮内蓮だ」と名前を伝えた。

「宮内くんね。私は朔。一瀬朔っていうの。よろしくね」

 ああ、この人が。

 高嶺の花だと騒がれていたのはこの人だったか、それが一番最初に頭に浮かんだ。納得だった。確かに美人だ。柔らかい雰囲気にちょっとした仕草が繊細で。

 ちょっと待て。一瀬朔という女子生徒は1学年上の先輩ではなかったか。……やってしまった。先輩に敬語を使わないなんて。

「すみません、先輩だと気づかず馴れ馴れしく……」

「あ、やっと気づいてくれた? でも別にいいよ、タメ口でも」

「いえ、そういうわけにはいきません」

 一瀬先輩は「本当にいいのになあ」と言って笑った。いくら一瀬先輩がよかろうと先輩に敬語を使うのは当たり前の事だ。わきまえないといけない。

「あ、ごめんね。邪魔して。疲れてるんだったら一番奥の机がいいよ。誰も来ないと思うけどあそこは本当に誰も来ないから。ゆっくり休んでね」

 その優しさに余計に胸が鳴る。疲れよりも何よりもそっちでどうにかなりそうだった。

「……ありがとう、ございます」

 そう言うのが精一杯だった。

 奥の机へと進み椅子に座り机に鞄を置いて突っ伏す。少し寝ようと思い俺は眠りについた。




目を覚ますと外はうっすらと暗くなり始めていた。やばい、寝すぎた。そう思って急いで鞄を掴み図書室の出口を目指した。


「宮内くん? 起きた?」

 は?

 声が聞こえてきて、思わずそう口から出た。何でこの人まだここに……

「いやあ、宮内くんぐっすりだったから。起こすのも悪いかなと思って。……起こしたほうがよかった?」

「いや、大丈夫ですが……」

 辺りはもう薄暗い。なのにこの人はまだここにいる。

「一瀬先輩、帰らなかったんですか?」

「宮内くん寝てるし……私だけ帰るのも悪いかなと思って」

 もし先輩が図書委員の鍵当番ならば俺がいる事情を先生に言えばどうにかなったはずだ。そうでなくてもこの先輩は俺を待っていてくれたというのか。……先輩は深く考えてないかもしれない。それでも俺はその先輩の優しさが嬉しかった。

「とにかく帰りましょう。送ります」

 そう言いながら二人で図書室から出る。ガラガラと一瀬先輩が扉を閉め鍵をかける。一瀬先輩はこちらを振り向ききょとんとしてから「悪いからいいよ」と苦笑しながら言った。

「大丈夫だよ。宮内くんも遅くなったらお家の人心配するだろうし」

 そう一瀬先輩はいうが、俺が寝ていたことに非がある。それに一瀬先輩は女性だ。危ない目にあうかもしれない。……まだ一瀬先輩と喋っていたい、という気持ちもあったが。

「ですが、俺のせいですし危ないですよ」

「大丈夫大丈夫! 鍵返して帰るから! じゃあね!」

「ちょっ——」

 一瀬先輩は俺に言葉を喋らせないようにさっさと行ってしまった。追いかけることもできたが、一瀬先輩にあまりしつこくしてもよくない。そう思い、その日は1人で帰った。

 帰りながら、一瀬先輩に対してのあの何かに酔ったような気持ちを考えていた。あれは一体なんだ?一瀬先輩をの変わる表情を見ていると気持ちが落ち着かない。一瀬先輩が泣いていたのも、俺に向かって笑ったのも、優しさを見せてくれたのも、全部全部自分の物にしてしまいたい。

 嗚呼、嗚呼。一瀬先輩が——

「愛お、しい・・・?」

 俺は今何を思った? 一瀬先輩が愛おしい? 今日出会ったばかりなのに?

「そんな馬鹿な」

 そんなはずがないと、否定している自分がいる。それでも肯定している自分もいる。

 認めてしまえば楽だった、早かった。そうか、これが——

「恋、なのか」

 明日も図書室に行ってみよう、あの人がいるかもしれないから。

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