第49話

 ヨルカはトウの肩を掴み、問い始めた。

「どこで見た?」

「え~と~……………………?」

 トウは腕を組んでなんとか記憶の中から捻り出そうとしているが、思い出す気配がない。

 だがヨルカは思い出すまで待っていた。

「ん? ヨルカ様、何やら外が騒がしいのですが……」

 ヴァレットの言う通り、外が急に騒がしくなった。

 全員が扉の方を向くと、いきなりドン、ドンと扉が壊れそうなほど強く叩く音が聞こえた。

 そして木製の扉が爆発したかのように壊れ、吹き飛んだ。

 いきなりの扉の破壊に部屋中に木片が広がった。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ! 何、何!?」

 トールーと叫びながら、メイドと共にソファーに隠れた。

 扉が壊れ、大きな穴が開くと現れたのはーー。

「アァァァァァァ~、アァァァァァァ~」

 簡単に言えば黒い布きれがついた化物。

 大きさは人間の倍はあり、人の形をしているが、目が飛び出していて、髪ははげている。

 体は筋骨隆々を通り越して血管むき出しの筋肉の化物。それが何人も現れた。

「ダジリ殿、これはやはり……」

「禁術ですね。おそらく『無き獅子の知恵』……知識や理性を悪魔に与えることで強大な力を手に入れる……しかし理性や知識の消失により、本能のままに目的の敵を潰すまで暴走する厄介な魔法です」

「やはり向こうにいた魔法使い達が……」

「おそらくは……ですがあの魔法はただ筋力が増えるくらいで、ああにはならないはず」

「「「「「アァァァァァァ~」」」」」

 ヨルカ達は化物の正体が向こうにいた魔法使い達と察した。

 ゾンビのようにうめき声を上げ、ゆっくりとこちらに近づく化け物。

「イミョ~ツキ~」

「「「「「グオォォォォォォォ!」」」」」

 化物のむき出しの眼球がヨルカ達を捉えると、怒り狂い、早足になった。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ! 死ぬ! 死ぬ!」

 叫ぶトールーは化物に恐怖すると、一足先に後ろに逃げ出した。

 しかし出入口は化け物のいる方にしかないため、逃げられない。

 一番前の化物がヨルカに向かって拳を振り上げた。

「ヨルカ様!」

 ヨルカの危機にレドーナは化物に向かって走りだし、飛び込んだ。

「せい!」

 そして化物の頬を思いっきり殴った。

「グフフフフ……」

 表情は変わってないが、笑っている様子でレドーナを見つめると、その殴った腕をつかんだ。

「嘘!? うわ!」

 化物はレドーナを投げ飛ばした。

「ぐっふ!」

 ボールを投げるかのように軽く投げ飛ばされたレドーナはヴァレットに激突した。

「「「「「アァァァァァァァァ~」」」」」

 再び近づいてくる化物達。

「トウ、お願いします」

「うん」

 ダジリの指示でトウが動き出した。

 後ろに背負った身の丈ほどある大きな杖を取り出すと、杖の先から黄色い魔法陣が出た。

「土魔法『土からの束縛ラード・ローム・レストロ』」

 化物の真下に黄色い魔法陣が広がると、石の床を突き破って木が生え始めた。

「グッ、グゥ……」

 木がうねうねと蛇のように化物の体に絡み付き、動けなくなった。

「さ、今の、うち」

 化物が身動きが取れないその隙に、ダジリを先頭にヨルカ達は入口へと向かった。

「これは……」

 奥に進むと凄惨な光景が広がった。

「うあぁぁぁぁ! やめろぉぉぉぉ !」

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 同じような化物が酒場内をうろつき、他の魔法使い達が襲われている。

 殴られて虫のように床に潰れたり、捕まって腕と足を引っ張られて断末魔を上げながら上半身と下半身が引きちぎられたりしていた。

「何がどうなっているんだ……」

 ヨルカ達はこの状況に動揺している。

「はぁ、はぁ……」

 ヨルカのすぐ真横でワイドリーが酒場の端っこで壁を背に息を荒くして倒れていた。

「ワイドリー!」

 ヨルカとレドーナがワイドリーに近づくと、レドーナがワイドリーの体を起こした。

「一体どうなってるんだ? それにお前まで……」

「……実は」

 ワイドリーはこれまでの経緯を話始めた。



 ***



 ワイドリーが魔法使いにユウセンの話を聞き出そうと、部屋を出た瞬間だった。

「おらあ!」

「うっ!」

 突然ワイドリーの目の前て誰かが白い粉をかけられた。

 ワイドリーは粉に目が入り、その場で目をこすりながら立ち止まると、後ろから扉を閉める音が聞こえた。

 粉をかけたのは酒場にいた黒い集団のうちの一人、ヨルカにいちゃもんをつけた男だった。

「って、異名付きの誰でもねぇのかよ」

 男の狙いはヨルカ達異名付きらしく、がっかりした。

「おいてめぇ! 一体何を……し……」

 粉をかけた男を睨み付けるワイドリーが突然倒れた。

 意識はあるが体が思うように動けず、声も思うように出せない。

「ひひひ! 成功だ! 暗殺者に依頼された独自に育てた薬草で調合した強力な痺れ薬だ! 無味無臭で猛獣も動けなくなる一級品だ!」

 自分の作った殺しに関わる物を歪んだ笑顔で自慢する男。

 無味無臭では人並み以上の嗅覚のあるワイドリーでも気づけなかった。

「まぁいい、異名付きは来ないみたいだし、さっさとやるぞ」

「「「「「おお」」」」」

 黒い布を被った一部の集団は動き出した。

 酒場にある木造の机や椅子を中心からどかし、輪になった。

 上を見上げると、木の天井には魔法陣が刻まれていた。

「ひっひっひ、これでヨルカ・アムクルス達異名付きを殺せる。俺達が日の目を見れないのはあいつらのせいだ。才能のある活躍している奴は滅べばいい。活躍出来ないこの世界など滅んでしまえ」

「俺、何でもいいから破壊したい」

「僕はこの間作った魔道具を否定した商業ギルドの奴を殺したい」

「「「「「ふふふふふふふふ……」」」」」

 魔法使い達は不気味に笑う。

 異名付きが目立ち、日の目を見れなかった者の嫉妬。

 何もかもうまくいかないがための自暴自棄。

 自分の成果を踏みにじられた人への憎悪。

 この酒場にそれらの負の感情が一緒くたになり、周りを暗くするほど充満している。

「さぁ、この禁術で何もかもをぶち壊そうではないか」

 輪になってナイフで指を切って血を出すと、全員がその指を上に掲げた。

「「「「「我、与える、故に、欲するミール・ギーフ・テレーファ・ワナット」」」」」

 全員が呪文を唱えた。

 それは全ての禁術共有の呪文で、一滴の血を捧げることで向こう側の悪魔と契約が成立する。

 魔法陣が青白く光始めると、禁術の魔法陣が契約する印として、全員の指の血を吸い込んだ。

「さぁ! 我々に破壊する力をくれ!」

 魔法使いの一人が魔法陣に向かって叫んだら次の瞬間。

「な、何だ、これ!?」

 魔法陣の青白い光から突然黒に変わった。

 想定外の事に酒場中の魔法使いがどよめくと、魔法陣から黒い光が稲妻のようにバチバチと音を鳴らすと、酒場内を駆け巡る。

「ぐあ!」

 次の瞬間、男の上に黒い雷が落ちた。

 同じように契約した魔法使い達も全員が雷に包まれると、変化が始まった。

「うっ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 頭を押さえながら、苦しみによる叫びと共に人の形を維持したまま、細かった手足に常人以上の筋肉がつき、その筋肉に覆われるかのように体全体が大きくなり、目が飛び出し、着ていた黒い服が破かれた。

「グルルルルルルルル……」

 光が収まると、変化が止まった。

 彼等は知識や理性を贄とし、ただ本能のままに動く筋肉の化物と化した。

「イミョウツキ、コロス……」

 化物の一部がヨルカ達のいるVIPルームへと向かった。

「ぐっ!」

 化物は目の前にいたワイドリーには目もくれず、道端の石ころのように腹部を蹴られ、ワイドリーは壁に激突した。

 そして化物が扉を打ち破り、今に至る。



 ***



「くそ、あのデカブツ……」

 ワイドリーは話終えると、動けない体で化物相手に苛立っている。

「なるほど、あれは禁術が失敗したんだ」

 ヨルカがワイドリーの話で納得した。

「禁術は一つの魔法陣につき一人だけなんだ。多人数だと向こう側の悪魔が混乱してしまうと言われている。だから魔法が暴走してしまい、この場合もらえる力が過剰についてしまい、あのような筋肉の化物になったんだろう。たとえ魔法の知識がある者でも禁術はあまり世間には広まっていないから、知らないのも当然か。まさか天井に魔法陣を刻むとは思わなかった」

「ヨルカさん! 悠長に説明してる場合じゃないです!」

 トールーが大声を出すと、ヨルカは周りを見た。

 化物達が段々とこちらに近づいて来た。

「ひいぃぃぃ! 僕はここで死ぬんだ! 死ぬ前に跡継ぎが欲しかった!」

 今の状況に無言のメイド達に抱きつき、頭を撫でられながら、早くも絶望するトールー。

「諦めるの早すぎるだろ……」

 呆れるヨルカは立ち上がった。

「レドーナ、ワイドリーはヴァレットに任せよう」

「うっす」

「待て……俺は」

 ワイドリーが起き上がろうとするも、力が全く入らないでいる。

「その状態でまともに動けないだろう。じっとしていろ。ヴァレット、頼むぞ」

「はいはい、うっ、重いですわね……」

 レドーナはワイドリーをヴァレットに渡すと、鎧の重さで上がらず、脇をつかんでズルズルと安全な所へと引っ張った。

「さて、彼等の狙いは主に我々だ。我々がやろう」

「うっす!」

「そうですね。やらなければ、王国にも影響が出ます」

「うん、やる」

 ヨルカ、レドーナ、ダジリ、トウは前に出て臨戦態勢に入る。

「えぇ!? 無理だ! 無謀だ! こんな奴らに敵うはずがない!」

 唯一戦意を失っているトールーは未だメイドに抱きついている。

「お前、弱虫、ダメ、ヘタレ、豚、汚水、馬糞、ゴミクズ、変態……」

「言い過ぎでしょ! 少なくとも変態ではない!」

 トウは蔑む目をしながら、立ち向かわないトールーに罵声を浴びせる。

「仕方がない。レドーナは出口までトールー達を援護しろ」

「大丈夫すか! 奴隷いなくなって能無しにならないっすか?」

 レドーナの失礼な言葉にヨルカは若干顔を引きつらせた。

「……あぁ、平気だ。大事な金ずるなんだ。しっかり守れよ」

「うっす!」

「「「「「イミョウツキ~」」」」」

 木に絡まった化物が力ずくで外し、周りの化物もノロノロとこちらに来る。

 四方八方に化物に囲まれている状況にトールー以外は平然としている。

「さぁやろうか、あの嫉妬に溺れた愚か者を倒しに」

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