第50話
ヨルカ、ダジリ、トウは三手に別れて化物に向かって歩き始めた。
「チシキ~」
化物が二体、両手を前に出してダジリに近づいてくる。
化物の一体が大きく腕を振りかぶり、パンチを繰り出した。
最初は動きが鈍いが、増強された筋力と振りかぶった勢いで放たれる拳はまるで大砲である。
ダジリはその拳を当たりそうなくらいすれすれに避けると、拳が地面にめり込み、パンチの風圧で突風が吹いた。
「風魔法『
ダジリの手から高速に回転する風の玉を出した。
床にめり込んだ腕に風の玉を当て、手に小さく右回りに丸を描くと、その巨体がグルンと一回転し、地面に転がった。
「グハッ……」
「グオォォォォォォォォォ!」
もう一体が叫びながら襲いかかると、ダジリは風の玉を化物の足元を投げると、そのまま形を保ちながら地面すれすれに浮いている。
それを踏んだ瞬間ーー。
「グオ!?」
後ろに一回転して、後頭部を強く打った。
「ただの初級の魔法でも使い方次第でこのような応用も出来るんですよ」
余裕そうにニコッと笑うダジリ。
「せんせ、こっち」
ダジリの近くに来るトウ。
あちこち移動して大量の化物を誘き寄せた。
周囲に囲まれたダジリとトウは背中を合わせると、トウの杖に装飾されている宝石から青と黄色の二色の光を出した。
「水、土、混合魔法『
呪文を唱えながら、杖の先を地面に突くと、二人を中心に黄色と青の二種類の円形の光が広がり始めた。
その光が化物をも囲み、酒場の半分まで広がった。
すると、ダジリとトウの足元以外の光の範囲内の地面が茶色に変わり、ブクブクと泡が立ち始めた。
化物達の足元が地面に沈んでいき、バランスを崩し、手も地面に付くと、手も地面に吸い込まれていく。
「グ……オ……」
トウの土魔法で地面を細かい砂に変化し、水魔法で水分を加わることによって、ダジリとトウの足元以外の地面が泥沼と化し、化物の足が腰まで沈んで身動きがとれなくなった。
「余計な殺生はしたくありません。よくやりましたねトウ」
「うん……んふふ」
ダジリがトウの頭を撫でると、トウは嬉しいのか、笑顔になりながら声を漏らした。
「ヘ~ンジ~ン」
「変異系魔法第二術式、『
ヨルカは近づいてくる化物に石化の魔法をかけた。
見た目は異形の存在でも元は人間のため、効果が出ている。
魔法を受けた化物は下から灰色に変色し、体の全ての色が変わると動かなくなった。
「レドーナ、頼んだ」
「うっす! 行くぞ!」
「ひいぃぃぃぃぃぃ~!」
ヨルカが石化させている間に、レドーナはトールーとメイド達を脱出させようと試みた。
トールーは化物とやられた魔法使い達の死体を見て、悲鳴をあげながら前に進む。
「おっらぁ!」
残った敵はレドーナはジャンプをして、手足を使って、向かってくる化物の顎を攻撃した。
顎に打撃を与えることにより脳が揺れ、化物は膝から崩れ落ちて倒れた。
「走れ!」
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ~!」
しかしそれは一時的な物であり、すぐに起き上がるため、レドーナは急ぐように促した。
トールーは太った腹を揺らしながら全速力で走った。
トールー達が出口を出たのを確認すると、ヨルカ達は化物退治に集中した。
ヨルカは石化、ダジリとトウは泥沼に囲まれた中心を飛び越え、魔法を駆使して相手を泥沼に沈めた。
「ふぅ……いや、さすが異名付きと言われる実力者ですわね。三人だけであの大群をバッタバッタと」
隅にいるヴァレットは薬で動けないワイドリーを横に置き、呑気に割れなかった瓶の酒をちびちびと飲んでいる。
これは自分にワイドリーの面倒以外やることはなく、役に立てないことを自負し、ヨルカとそのヨルカと同じくらい強いダジリとトウを信じているからである。
***
「ふぅ……こんなものか」
しばらくして、ヨルカ達は全ての化物を鎮圧した。
化物達は石にされたり泥沼の中で蠢いている。
泥沼にはトールーの持ってきた肌にいい油を混ぜると、化物の体に油がまとわりついて滑らせて上がれないようにした。
「何とも哀れな……己の才能の無さと足りない努力を周りのせいにし、自暴自棄になって周りを傷つけようと禁術。そしてこの始末。全くくだらない」
ヨルカは魔法使い達の負の感情に負けた心の弱さを嘆いた。
ヨルカはとりあえずダジリ、トウと合流した。
「さて、この者をどうしましょう……」
ダジリが最初に考えたのは、この化物の対応だった。
「たしかヨルカさんの魔法に元に戻す魔法があったはずですが……」
「禁術相手に『
ヨルカは真上にある魔法陣を見て悩み始めた。
「この、建物、壊す?」
「トウ、さすがにそれはどうかと思います……」
トウの過激な考えに、ダジリは穏和に済ませようと止めた。
「いいのではないか? こんなことになってしまったんだ。魔法会はしばらく中止になるだろう。元々ボロボロだったし新たに建ててしまおうか」
「いっそ、こいつら、放っとく、下敷きに、する」
「いいかもな。いずれにせよ禁術の使用は重罪だしな。壊して瓦礫に潰し、埋もれて、放っとくのもありだな」
「ん、建設、費用は、道具の、魔法使いに」
なぜか過激な方で意気投合しているヨルカとトウに、ダジリは戸惑っている。
「ま、冗談はさておき」
「あ、冗談でしたか」
ダジリは安心した。
「早速試すか」
ヨルカは泥沼で蠢く化物の一体に杖を向けた。
「変異系魔法第一術式ーー」
「ヨルカ様!!」
突然の大声にヨルカは驚き、呪文を止めた。
大声をあげ、すごい形相で猛ダッシュで走ってきたのは、トールーの護衛をしていたレドーナだった。
ヨルカに向かって全速力で走ると、スピードを利用して、ヨルカの体を両手で押し出すと、ヨルカは転んで膝が少し擦れた。
「いっ……いきなり何を」
「うっ……!」
飛ばされたヨルカが起き上がると、レドーナは右肩から肘までの大きな切り傷を負った。
「レドーナ!」
身を挺して助けたレドーナにヨルカは駆け寄った。
「『
ヨルカは急いでレドーナに魔法をかけると、レドーナの傷はなくなった。
レドーナを傷つけたのは柄の先に鎖がついた両刃の大剣。それが地面に刺さっていた。
その剣が鎖に引っ張られ、勝手に引き抜かれると、宙を舞い、ある者が掴んだ。
誰もいなくなったはずの二階に二人。
一人は大剣を片手で掴んだ全身白い鎧に身を包んだ大きな体の騎士、もう一人は大きめの白いローブを着て、笑っている仮面を着けている。胸があることから仮面の方は女性であることしかわからない。
「あい、つは……!」
ワイドリーが上の二人を見て今まで見たことのないような驚いた顔をすると、相手に向かって殺気を放ち、薬で動けないのに腕の力で動き始めた。
「ワイドリーさん、動かないでくださいよ」
隣にいたヴァレットがワイドリーの腰を掴んで止めた。
「離せ……ううあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しかしワイドリーは獣のように唸り、ヴァレットを強引に引き剥がそうとしている。
「もう落ち着いてください! 何なんですの!」
「俺の……ジジィと動物達を殺した……『十字剣の奴ら』だ!!」
「え……」
ワイドリーの言葉にヴァレット、そしてヨルカとレドーナは驚いた。
「あ~あ、せっかく禁術をあげたのに、失敗しちゃって、ぷぷぷ、だっさ~い」
仮面の女は砕けた口調で化物に変わった魔法使いを嘲笑った。
「お前達は『ユウセン』か?」
ヨルカの質問に二人はヨルカの方を向いた。
「やだ~私ら知ってんの~! でも私らの存在はあんまり人に知られたくないんだよね~」
「禁術を奴らに渡したと言ったが、お前達の目的は何だ?」
「え~! そんなこと簡単に喋るはずないじゃな~い。まぁ、強いて言えば王国をめちゃくちゃにすることかな?」
「めちゃくちゃにだと……」
仮面の女が楽しそうにそう言った。
「はい、ヒントはここまで。それじゃあやろうかな♪」
仮面の女は先端が骸骨を象ったヨルカの持っているくらいの大きさの木の杖を取り出すと、泥沼にいる化物に向けた。
「うふふ『
「なっ!?」
ヨルカは驚いた。
杖から赤い魔法陣が出た。
仮面の女が使っている魔法陣は明らかにヨルカの変異系魔法に似ていた。
しかしヨルカのとは違い、聞いたことのない呪文で、現れた魔法陣は杖の先端だけではなく、この酒場全体にまで大きく広がり、色もヨルカの冴える赤とは違って黒が混ざった濃い赤だった。
杖から放たれた赤い光が、中心にいる化物の一体に当たった。
「グ……グオォォォォォォォォォ!」
化物が頭を抱えて苦しみだすと、変化が始まった。
他の泥沼にはまった化物も、石にされた化物も全て、赤い光に当たった中心の化物の体に吸い込まれる。
他の化物を取り込んだ中心の化物の体が歪み、どんどん大きくなっていく。
「まずい! 逃げるぞ!」
ヨルカの指示で全員が外に避難した。
レドーナが両脇にヨルカとワイドリーを抱えて全員酒場から出た。
全員が酒場から出ると、酒場が膨らむかのように内側からひびが入り、酒場が爆発した。
爆散した木片と砂ぼこりが舞い散り、その中から大きな影がうっすらと見えた。
「なっ……!」
砂ぼこりが完全に晴れると、ヨルカ達は驚いた。
「グォォォォォォォォォォォォ……」
現れたのは壊れた酒場ぐらい大きく、人と思えない太く長い手足や目が体の至るところに生え、肌の色が生身の肌色と石の灰色の斑になっており、大きな口がある丸い巨体の化物。
「ひいぃぃぃぃぃぃ! 何、何なのあれ!?」
逃げようとしたトールーが馬車の前で情けない声を上げながら腰を抜かした。
「何者かが化物達を融合させて一個の個体にしたんです」
「ええ!? どうしてこんなことに!」
ダジリがトールーの質問に答えてくれた。
白い騎士と仮面の女は爆発に紛れていなくなっていた。
「ヨルカ様、あの仮面のやったのって……」
レドーナはヨルカに仮面の女の魔法について尋ねた。
「おそらくはな……しかもあれは失敗作のような物、自我を失っている。あれが出来るのはまさか……いやそんなはずは……」
ヨルカには少なくとも心当たりはあるらしいが、自問自答して否定した。
「ヨルカ様?」
「……とにかく今は、あの化物をなんとかしないと」
ヨルカは話をごまかすかのように矛先を化物の方に向け、杖を化物に向けた。
「変異系魔法第一術式、『
ヨルカは元に戻そうと、杖から赤い光を放った。
化物目掛けて一直線に向かう赤い光。
しかしーー。
キン!
「なっ!」
赤い光が化物に当たると同時に、まるで金属が当たるかのような高い音を出し、魔法が弾かれてしまった。
「効いてない……やはり禁術だからか、それともあの魔法の……」
「ヨルカ様!」
「グオォォォォォォォォォ!」
化物が雄叫びを上げながら腕の一本をヨルカ目掛けて振り下ろした。
レドーナはヨルカが魔法が効いてないことに動揺したのを察し、再びヨルカを押した。
振り下ろされた腕はドーン! と音を立て、地面にクモの巣のような広い範囲にヒビが入った。
「大丈夫すか!?」
「あ、ああ、すまん……」
ヨルカはレドーナに支えられて立ち上がった。
そしてヨルカ達は元に戻すことの出来ないこの化物をどうすればいいのか……それがわからず、ただ立ち尽くしかなかった。
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