第48話

 ボロボロの木造だった外見とは裏腹に、シャンデリアや高級感溢れる壺などの美術品などが飾ってあり、ふかふかのソファー、立ち並ぶ高級酒、さっきの飲んだくれが集まる酒場とは明らかに違っている。

「ヨルカさん! 飲み物はどうしましょう! あ、酒がダメなら高級茶葉もございます!」

 そんなVIPルームでは、あれだけ金持ちを主張し威張っていた『道具の魔法使い』トールーがソファーに座っているヨルカにへりくだった態度を取っている。

「じゃあそれと、甘いものが食べたい」

「はい喜んで! おい、ヨルカさんに甘味を!」

 トールーがメイドに命令をして、ヨルカの接待を始めた。

「……なんすかこれ?」

 それを見ていたダジリとトウは何食わぬ顔でお茶を飲み、ワイドリーはソファーで眠り、ヴァレットはトウに夢中。

 この光景に疑問を感じているのはレドーナだけだった。

「ヨルカ様、何であの金色デブがペコペコしてんすか?」

「ああ、これだよ。はい」

「ははぁ! いつもありがとうございます!」

 ヨルカがカバンから取り出したのは羊皮紙の束。

 それをトールーに渡すと、深く頭を下げてお礼を言った。

「どういうことっすか?」

「お前、魔道具はどうやって動くと思う?」

「え? 魔力を込めるんすよね」

「んー……質問を変えよう。どうして魔力を込めたら動くと思う?」

「えーと……何でですか?」

「魔道具が動くのは新式魔法、つまり魔法陣を内部に刻み、組みこむことによって魔力を込めて動くことが出来る。例えば鍋を乗せて魔法陣温める魔道具は火の魔法陣、洗濯物を入れて回しながら洗う魔道具は水と風を組み合わせて使う。しかし使う魔道具によって力の強弱の微調整をしなくてはならないし、それによって魔法陣も変わるんだ」

「はぁ……それとヨルカ様はどう関係してるんすか?」

「つまり、その魔道具で使う魔法陣の作成を私がやっているんだ。トールーは魔道具製作は凄腕だが魔法に関してはてんで駄目だからな」

「『道具の魔法使い』なのに魔法ダメなんすか! ……それってつまり、世間で多く出てる魔道具は半分はヨルカ様のおかげってことじゃないっすか!」

 ヨルカの功績にレドーナは驚いた。

 少女騎士団の任務の時に使用した魔道具に詳しいのも自分が関わっていたからだ。

「ちなみに富豪や異名付きとしての威厳とかどうとかで、ここ以外では偉そうにしている」

「ヨルカさん、こちらいつもの報酬でございます」

 トールーは頭を下げながらヨルカに大きな袋を渡した。

 中には袋いっぱいの金貨が入っていた。

「これすごいっすね!」

「成功したら売り上げの一割をもらうことになっている。依頼だけで六人も食えないからな」

 ヨルカの依頼の報酬は、受け始めた三代目の頃から値段は変えていない。

 だから歴代で最も奴隷が多いヨルカは、依頼を受けても金欠になりがち。

 ちなみに見張り役の二人の生活費などは騎士団の費用から出ているため含まれていない。

「いやー助かってますよ! 魔法に詳しくて、仕事は手を抜かず、売り上げをもっとよこせなんて言いませんし、脅したり、世間に公表することもない! もう頭が上がりませんよ!」

 トールーはまるで自分の武勇伝を語るかのように、満面の笑みでヨルカを誉める。

「大事なのは信用、長い安全を保つには欲を持たずに相手のことを考えることだ。まぁ実際そうする奴は少ないがな」

「ヨルカ様、ずいぶんこのデブに優しいんすね? 好きなんすか?」

「え!」

 レドーナの言葉にヴァレットが反応し、いきなりヨルカに近づき、ガッと肩をつかんだ。

「ヨルカ様! 奴隷として主の恋愛事情に口を出すのはどうかというのはわかっております! しかし私の心の妹的存在であるヨルカ様があんな金色の豚に初めてを捧げると思うとどうしても! どうしてもぉぉぉ……」

 ヴァレットはヨルカの肩を前後に揺らしながら、最終的に胸にうずくまり、泣いている。

「離れろアホ」

 レドーナは再びヴァレットの首を引っ張り、ヨルカを離した。

「何でそうなるのか知らないが、まだ私は結婚を考えてないし恋愛に興味ないし、こいつ自体結婚してるからな」

「「えぇ!? こんなのが!」」

「ヨルカさーん、あなたの奴隷が失礼極まりないんですけどー……」

「すまん……」

 レドーナとヴァレットの心ない言葉にトールーが笑顔だが、若干涙目になっている。

「ところでトールー、去年言っていたあれはどうなっている?」

「去年……あぁあれですね! 計画は進んでますよ!」

 トールーが取りだしたのは巻かれた大きな紙。それをテーブルに広げると、紙には人の腕のような絵が描いてあり、その周りに細かい字がびっしりと書いてある。何かの設計図のようだ。

「これが前に言っていた『義手』ですね!」

「義手?」

 レドーナが設計図を覗きこんでも、何かわからなかった。

「ケガなどで手足がなくなった人用に作った物、魔道具作りの技術を応用して、体に取り付けて魔力を込めることによって、自由に動かすことができるらしい」

「それすごいっすね!」

 ヨルカの説明を聞いたレドーナはその性能に感心した。

「トールー、取り付けるのはどうするんだ?」

「それに関してはご安心を、要は密着さえすればいいんです。小麦粉を練った物で糊を作ってくっつけて、包帯などでしっかりと固定しても魔力が全体に通ります。実験も成功しています」

「ほう……」

 ヨルカは設計図を凝視しながら、トールーの説明を聞いている。

「素材は軽くて丈夫な樹木に水を弾く素材を塗った物を主に使用してまして、中を空洞にして水を入れて、水の魔法陣を組み込むことにより、中の水を操作するという案があるんですけど、出来ますかね?」

「可能だ。ただ魔力が低い者だと枯渇して倒れてしまうのではないのか?」

「それはこの腕についている小型魔力蓄積装置があります」

 トールーが設計図に義手の手の甲についている丸い物体を指差した。

「これに他人の魔力を注ぐことによって貯めることが出来ます。そして自分の魔力にして持続時間も延長出来るんです」

「こんな物も作ってあるのか……たしかに使えるかもな。ちなみにこれはいくらで売るつもりなんだ?」

「そうですね……実は材料費が高価な物を使ってますので、少し値が張りますね。一つ金貨十枚くらいでないと儲けが出ません」

「そうか、では」

 ヨルカはトールーに渡された金貨の袋から金貨十五枚をテーブルに置いた。

「これは?」

「実はある領主の息子が腕をなくしてしまってね。発売前に完成品を売ってくれないか?」

「もしかしてあのラミル君ですか?」

 ヴァレットが言っているのは魔法陣盗難の犯人、サガウ男爵の息子のラミルのことだ。

「ああ、彼はアークロード派の家系にも関わらず、それを間違っていると言う。私としては身分の高いダムスクリス派を増やしたい。そのためには彼を領主にしたいからな。それに相手が悪いとはいえ、私は父親を殺してしまったからな……」

 現在サガウの領土はダムスクリス派の人間が一時的に管理している。

 ラミルは体調も回復し、まだ十歳だが領主を継ぐ気があるため、時間をかけて現在の領主の元で学んでいるらしい。

「なるほど、ですがヨルカさんの知り合いならタダでいいんですよ」

「お前も商人ならその辺はちゃんとしなくてはいけないだろ。その代わり手を抜くなよ」

「……わかりました。必ず最高の品を用意いたします」

 トールーは金貨をもらい、真剣な表情でヨルカの期待に応えようとした。

「あ、でしたらこれもどうですか? 北のとある植物の種からとった肌にいい油なんですけど、ヨルカさんの所は女性が多いようですし、これでおまけで金貨三枚でどうですか?」

 そう言ってトールーは近くに置いてある大樽を指差した。

「商人根性たくましいな。それは後でいいとして……さて、今回はその他にダジリ殿、トウ、あなた方にも聞きたいことがあるのだが……」

「私達にですか?」

「何?」

「誰か『ユウセン』という単語、もしくはメルギという男を知らないか?」

「……!」

 ヨルカの言葉にソファーで寝ていたワイドリーは起きた。

 魔法会は王国中の魔法関係者が集まる。

 それを利用して、ヨルカは気になる情報を仕入れようとしていた。

「ユウセンですか……残念ながら聞いたことはありませんね。メルギという名前も王都で一時期聞いたことはありますが、今どこにいるかまでは……」

「私も、そもそも、魔法と、せんせ以外、興味、ない」

「僕も知りません。材料の仕入れと交渉以外工房で引きこもってますから」

 だが、そう上手いことはいかない。

 ダジリやトウ、トールーに聞いても、わからなかった。

「やはりあっち側に聞くか……しかし我々は嫌われてるからな……」

 ヨルカは向こうで飲んでいる魔法使いの集団に聞こうとしているが、ヨルカは聞いてもはぶらかされると思い、聞きづらかった。

「あいつらならわかるのか?」

 ワイドリーはソファーから立ち上がり、ヨルカに真剣な目を向けた。

「あくまで可能性だがな」

「なら俺が行く」

「あ、おい」

 ワイドリーは早足でVIPルームから出ていった。

「彼は護衛の騎士みたいですが、何かあったのですか?」

「実はさっきのは彼に関することでしてね……」

 ヨルカは三人にワイドリーの過去について話した。


「なるほど、そんなことが……」

「私としては、自分の奴隷の宿敵も関わっているから、他人事にはできない」

「わかりました。私も何か見つかれば報告しましょう。ね、トウ」

「うん、せんせ、が、言うなら」

「僕もヨルカさんに恩を売りっぱなしではいけませんからね。知り合いの商人にも聞いてみます」

「助かる」

 ダジリ、トウ、トールーが協力してくれることに、ヨルカは感謝し、三人に軽く頭を下げた。

「私は今後外に出ることも多くなりますからね。その都度聞こうと思います」

「何かあるのか? ダジリ殿」

「実は最近著者不明の『禁術』が記載されている書物が出回り始めてるんです。生徒の手に渡れば危険ですので、研究機関が各地を回って回収するんです」

 禁術は本来は王都の図書館の地下に封印されている。

 それは本来閲覧自体許されないはずなのに、なぜか広まっている。

「禁術……もしかしてこれか」

 ヨルカはカバンから一冊取り出した。

 これは孤児院のマリアンが持っていた禁術の本を持ち出していた。

 たしかに著者も全く書いていない。それをダジリに渡した。

「どうぞ」

「ありがとうございます。最近になってこうも多く出回るのは不思議ですね……」

「たしかに……誰かの差し金か……考え過ぎだな」

 ヨルカは禁術の件を頭の片隅に置き、トールーのメイドが切ってくれた果物を食べた。

「ヨルカ様、ワイドリーを一人にして大丈夫すかね? あいつのことだからきっと、はぶらかされてキレて殴ってんじゃないんすか?」

 レドーナがテーブルの食べ物を食べながら、そう答えた。

「可能性はあるな…………そういえば静かだな」

 扉の向こうは厚い壁と扉で隔たれているが、多少騒げば聞こえるはず。

 なのにあの短気で喧嘩っ早いワイドリーが騒ぎがないのはおかしい。

 ヨルカが扉の方を振り向くと、扉の前に布が落ちてた。

「あ……」

 ヨルカが立ち上がり、拾うとそれはワイドリーが肌身離さず持っていた、十字の剣の印……ユウセンの印が縫ってある布だった。

「あいつ、焦って落としたのか……」

「ねぇ」

 ヨルカがいきなり背後から声が聞こえ、振り返るとトウが立っていた。

「何だ?」

「それ」

 トウがヨルカの持っている布を指差した。

「これがどうした?」

「見たこと、ある、最近」

「「「え!?」」」

 トウの一言にヨルカ達は驚き、立ち上がった。

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