魔法会

第47話

 そよそよと心地よい風が吹く晴天。

 民家が一つもない山道を赤い馬、馬にしたレドーナで馬車を引き、ガタガタと揺られながら進んでいる。

「嫌だな……」

 ボーッと空を見上げるヨルカは、気が進まない様子で、ポロっとそう呟いた。

「行きたくないなら何で行くんだよ。依頼でもないのに付き合わされる身にもなれよ」

「まぁまぁワイドリーさん、今回は行かなくてはいけない集まりなんですから」

 同行するワイドリーは座りながら腕を組んで文句を言うと、ヴァレットがなだめた。

 ワイドリーの言うようにこれから行くのは依頼ではない。

 一昨日の朝、ヨルカの元に王都からの伝書鳩ではなく、黒々としたカラスがやって来た。

 それを見るとヨルカは落胆し、腕っぷしの強いレドーナと仕事をサボって暇にしていたヴァレット、そしてワイドリーを連れて今に至る。

「……見えてきた」

 屋敷から北に約一日かけ、やって来たのは貴族の屋敷並に大きく、煙突のついた年季の入っている木造の建物。

「ヨルカ様、詳しく聞かずに着いてきたのですが、今回の集まり?」

「『魔法会』な」

「はい、その『魔法会』とは一体何ですの?」

 聞き慣れない言葉にヴァレットはヨルカに質問をした。

「年に一度、ここで私のように魔法の研究する者、名高い魔法専門の冒険者や魔法学校の教員など、魔法に関する人間が情報交換や自慢話などをしてお互いの知識向上を目的とした集まりだ。あの大きな酒場もこの会のために建てられた物だ」

「あそこは酒場なんですか……ですがそれならヨルカ様のためでもあるのですよね? どうして嫌がるのですか?」

「元々人付き合いが苦手なのもそうだが、ここの奴らに嫌われているんだ。魔法使いというのは報われないのが多いからな」

 魔法を志す者の生活は思った以上に厳しい。

 魔法や魔道具や薬品などを研究する研究者は新しい物を作らない限り、大金が入ってこないし名前も売れない。ヨルカのように副業をするのが大半である。

 冒険者も報酬額によるため、浮き沈みが激しく、安定しているのは魔法学校の教師ぐらいである。


「とにかくさっさと要件済ませてさっさと帰ればいい……」

 ヨルカは馬車を木の奥に隠し、原点回帰オリジ・レグスでレドーナを戻し、全員で木造の家に向かった。

 扉を開けるとーー。

「つまり、風魔法を強くするにはやはり小型で風を起こす魔道具を作って効果を向上させた方がいい」

「それだと魔道具を使う分、魔力の消費が激しく長期戦に向いていない。先のことを考えれば、鍛えて魔力向上を優先すべきと私は考える」

 中は一言で言えばほぼ黒。

 二階建てで照明が少ないからか薄暗く、全体が酒場のようになっていた。

 ほとんどが黒いフードを被っていて、そんな蟻の様に蠢く黒い集団が酒を飲んだり、魔法について議論しあったりして賑わっていた。

「うわ~、全体的に黒いというか暗いですわね……幼い子は明らかにいないですし、私はヨルカ様の用事が済むまで大人しくしてますわ」

「俺も……」

 ヴァレットとワイドリーは暇そうに隅っこで壁に寄りかかった。

「おい、変人の魔法使いだ」

「本当だ」

「あまり関わるな。先代のような奴かもしれないからな」

 ヨルカを見るなり、魔法使い達は離れていった。

「ヨルカ様、随分嫌われてんすね。やっぱ多少心が汚れてるからなんすかね」

 レドーナはヨルカに遠慮なく奴隷らしからぬ暴言を吐いた。

「私ではなく先代のせいだ。先代は喧嘩っ早い上に酒乱でな、よく陰口を叩く奴を見つけて殴り付けたり、酔った勢いで誰彼構わず変異系魔法をしたりして恐れられている。まぁそのおかげで随分と楽だが……」

 ヨルカ達は隅の方に移動して、大人しくしている。

「おいおい変人の魔法使いさんよ~」

 いきなりヨルカの前に現れたのは酒瓶片手に明らかに酔っている黒いフードの男二人組である。

「ひっく……お前な、国王様に気に入られているからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

「そうだ、この名前を継いだだけの七光りめが!」

 二人組は現れるなり、ヨルカに絡んできた。

「ヨルカ様、こいつらっていいっすか?」

 レドーナが無表情でポキポキと腕を鳴らし、ワイドリーも何も言わずに臨戦態勢に入ると、黒いフードの二人は狼狽えた。

「落ち着け、荒事は避けたい。相手が向かって来たらでいい」

「うっす」

 ヨルカが指示すると、二人は拳を下ろしたが、睨み続けてはいる。

「まぁまぁ、落ち着いてください」

 二人をなだめるように現れたのは、四十代の頭頂部が禿げた頭の男。

「おい『知識の魔法使い』だ。『異名付き』が二人いたら分が悪い」

「ちっ……」

 舌打ちをすると、二人はどこかに行ってしまった。

「お久しぶりですね。ヨルカさん」

「どうも、ダジリ殿」

 ヨルカとダジリという男はお互い頭を下げた。

「ヨルカ様、このハゲ誰っすか? 痛っ!」

「ハゲ……」

 レドーナの容赦ない言葉に、ヨルカは杖でレドーナの腰を突いた。

 ダジリは頭を触りながら傷ついた。

「レドーナ……失礼したダジリ殿、こいつは礼儀を知らないバカ者で……」

「いえ、生徒相手に慣れていますので……」

「生徒? 先生なんすか?」

「この方はダジリ・アルグ殿、西の大都市にある魔法学校の教頭で、大規模な魔法研究機関の責任者もしている。その知識の多さから『知識の魔法使い』と呼ばれている」

「へぇ、ヨルカ様みたく何か異名がついてんすね」

「ああ、私の『変人の魔法使い』のように何かに優れていて王国に貢献している者は世間から異名がつき、そのまま『異名付き』と言われている。キーダ王国には我々の他にあと二人いるが、そろそろ来るのではないか?」

「ああ、彼女ならもう来てーー」

「せんせ!」

 ダジリの後ろから誰かが抱きついてきた。

 その正体はぶかぶかの大きく黒いとんがり帽子を被った、十三歳くらいの水色の髪の女の子だった。

「トウ、いきなりぶつかったらびっくりしますよ」

「だって、せんせ、いなくなる、から」

 片言混じりに話ながら、女の子はダジリの腰に顔をうずめた。

「あらあら可愛らしいですわね。お姉さんとキャッキャウフフなことをしません?」

「やめろ」

 暇そうにしていたヴァレットが女の子を前にすると、急に元気になり、顔を近づける。

 レドーナはそんなヴァレットの首もとを引っ張った。

「このガキもそうなんすか?」

「ああ、トウ・バトン。普通の人間の魔法適正は一種類か二種類なんだが、彼女は光と闇を除く四種類もある」

 魔法は火、水、土、風、光、闇の六つの属性がある。

 トウという少女はその半分以上の四種類の魔法適正を持っている。

 現在は新式魔法で誰でも使うことが出来るが、適正があれば魔力が続く限り、覚えられれば何でも自由に使うことが出来る。

「おまけに私に負けないくらい無尽蔵の魔力、彼女はたった一人で史上最年少のAランクに登り詰めた冒険者。その戦闘力から『戦闘の魔法使い』と呼ばれている」

「とてもそうには見えないんすけど……」

 レドーナにはただダジリに顔をうずめている甘えん坊にしか見えない。

「トウの魔法は全てダジリ殿に教わったんだ。元々捨て子だったのを拾って、親代わりに育ててもらったからダジリにしか懐かない」

「トウ、そろそろ離れてください」

「や」

 子供っぽい返事で拒否をするトウに困るダジリ。

「これで三人、あと一人か……」

 ヨルカはキョロキョロと辺りを見渡した。

「彼はまだ来てないんですが、ですか?」

「ああ、今回はそれとは別に用事があるんだが……」

「はーっはっはっはっはっはー!」

 外から高らかに笑う男の声が聞こえ、誰しもが入口の方を向いた。

 勢いよく扉を開けると、そこには二人のメイドを連れ、豪華な刺繍を施してある金色のローブを纏った、小太りの若い男性だった。

「いやぁ、相変わらず雰囲気が暗いなここは! やはり金に困っている貧乏人が多いからなのかねぇ!」

 周りを嘲笑う金色のローブの男を見て、周りの魔法使い達は睨みながら、どこからか舌打ちがちらほら聞こえる。

「ヨルカ様、こいつ殴っていいっすか?」

「なぜ?」

「なんかムカつくから、痛い!」

 レドーナがまた腕を鳴らすと、再びヨルカは杖で腰を突いた。

「だから落ち着け。こいつが異名付きの残り一人だ」

「こいつがっすか!」

 レドーナは驚いた。

「トールー・グード。二代目『道具の魔法使い』、商人の傍ら、魔道具の製作をしていた父の意志を継いでから、その発想と物作りの才能は凄まじく、今では平民から貴族まで、国民のほとんどが彼の作った魔道具を使っている。王国の中で一二を争う富豪だ」

「意外にすごいんすね、あの金色デブ」

 レドーナが悪口混じりにトールーを褒めた。

「やぁやぁ、変人の魔法使いではないか。それから異名付きが揃いも揃って、相変わらず地味な装いですな」

 トールーはこちらに気づき、ヨルカ達に近づいた。

「どうも、そちらも相変わらず眩しい装いだな。その太った姿を眩しさで誤魔化すのか?」

「はっはっは! 相変わらずお口が悪い! いかがかな? こんな騒がしい所ではなんだし、全員でVIPルームで食事でも、もちろんご馳走しよう」

「頂こう」

「VIPルームって、こんなボロ家にあるんすか?」

「ああ、トールーが金に物を言わせてここの一部を改装したんだよ。私ら異名付きの者しか入れないようになっている」

「では行こう」

 トールーを先頭にヨルカ達は歩き出した。

「ちっ、金持ちめが……」

「国に貢献してるか何だか知らんが調子乗りやがって……」

「変人の魔法使いも金に目がくらんで着いてきてるし、プライドというのは無いのか?」

 ヨルカ達が通ると、魔法使い達がわざと聞こえるような小声で悪口を言う。

「なんかムカつくっすね」

 レドーナは魔法使い達を睨み付ける。

「仕方がない、人というのは嫉妬するものだ。特に私やトールーみたいに跡を継いで異名付きになったのが気に食わず、そんな継いだだけの私らが活躍していることが更に気に食わないんだろう」

 そう言いながらヨルカ達は歩くのを止めず、店の奥の大きな木製の扉に向かった。

 トールーのメイドが扉を開くと、ヨルカ達はその中に入った。

 扉が完全に閉まるまで、ヨルカは妬みや嫉みにあふれた魔法使い達に冷たい視線を向けられた。



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