第37話

 雨はまだまだ降り続き、ぬかるんだ水たまりだらけの道を走るヨルカ達。

 ヨルカの地図の記憶を頼りに、現在屋敷から直進で西の森を目指している。

「オージス、オーレスはどうしている?」

 ヨルカは双子同士脳内を共有出来るオージスにオーレスのことを確認した。

「……キィ、キィ(……森を抜けたみたい)」

「そうか、とにかく急いでくれ」

 ヨルカの指示でオーレスがスピードを上げると、ヴァレットもそれに合わせてスピードを上げた。

「あの、ヨルカ様」

 ヨルカの隣でヴァレットに乗ったブランが尋ねて来た。

「何だ?」

「さっきから言っている『アークロード派』とは一体何なんですか?」

「一応王国中に知れている物だと思っていたんだが……」

「僕は田舎出身で、父に剣術を習ってばっかりだったので、あまり世間とかは知らずに育ちましたので……」

「……なら、今後敵になりうる可能性があるから言っておいた方がいいかもな」

 ヨルカは少し考え、ブランの質問に答え始めた。

「その昔、初代変人の魔法使いが最低の国王を倒したのを話したよな」

「はい」

「最低の国王の息子は養子で、これまでの国のあり方を断ち切るため、前王の姓である『アークロード』から母親の姓である『ダムスクリス』に変わったんだ」

「つまり今の国王様の先祖がその息子だったんですね」

「ああ、しかしそれまで王国は貴族至上主義だったから貴族達は度々反乱を起こした。当時はこれまでの政治を一変して民にも暮らしやすい世の中にしようとする『ダムスクリス派』。それに反対して貴族のための政治を続けようとした『アークロード派』に別れたんだ。もちろん当時はアークロード派がほとんどだった。だが王権や交渉を駆使し、数百年経った今、『アークロード派』は半分まで減った」

「数百年でまだ半分……」

「それだけ人というのは欲深い。傲慢や強欲、ずっと自分が楽していたいということで減っては増えて、攻められては鎮圧を繰り返したらしい。人の欲というのはいい意味でも悪い意味でも底なしなんだよ」

「…………」

 ヨルカは人間の自分勝手さに呆れながら話すと、ブランは言葉に出来なかった。

「今でも裏ではアークロードの子孫を中心に数百年経ってもそれに支持し続ける貴族が貴族至上主義奪還のために国王をなんとかしようとしている。そしてアークロードを王権から引きずり下ろした変人の魔法使いも敵対視している。ブランよ、私達と共に行動するなら貴族には注意した方がいい」

「は、はい……」

 ヨルカの話を聞いたブランは貴族に対しての見方が変わり、少しばかりの不信感を抱き始めた。

「キィキィ(あ、オーレスが落ちた~)」

「何!?」

「キィキィ(でも、馬も遅くなったよ~、ちゃんと着いていってる)」

「ほっ……」

 ヨルカは見失いそうで焦ったが、見失わずに済んで安心した。

「たしか森の先に小さな村があるはず。止まったとしたらそこが男爵の居場所か……とにかく急いでくれ」

 オージスとヴァレットは出来る限り、スピードを上げた。


 しばらく走っていくと、森が見えてきた。

 森事態はそこまで深くはなく、横からだと終わりが見えるくらいの小さな森。

 ヨルカはその中を走りだした。

「キィ! (ストーップ!)」

「「「!?」」」

 全力疾走の中、オージスが突然急ブレーキをかけた。

 ぬかるんだ道を滑ったが、オーレスは無事だが、ヴァレットの方は石につまずき、ひっくり返り、ブラン共々そのまま転がった。

「二人共! 無事、か……」

 今ヨルカの目の前には、小柄な男の子が紫の鹿に、鹿なのに馬乗りになっているという光景が広がっていた。

「ヴァレットさん……重いです」

 頭を打って涙目になったブランを見て、ヴァレットにとって興奮しているのか、発情しているかのように腰を上下に振りながら鼻息を荒くした。

「無事みたいだな……」

 ブランはヴァレットを強引にどかした。

「よいしょ、ヨルカ様一体何が?」

「私にもわからん。どうしたんだオージス?」

「キィ(これ)」

「これは……足跡?」

 オージスが前足で差したのは地面にある今にも消えそうな馬の足跡だった。

 途中で横に曲がって森の中に向かっている。

「キィ、キィ(オーレスがここを歩いたの)」

「どうやら近道したみたいだな。危うく見失う所だった。行くぞ」

 ヨルカ達は道を外れ、道なき道を歩き始めた。

 よく見てみると、雑草が踏まれていて、それがまっすぐに続いていた。

 森を抜けると、その先には大きな白い壁の豪邸が建ってあった。

「変異系魔法第一術式『原点回帰オリジ・レグス』」

 ヨルカは魔法でオージスとヴァレットを元に戻した。

「はぁ、はぁ……うっぷ」

 鹿になって全速力で走ったため、ヴァレットは吐き気をもよおすほどの疲労に、木に寄りかかった。

「大丈夫? ヴァレット~」

 オージスは背中をさすった。

「で……出来れば、抱いて下さいませんか?」

「こう? ギュ~」

 オージスは言われた通り、ヴァレットを抱擁した。

 身長差でヴァレットの括れた腰辺りににオージスの小さくも膨らみがある胸が直に当たった。

「あぁん……」。

 ヴァレットは疲れを忘れ、幸福に包まれていた。

「んふ、んふふふふ……裸の女同士、妹が裸で後ろから抱きついてきて、『ね、しよ』と甘えて来て、同性同士のあれやこれやを……いいですわ!」

 行き過ぎた妄想により、元気を取り戻したヴァレットは息を荒くしながら手をわきわきさせ、後ろにいるオージスに今にも何かしでかしそうな表情をしていた。

「二人とも! いい加減服を着てください!」

 ブランは目をつむりながら二人にメイド服を渡した。

 二人は全裸になっていることを忘れている。

 二人は着替え、改めて全員で森の木陰から屋敷を覗いた。

「屋敷にしては規模が小さいですわね。おそらく別邸でしょう」

 元貴族らしいヴァレットがそう言うが、ヨルカとブランには違いがわからなかった。

「オーレスの記憶にこの家が見てたよ~」

「どうやらここで間違いないみたいだな……さて、どうするか」

 屋敷の周りには雨具をつけた見張りが数人、大人数で忍び込むには困難である。

「オージス、オーレスはどこにいる?」

「屋敷の中に入ってみたいだよ~」

「早いな、私達はどうするか……」

「あのヨルカ様、こんな時にあれですが少しよろしいでしょうか?」

 ヨルカがどう侵入するか考えていると、ヴァレットが質問してきた。

「本当にあれだな、どうした?」

「そもそも何を持って失敗なんでしょう?」

「……は?」

「ヨルカ様の変異系魔法は人を変化させる魔法ですわよね。化け物でも変化させたらそれは成功なのでは?」

「つまり成功の定義を知りたいのか……簡単に言えば自我だな」

「自我ですか?」

「ああ、変異系魔法の成功には二段階の通過が必要なんだ。まずは古代語の呪文に基づいた魔法陣の作成、魔法陣が呪文に反応することによって第一段階が成功。そして魔法と体内の魔力が反応して、変化しやすいように体を揉みほぐすという感じだろうか? 発動した際心地よい快楽を得られる。それが第二段階だ」

「あの快楽にそんな意味が……たしかにあの気持ちよさは絶頂するほどではありませんでしたわね。石祭りの時はレドーナとあれやこれをやをしたらさすがに効きましたけど……」

 ヴァレットは石祭りの際にやった、レドーナとの絡み合いを思い出し、股間を擦りながら赤くなった。

「そして第二段階の失敗、つまり魔法が人体に拒否反応を起こすと、対象者は意識を失うほど激痛に襲われてしまい、自我を失って暴走する。普通に存在する動物や対象者の大きさな年齢などなら失敗はしにくい。逆に昔存在したモンスターなど、化け物は失敗しやすい。つまり、盗まれた魔法が成立したとしたら……それは暴走する異形の怪物となるだろう」

「「……」」

 ブランとヴァレットは改めて事の重大さに気付き、息を呑んだ。

「さっさと取り返しさないと……」

「もう遅いと思うよ~」

「…………は?」

 オージスの絶望的な一言に、ヨルカは固まり、少しの沈黙の後に首だけをオージスに向けた。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」

「あががががががががが!」

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 屋敷から複数の男女の断末魔の叫びのような悲鳴が聞こえた。

 周りの見張り達も何だと思い、屋敷に注目し始めた。

 よく見ると、屋敷のカーテンのかけてある二階の一室から怪しげな赤い光が漏れている。

「な、何ですか!?」

「やってしまったか……」

 ドン! ドン!

 そしてその部屋から強い衝撃音が聞こえ、屋敷の壁がミシミシと音をたて、ヒビが入り、どんどん広がった。

「シューーーーーー!」

 爆発したかのように屋敷の半分が破壊された。

 屋敷の破片が周りに飛び散り、見張りも逃げ出した。

 まるで蛇の威嚇音のような、鳴き声と言えない音と共に現れたのは、全身が紫の体をし、足の先が剣のように鋭い巨大な蜘蛛だった。

「あ、あれは……」

「どうやら失敗が成功してしまったようだ」

 ヨルカは頭を抱えた。

 巨大な蜘蛛は前に進み、その辺の岩や木を足で破壊し暴れている。

「まずいな、このままだと近くの村に進んでしまう」

「ど、どどどどうすれば!」

 この状況に焦り、声を震わせるブラン。

「オージス、オーレスはどうなってる?」

「まだ生きてるよ~」

「では私とオージスはオーレスと合流する。二人は足止めしてくれ」

「えぇ!? さすがに剣の心得は合っても無理ですよ! ヨルカ様も僕以外は戦闘に向かないと言ってたじゃないですか!」

「戦えとは言っていない。私達が戻るまで奴を誘って逃げまくれ」

「え~……」

 ヨルカの無茶な命令にブランは困惑するしかなかった。

「ブランさん、諦めてくださいまし」

 ヴァレットは後ろからブランの肩を叩き、すでに諦めの表情を浮かべた。

 ブランもがっくりと首を垂れ、諦めた。

「蜘蛛が離れた。行くぞオージス」

「お~」

 蜘蛛が屋敷から離れた所を見計らい、ヨルカとオージスと一緒に屋敷に、ブランとヴァレットは蜘蛛の元にそれぞれ向かった。


 ヨルカとオージスは屋敷の壊れた瓦礫の上を登り、なんとかして屋敷の中に着くことが出来た。

 壊れた壁から侵入すると、そこは書斎だった。

 少ないが本が散らばっており、一部が瓦礫に埋もれている。

「あ、見たことない本発見」

 ヨルカは自分が持っていない魔法に関する本を見つけ、こっそり提げていたカバンにしまった。

「ヨルカ様~、オーレスは二階だよ~」

「わかった……ん?」

 ヨルカは机の上にある紙を見つめた。

「ほう……」

 その紙を手に取ると、ヨルカはニヤリと笑う。

「これなら実力行使でも問題ないな」

「ヨルカ様?」

「行こう」

 ヨルカとオージスはサガウに会うべく、二階へと向かった。



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