第36話

「落ち着け、落ち着け……」

 魔法陣を盗まれたという事実に、いつも冷静なヨルカは狼狽え、自分で自分に落ち着くよう言い聞かせている。

「そんなに大事おおごとですか?」

 様子がおかしいヨルカに、ブランはおそるおそる尋ねた。

「当然だ。もし古式魔術に優れた者が使用して悪用でもされたら、王国中の人間が変化されて大混乱になる……これは、歴代から続いた変人の魔法使い史上の大失態だ。まさかこんな物に引っかかるとは……」

 ヨルカは机に寄りかかりながら、頭を押さえた。

「奴等は今の状況を狙っていた。戦力であるコルトとワイドリー、レドーナがいないこの状況を……だとしたら密偵に調査させたはず。なのにコルトとワイドリーは気づかなかったな……」

「そういえば、コルトさんは時々何かに気づいて外を見ていましたわね」

 ヴァレットが思い出したかのように発言した。

「ならどうしてコルトは何も言わなかったんだ?」

「ここ最近雨が多いでしたわよね? 外がうるさいくらいの大雨もありましたし、ワイドリーさんも雨でも稽古をして、呼んでも聞こえないくらい夢中でしたからてっきり……」

「つまり雨と稽古に集中しすぎて、気配を察知出来なかったと……くそ!」

 ヨルカは自分で自分を叩いて苛立っている。

 ブランはこの空気が重い状況に負けずに話しかけた。

「……ヨルカ様、誰か心当たりはありますか?」

「ありすぎてわからん。密偵を派遣させたとなると、どこかの金持ちの貴族が雇ったのか……」

「顔とか覚えてませんか?」

「全員雨具で見えなかった……ただ屋敷に入って来た男は鼻が異様にデカかった」

「鼻が大きい、貴族……それってもしかしてサガウ男爵では?」

 ヴァレットの言葉に、ヨルカとブランは振り向いた。

「知ってるのかヴァレット!」

「ええ、パーティなどで何度かお会いしましたわ。鼻が大きいのでよく覚えてましたし」

「何でヴァレットさんがパーティーに?」

「そういえばヴァレットは元々貴族の令嬢だったな」

「えぇ!?」

 ヴァレットの正体にブランは驚いた。

「貴族だったのにどうしてヨルカ様の奴隷を?」

「あらあら、そんなに私のことを知りたいのですかブランさん。でしたら今夜私のベッドでーー」

「真面目にやれヴァレット」

「あ、はい……」

 ヨルカの苛立ちを含んだ眼差しに、ヴァレットは自粛した。

「そのサガウ男爵にいい噂は聞きませんわね……何しろ『アークロード派』の古株でしたし」

「なるほど……たしかに私はあの男の頼みを断った。どうやら私への逆恨みのようだな」

「あの、『アークロード派』というのは?」

「今はどうでもいい。ヴァレット、そのサガウ男爵のいる場所はわかるか?」

「さぁ? 面識があるだけで何も……たしか王都からもそう遠くはない西側の領主をしているはずですが、それ以外は……」

「西だけじゃ大雑把でわからないな……どうすればいいんだ」

 ヨルカは頭をかきながら考えている。

「ヨルカ様~」

「ん? うぉっ!?」

 ヨルカは驚いた。

 本が積まれた机の下から双子の片割れが紙の束を持って現れた。

 現れたのはたれ目で髪を左側を結んであるオージスの方だった。

「オージス、どうしてここにいるんだ。というか今まで何してた?」

「えっと~ヨルカ様が出た後、オーレスがお絵描き飽きたから外に遊びに行って~、私が散らかった紙を片付けてたら、ヨルカ様が言ってたあの木箱を蹴っちゃって、中身が出ちゃったの~」

「鎖が錆びてたから、簡単に空いたのか」

「中身戻したら、そしたら変な人が来て、部屋の中荒らして、木箱を奪って、窓をバリーンってしたの~」

「つまりサガウ男爵がこの部屋に来てた時にお前はそこにいたのか……ん? オージス、その持ってる紙見せてみろ」

「ん~?」

 オージスはヨルカに言われた通り、持っていた紙の束を渡した。

「これは……全部成功してある魔法陣だ」

 オージスが持っていたのは、本来木箱に閉まってあったはずの歴代の変人の魔法使いが書いた魔法陣だった。

「つまりオージスは木箱の中身と自分の落書きをそっくりそのまま入れ替えて、その男爵がそれを盗んだということか……」

「よかったじゃないですか! 盗んだのが落書きならその男爵もガッカリしてるでしょうね」

 喜ぶブランをよそにヨルカは浮かない顔をしている。

「もしかしたらより危ないことになるかもしれない」

「え? どうしてですか?」

「失敗作でも中には完成間近でやめた物もある。それがどんなのになるのか私にもわからない。書きさえすれば、相応の魔力があるだけで出来てしまうし、変異系魔法に必要な人間への憎悪は『アークロード派』だったら容易いことだ」

 ブランとオージスは『アークロード派』がわからないままヨルカは話を進めた。

「万が一双子の滅茶苦茶な落書きで偶然その魔法を発動させたら、もしかしたらとんでもない化物に変異する可能性もある。いずれにせよサガウ男爵の所に行かないといけないということだな」

「でもどうやって……」

 サガウ男爵がどこへ行ったか未だにわからず、どうしようか悩むヨルカ達。

「私わかるよ~」

 そんな中、手を挙げたのがオージスだった。

「え!? どうやって」

「外で遊んでたオーレスがね~、おっきな馬にはしゃいで、しがみついてそのまま行っちゃったの~」

「そうか。お前達の変な力なら!」

「変な力?」

「こいつら双子はどういうわけかお互いの記憶や視界を共有出来るんだ。だからどんなに離れていても場所がわかるんだ」

「それはすごいですね!」

 ブランは双子の特殊な力に驚いた。

「オージス、オーレスはまだ馬に掴まってるのか?」

「うん、森の中を走ってるみたい」

「森……」

 ヨルカは自分の机の下で何かを探し始めた。

 割れた窓の破片に目もくれず、ヨルカは地面を這いつくばっていると、ヨルカは一枚の紙を手にした。

 机の上に紙を広げると、それはキーダ王国の大まかな地図だった。

「西側の分かれ道のうち、森があるのは右の方、つまり奴は北西に行ったようだな」

 ヨルカは地図を指でなぞりながら、サガウ男爵の行く道を把握し始めた。

「今がそれぐらいだとなると、そう遠くはない。すぐに行こう……あ、窓塞がないと」

 紙がこれ以上濡らさないよう、布で割れた窓を塞ぎ、ヨルカ達は準備を始めた。


 防具や武器など各々準備を済ませ、雨が降る外に出たヨルカ達。

「オージス、ヴァレット」

「は~い」

「了解ですわ」

 オージスとヴァレットは着ていたメイド服を脱ぎ始めると、ブランは見ないように後ろを振り向き、手で目隠しした。

 玄関前で全裸になり終えると、ヨルカは杖を構えた。

「変異系魔法第三術式、『獣化テージ・オブ・ビスト』」

 ヨルカは杖から赤い光を放つと、二人に当てた。

「んぁ……」

「あぁん……」

 二人が声を漏らすと、変化が始まった。

 二人の頭髪は引っ込み、その代わり身体中に髪と同じ色の体毛を生やした。

 四つん這いになり足は細く長く、首は長く顔は前に突き出した。

 体も全体的に一回り大きくなり、そして頭上には少し後ろに反れた二本の角を生やし、短い尻尾が生えると、二人は鹿になった。

「「キィ」」

「これは……鹿ですか?」

「南の地域に住む馬より足の速い鹿だ。昔、先代に着いてきた時に調べたことがある」

「速さなら鳥の方がいいのでは?」

「まだ雨が降っているから視界が遮られて、落ちて死ぬ可能性がある。これなら転んでもケガだけで済む。行くぞ」

「あ、はい」

 雨具を着たヨルカとブランはオージスとヴァレットの衣服や荷物を拾い、ヨルカはオージスに、ブランはヴァレットに乗った。

 ブランが乗ると、鹿になったヴァレットはまだ走ってもいないのに鼻息を荒くして興奮していた。

「ヴァレット、ちゃんと走れよ」

「キィ(はい!)」

「行くぞ!」

 二頭の鹿は走りだした。

 雨で濡れた道を、風を切って走ると、水溜まりが飛び、雨具を着けていても、雨具の頭の部分は速さでずれてしまい、顔は濡れてしまう。

 そんなことを気にかけず、二頭の鹿はサガウ男爵を追うため、西に向かって走りだした。



 ***



 王都の西側、大きな森を抜けてしばらく。

 馬に乗ったサガウ達は、ある場所で止まった。

 そこはポツポツと家が建っているごく普通の村。その中で一際異彩を放つ鉄の柵に囲まれた白い豪邸。

 ここはサガウの領地内にある別邸。

 右腕を失った息子がこの屋敷に引きこもっている。

 馬を降りてサガウ達が屋敷に入っていく。

「お~、おっきぃ~……ってここどこだろ?」

 いつの間にか馬から降り、泥だらけになったオーレスが屋敷を見上げた。

 ただ暇で屋敷の庭を歩いていたら、馬がいたから馬の尻にしがみつくと同時にそのまま走ってしまって、離れるに離れない状態になってしまい、森の途中で力尽きて離してしまった。

 降りたというより落ちたと言った方が正しい。

「……なるほど、ここは悪い人の家か~」

 オーレスはオージスの脳内を共有出来るため、サガウのことはオージスの脳内でわかった。

「よ~し」

 オージスは別邸に忍び込むことにした。

 屋敷周辺には見張りが数名いるが、幸い雨具を顔を隠すくらいに深くかぶっているため、視界が狭まっている。

 オージスは草むらに隠れながら屋敷に近づき、見張りの薄い場所に移動すると、その辺の石を投げた。

 鉄の柵に当たり、カーンと響く音が聞こえると、見張りは音の鳴る方に集まり、オージスはその隙に人気のない所の柵を飛び越えて、潜入に成功した。

 柵の内側には見張りはいない上に柵との隙間が細く、外から見えずらくなっているため都合がいい。

 見張りに気を抜いているのか、玄関の扉は開いていたため、そのまま侵入した。

 中は薄暗く、誰も屋敷を歩いていないためとても静かだ。

 正面中央には大きな階段があり、左右にいくつもの扉があった。

「どこだ~? ん~……あそこ?」

 耳を澄ませると、二階からかすかに物音が聞こえた。

 オーレスは出来るだけ足音を立てずにそーっと歩いた。

 時間はかかったが、音のした二階に登ってすぐの扉の前に着いた。

 ゆっくりと開けると、キィというきしむ音を出してしまったが、中は気づいていない様子だった。

「おおラミルよ。待っていろ、すぐにその腕を治してやるからな」

 そこには主犯である鼻の大きな貴族、サガウ、そして執事服とメイド服を着た従者が数名。そして布を被った魔法使いらしき人間が一人。

 そしてベッドには上半身を包帯で巻かれた右腕がない十歳くらいの男の子。

 彼が魔法陣盗難の原因となったサガウの息子ラミルである。

 熊の被害に遭い、利き腕がなくなって以来、人生を諦めているかのように放心状態となり、虚ろな目をしながら死体のように動かない。

「この中にあるはずだ……ラミルを治す何かが」

 サガウは木箱から取り出した本物と思い込んでいるヨルカの失敗作、双子の落書きが書かれた魔法陣を見ながらぶつぶつとしゃべっている。

 どうやらサガウ男爵の狙いは魔法陣を使って自分で息子を救おうとしているらしい。

 魔法陣の上にはヨルカが想定して書いた呪文も書いてあった。

「あの変人の魔法使いめ。この私の頼みを断るとは……きっと『ダムスクリス派』の者だからひいきしてるんだ。そうに決まっている」

「旦那様、発言をお許しください」

「何だ?」

 サガウがつぶやいていると、執事の一人が話しかけてきた。

「変人の魔法使いの魔法は何が起こるかわかりません。もしラミル様に何かあったら……」

「ふん、私はそこまでバカではないわバカめ。魔法使いよ、すぐにこの部屋にこの魔法陣を書け」

「承知しました。少し時間がかかりますのでお待ちください」

 サガウが雇った魔法使いが準備を始めた。

 執事やメイドの手伝いにより、数時間かけて床や壁に魔法陣を描いた。

「これでラミルを治せる……いや、変人の魔法使いの魔法陣ならいっそ……憎い憎いダムスクリス派の連中を……グフフフフ」

 悪意と憎悪を含んだサガウ男爵の笑み。

 オーレスはどうしていいのかわからず、ただ見ているしかなかった。



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