第38話

 オージスの先導で階段で二階に向かい、赤い光のあった部屋の前に到着した。

「ここか……」

 ヨルカは扉を開けた。

「グア……グア……」

「ヒュー、ヒュー……」

「「「オォォォォォォォ……」」」

 それはあまりにも異様な光景だった……。

 天井や壁が壊れ、雨で漏れたこの部屋に壁や床などに数々の魔法陣が描かれていた跡があった。

 そしてその周りには、散らかったメイド服に埋もれ、「グアグア」とカエルのように鳴き、眼球や口が蠢く黒い水たまりのような不定形な生物。

 同じくメイド服に埋もれ、頭から足の先まで絞った雑巾のようにねじれて口だけが伸びて呼吸をしている蛇のような生物。

 そしてゆっくりとゆらゆらと動きながら呻き声を上げ、男女数人の体が服ごと融合しあい、見た目が樹木のような物体。

 そして、サガウに雇われた魔法使いは蜘蛛にやられたのか、たくさんの刺し傷をつけて床に倒れて死んでいる。

 サガウは仕えている執事やメイドを使い、魔法陣の実験台をしたのだ。

 そしてベッドの上で、その変貌ぶりにブルブルと震えているサガウとその息子のラミル。

「どうなっているのだ! ラミルを治す魔法がないではないか!」

「ずいぶん面倒なことをしてくれたな。サガウ男爵殿」

「き、貴様は変人の魔法使い。どうしてここに! ……なるほど、あの箱の中は私を謀るための偽物だったんだな! 」

 ヨルカが声をかけるなり、サガウがベッドから立ち上がり、指を差しながら犬のように吠える。

 たしかに本物ではないが、実際本物が入っている箱に入っていたから別に騙すつもりではなかった。

「貴様がいけないんだ……貴様がラミルの腕を治療を断ったからこんなことになったのだ!」

「男爵殿、あなたはグフター騎士団長経由に聞いているはずだ。息子の腕は治さないわけではない。治せないんだ」

「嘘だ! ブリスト王子のケガを治したのは聞いている! アークロード派の我々にはダムスクリス派が使えないようにしているのだろう!」

「だからそれは……」

「うるさーい! 言い訳など聞きたくないわ!」

「はぁ……」

 サガウは興奮し、ヨルカの話を聞こうとしなかった。

「これは何ですかな?」

「ぐ……」

 ヨルカは先程書斎で拾った紙の束を出すと、サガウは黙った。

 その紙には『領民奴隷表』と書いてあり、人の名前、その横に二種類の数字が記されている。

「おそらくこれは人を雇い、税金を払えなくなった自分の領地の人間を拐って奴隷商に売った。横の数字が売れた額、そしてその横は自分の取り分ということだろう。それはそうだろうな。勝手に税金を上げているからな」

 領地の税金はその場所の豊かさによって上げることができ、国王の許可がないと上げられない。

「な、何を証拠に……」

「これは何かな?」

 ヨルカは奴隷表の他にインクがにじんで漏れていた紙が何枚もあった。

 それを見てサガウは顔をしかめた。

 少しわかりづらいが名前の所に「フォン」と書いてあるため、貴族の名前が書いてある。

「差し出す名前や内容から察するに、これは近辺の領主に税金値上げの口裏合わせるよう出した手紙の失敗作のようだな。この別邸で失敗作をそのまま置いたのが失敗ようだな」

「ぐ……ぐぐ……」

 サガウが歯を食い縛りながらヨルカをにらむ。

 息子のラミルも知らなかったようで、父親を見て驚いた。

「それがどうした……」

「は?」

「それがどうしたと言っている! 金が欲しいんだよ私は! 遊び、賄賂、貴族至上主義再建のため資金! あってもあっても足りないんだよ!」

 サガウは開き直り、逆ギレをし始めた。

「それが自分の領民を奴隷にしてもか……」

「私の決まりに着いていけなかったあいつらが悪い! 金を持たない平民に何も価値はない! 平民なんか貴族のための肥やしにすぎない! だから最後に奴隷にして大金にしてやってるんだ! 『王や貴族は平民の神である! 決して逆らうでない!』」

「……ボルーグの言葉だな」

 ボルーグ……最悪の王と言われた国王、ボルーグ・ハルトルム・アークロード。

 王国の歴史を記した本の中に数々の暴言のような物があり、その中の一つにそのような言葉が書いてあった。

「人を人と思わない、アークロード派は本当にクズだな」

 ヨルカの苛立ちと怒りを含んだ目で、サガウを睨み付ける。

「クズ……この高貴な私をクズと言うか! この!」

 サガウは部屋に飾ってある剣を取り出し、ヨルカに向かって構えた。

「このままでは私はただでは済まない。貴様を殺して罪を着せれば、何とかなるはずだ。こんなことが出来るのは貴様しかいないのだからな!」

 サガウは目を血走らせてじりじりと近づく。ヨルカとオージスも後退り、距離を取った。

「小娘風情が貴族に逆らうでないわあぁぁぁぁぁ!」

 叫びながら剣を振り上げ、走り出すサガウ。

 ヨルカは何もせずにただ立ち止まったまま。

 ニヤリと下衆な笑みを浮かべながら、ヨルカに向かって剣を振り下ろそうとしたその時ーー。

「そいや~!」

「ぐへっ!」

 サガウは変な声を上げて倒れた。

 突然気の抜けた声と共に現れたのは、双子の片割れのオーレスだった。

 屋敷の瓦礫の大きめの石を持ちながら飛び込み、サガウの後頭部に食らわせた。

 オーレスはあの後、執事やメイドの変貌騒動に紛れて、ラミルのいるベッドの下に移動潜り込んでいた。

 ヨルカは脳内を共有出来るオージスに居場所を聞き、サガウを誘きだすためにベッドから離れたのだ。

「オーレス~」

「オージス~」

「「いぇ~い」」

 双子は再開を喜び、ハイタッチをした。

「お……おのれぇ……!」

 サガウはふらつきながらも、剣を杖にして立ち上がった。

 頭から血が垂れている。

「これしきの……ことで……」

「やめてくれ!」

 ベッドから立ち上がり、今までしゃべらなかった息子のラミルが大声を上げた。

「父上……僕は父上の跡を継いで領主になろうとした。必死に僕の腕を治そうとしていることも嬉しかった。けど、人を犠牲してまで治したくないし、父上のやっていることは間違っていると思う」

 ラミルの必死に答えた言葉に、サガウ男爵は動揺しだした。

「嘘だろ……お前は私と同じ、貴族の貴族による貴族のための国に変えたくないのか? 平民共を見下し、好き放題したいと思わないのか!?」

「僕はそんなことは思わない」

「そんな……」

 サガウは今の今まで自分の息子も同じような思いを持っていると思っていた。

 それがショックで頭を下に垂らした。

「お前のせいだ……アークロード派が上手くいかないのも、頭のケガも、息子が否定したのも全部全部お前らのせいだ!」

「息子のことは知らん」

 サガウは八つ当たりに近い文句をヨルカに言い出した。

「きしゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 そして奇声を発しながら、自棄を起こしたのか、ラミルに向かって剣を振り回しながら突進してきた。

「オーレス、オージス。守ってやれ」

「「お~」」

 双子はサガウを止めることにした。

 オーレスは走り出し、オージスは自分のカバンから長いロープを取り出した。

 オージスはその辺の小さめの瓦礫にロープを結んでそれを投げ、瓦礫は放物線を描きながら飛び、オーレスは走りながらそれを受け取った。

 そしてサガウの前に回り込み、ロープが走るサガウの腹部に引っ掛かった。

「ぐふっ!」

「「とりゃ~」」

 油断して止まった隙に、双子はロープを持ちながらサガウの周りをグルグル回り始めた。

 ロープをサガウの頭から足まで体全体を絡ませて、身動きが取れなくした。

 そして長いロープがサガウに巻き付いて短くなり、双子が触れるくらい近くなるとーー。

「せいや~」

「うぉ!?」

 オーレスが前からサガウの足を払うと、サガウは足に当たって前に倒れていく。

 そして後ろからオージスがサガウの頭を押さえながら飛び込んできた。

「ぶうっ!」

 倒れる早さが増し、サガウは勢いよく顔から床に激突した。

 さっきのオーレスの後頭部の攻撃にさらに顔にケガを負い、サガウの頭はボロボロになっている。

 双子は力はなく、武器も得意ではない。ただどんなに獣になって走っても平気な無尽蔵な体力と脳内を共有出来るため、それを駆使したチームワークが武器である。

「ぐ、ぐぐぐ~……!」

 サガウは気を失いかけたが、ボロボロな顔をしながら、這いつくばってラミルに近づく。

「しぶといな……」

 ヨルカはサガウの頑丈さに呆れを通り越して感心した。

「「それ~」」

 双子はサガウの上に乗り、押さえつけた。

 ヨルカは安全を確認し、サガウに近づいた。

「自分の思い通りにならないからって息子も手を出すとは、救いようがないな……さて、ちょうどいい人材がいるし、実験をしよう」

 ヨルカは懐から杖を取り出し、サガウに向けた。

「な、何を……」

「変異系魔法第一術式「原点回帰オリジ・レグス

 ヨルカはなぜかケガを治す「原点回帰オリジ・レグス」をかけた。

 サガウの顔や後頭部のケガはどんどん治っていき、頭の出血も止まった。

「オーレス、オージス、離してやれ」

 ヨルカの命令で双子はサガウから離れた。

「は……はははははは! 何を考えているか知らないが、バカなことをしたな!」

 完治すると立ち上がり、指を差してヨルカを嘲笑った。

「やはり治す魔法があるではないか! 治したからと言って恩を売ると思ったら大間違いだぞ!」

「……一応言っておく。あまり熱くなると体に響くぞ」

 ヨルカは完治したサガウに焦ることもなく、そのまま立ち止まったまま。

「何を言っている! こうなったらここにいる全員ぶっ殺し……ぶはっ!」

 サガウは自分に何が起こったのかわからなかった。

 気持ちが高まり、大声でしゃべっていると、何もしていないのに、大量の血を吐いた。

 血がついた手を震わせ、顔が青ざめると、膝から崩れ落ちた。

「な……んで……?」

「残念だったな。『原点回帰オリジ・レグス』は回復魔法ではない。異常の状態から生まれながらの普通の状態に変える魔法だ」

「生まれ……ながら?」

「グフター騎士団長から聞いたが、あなたも息子も昔、母親の胎内の頃に呪いをかけられたようだな。呪いを受けた状態でこの世に生を受けた時点でそれが普通ということ。そしてあなたは今まで生きてきた分蓄積された呪いに冒されているということになる。そしてそれが私があなたの頼みを断った理由だ」

 ヨルカはサガウに向かって淡々と説明した。

「た、助け……」

 サガウが這いつくばりながらヨルカの足元に近づき、命乞いをした。

「苦しいか? 何十年分の呪いが一気に来たからな。こうして生きているのが奇跡だ」

 ヨルカは歪んだ笑みを浮かべた。

「助けると思うか? 今まで身勝手に税を上げ、奴隷にされ、今でも死ぬより苦しい生き地獄を味わっているかもしれない民の苦しみをせめてほんの一割を味わいながら……死に絶えろ。ふふふふふ……」

 ヨルカは狂うように笑う。

 さっきまで犬のようにうるさく吠えていたサガウが弱々しく変わり果てた無様な姿に……。

「く……そが……ぶえぇぇぇ!」

 サガウ男爵は体内にある全てという程の致死量とも言える大量の血を吐き出し、そして白目を向いて倒れた。

 サガウの周りは血の海と化し、ヨルカは下がり、床で靴に着いた血を拭った。

 ヨルカは前に進み、息子のラミルに近づいた。

「すまない。君の父親を殺してしまって、どうか私を許さないで欲しい」

 ヨルカが頭を下げると、ラミルは無言で首を横に振った。

「当然の報いだと思います」

 ラミルは下を向いたままそう答えた。

 いくら父親でもさっきまでの行動、今までの悪行を聞いて、それが許せないらしい。彼には父親とは違い、善良な心を持っていた。

「腕の方は私にはどうにも出来ないが、知り合いがなんとかしてくれると思う。だから生きるのを諦めないで欲しい。君のような悪を許さない者こそ、前に出て動くべきだからな」

 ラミルはさっきまでとは違う生気に溢れた目をしながら、ただ何も言わず首を縦に振った。

「さて、他は後で直すとして、時間がないから行くぞ」

「「お~」」

 ヨルカと双子は例の大蜘蛛を足止めしているブランとヴァレットに合流すべく、急いで外に出るのだった。

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