第33話

 サーシャに向かって一歩、また一歩と近づくコルト。

「ただのメイドと思うなよ。金色の風である父に暗殺術を学び、メルギを殺すため、そしてヨルカ様を守るためにこれまで鍛えて来たこの体。あんたみたいな金色の風を知らない愚かな偽物に負けるわけがない」

「なめるなよ小娘……こんな見た目でも二代目金色の風の副首領。アーザス含む下っ端と一緒にするなよ」

 震えた声でサーシャはコルトを睨みながら二本の短剣を構えた。

 いつの間にか伸びた語尾を忘れ、普通の喋り方になっていた。

 コルトが立ち止まると、お互い二本の短剣を構え、サーシャは下がりながら距離を取っている。

「ふっ!」

 サーシャがジャンプをすると、突然姿を消した。

 周囲をガサガサと風もないのに葉が動き、木を蹴る音が聞こえる。

「はぁ……ずいぶんとデカいハエがいるものだ」

 コルトがため息をつきながら、短剣を持ったまま余裕そうに人指し指で頭を掻いた。

「余裕ぶってるのも今のうちだ!」

 どこからともなくサーシャの声が聞こえると、木が揺れるくらい強く蹴り、その勢いに乗り、コルトの左側に飛びかかった。

 キン!

 一瞬火花が散り、鉄がぶつかり合う音と共に、その衝撃で周りに風が吹いた。

「何……!」

 サーシャは驚いた。

 コルトは短剣で受け止めたからだ。

 直立不動でサーシャの方を見ることなく、ただ気配で察知して腕を伸ばしただけ。

 しかもサーシャが両手に対して、コルトは片手、腕を曲げることなく簡単に防いだ。

「暗殺者としても二流、そんなあんたに私は倒せない」

「はぁ? 何を根拠に言ってんのよ!」

 コルトの挑発にサーシャは怒り、再び消えた。

 そして次に右側に斬りかかったが、コルトは再び何も見ずに防いだ。

「くっ……! まだだ!」

 再び消え、今度は休むことなく攻撃を続けた。

 消えては攻め、消えては攻めを繰り返し、サーシャの四方八方からの攻撃をコルトは難なく短剣で受け止める。それどころか目をつぶって余裕そうにしている。

(何故だ! 何故私の攻撃を防げる!? 私の速さは他の人追い付かれないはず! なのに金色の風の娘というだけで……)

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 自分の素早さに自信があるサーシャ。

 しかしそれを余裕で受けきるコルトに苛立ちを感じたのか、叫びながらより加速。コルトもそれに合わせて防御している。

「そんなことで熱くなるなんて、だから二流なんだよ」

「ふざけんなぁ!」

 コルトの挑発にサーシャの怒りの一撃を食らわせるも、コルトは右手で受け止める。

「はぁ……さてーー」

 コルトは初めてサーシャに視線を向けた。

 サーシャは驚き、怯んだ所をコルトは左の短剣で下から上に斬り上げた。

「ぐっ……!」

 サーシャがそれを防ぐと、その力の衝撃に耐えきれず、サーシャはよろめいた。

 後退したその隙にコルトは懐に入ると、サーシャの腹に強烈な蹴りを入れた。

「かっ……は!」

 サーシャは木々の隙間を通り、コルトが見えなくなるほど遠くに飛ばされると、後ろの木に激突して背中を強打した。

「はぁ……ぐ、ぼぇ……」

 サーシャはすぐに立ち上がろうとするも、腹を蹴られたせいか、四つん這いになって吐瀉物を吐いた。

「はぁ、はぁ……あいつは……化け物か……」

「暗殺者は熱くなるべからずーー」

「!!?」

 サーシャは目を見開いて驚愕した。

 気配も音もなかったのに、いつの間にかサーシャの真横に立っていたからだ。

「ーー才能に驕らず、情をかけることなく、冷静に、冷徹に、ただただ無になり仕事をこなせ。父の暗殺者になる心得だ」

「く……うあぁぁぁぁぁ!」

 サーシャは再び立ち上がると、やけになったのか、真っ正面から攻めた。

「すー……」

 コルトは深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて右手の短剣を横に構えた。

 そしてサーシャが自分の目の前まで近づき、二本の短剣で斬りかかろうとしたその瞬間ーー。

「はぁ!」

 気合いと共に短剣を右から左に大きく振った。

 すると、サーシャの二本の短剣の刃が粉々に砕けた。

「ぐ……!」

 サーシャはその勢いに負け、風に煽られるかのように横に飛ばされて転がり、そして地面に倒れた。

「本当に大したことない……」

 サーシャに冷徹な目を向け、サーシャはその威圧に座りながら後ずさった。

「姿を消せても、音を出して気配も駄々漏れ。そして熱くなった挙げ句、やけを起こすという体たらく。短剣の使い方も移動の仕方も精神的にも、あんたは二流だ」

 コルトはサーシャに実力の差を見せつけ、暗殺者としての全てを否定した。

「そんなあんたは殺す価値もないわ」

 そう言ってコルトは後ろを振り返り、短剣を捨てて歩き出した。

「……お前もか」

 コルトが去ろうとすると、サーシャがよろめきながら立ち上がった。

「お前もメギル首領と同じことを言うのか……」

「メギル……! あの男が首領なのか!?」

 コルトは父親を死に、自分を奴隷に追いやった男の名前を聞いた途端、振り返り止まった。

「首領は『お前はよくやっているが、に入れるにはまだまだ一団体の副首領止まりだ』と」

(ユウセン?)

 サーシャは腕に縛ってある布をさすりながらそう言った。

 コルトはその『ユウセン』という単語が気になった。

「ふざけんな! 私は子供の頃から色んな暗殺団に入って何十、何百という奴を殺してきた! 憧れだった金色の風の副首領に誘われて歓喜したのに……」

 サーシャは暗殺者としての長年の経験による自信やプライドが首領のメギルの言葉とコルトの強さにより打ち砕かれ、怒りと悲しみに溢れていた。

「せめて……せめて金色の風の娘であるお前の首を首領に捧げて認めてもらう。そして私は『ユウセン』に入るんだ!」

 サーシャは走り出した。

 サーシャの短剣は折れたため、その場に捨てたコルトの短剣を取ろうと、前に走った。

 そしてコルトの短剣を手に取り、持ち上げようとした瞬間ーー。

「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ゴキっという鈍い音を出し、突然その場に転がり、倒れながら叫んだ。

 起き上がろうとしても腕が動かせない状態になっているらしい。

「本当に……バカで無様ね……」

 コルトはため息まじりに苦しんでいるサーシャに近づいた。

「この短剣は硬さを重視して作られていて、重りつきの特訓用。重さが普通の短剣の十倍はあるのよ。だから気をつけて使わないと肩が脱臼してしまう。わざと捨てたけど、あんたは餌を目の前にした魚みたいに食いついた」

 サーシャは肩を脱臼してしまったため、腕が動けないらしい。

 コルトはしゃがみながら、そんな重い短剣を片手で持ち上げた。

「動きづらいメイド服に、特訓用の短剣で相手した。わかる? 私ははなからあんた相手に本気にしなかった。本気にしないほどあんたは弱い雑魚ってことよ」

 サーシャのプライドを完膚なきまでに傷つけるかのように嘲るコルト。

 その表情は怒りを通り越して哀れみを含んでいる。

「ぐ……ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 顔を地につけたサーシャは、悔しさが最高潮になり、唸るような声を上げ、涙を流した。

「さぁ……」

 コルトは短剣をサーシャの首めがけて、振り上げた。

「私があんたを逃さないわけないでしょ。その無様な姿のまま……絶望したまま……死ね」

「待っーー」

 短剣は風を切る音を立てながら、サーシャの首に勢いよく振り下ろした。

 セリフを最後まで言えないまま、サーシャの首が体と離れ、コロコロと転がった。

 切られた首からどんどん血が流れ、瞬く間に周囲の地面が赤に染まった。

 だらしなく開いた口に、生気を失った目をしたサーシャの顔を見ながら、コルトはしばらくその場で立ち尽くした。



 ***



 その後、コルトはイスタルで下山したヨルカ達と合流した。

 バックァ達は一部の敵意の無くなった騎士達をヨルカが回復させ、残りはレドーナとワイドリーに運ばせた。

 ヨルカの話によると、バックァの目的はただ短剣が欲しいというわけではなかった。

 バックァは民のために、領内にはびこる二代目金色の風をなんとかしたいと思っていた。

 どうすればいいか考えていると、先代領主である父親の資料に金色の風の短剣がイスタル近辺にあるということがわかり、それが二代目金色の風の目的だと踏み、しらみ潰しに探していた。

 本当は民を思う男だが、親の甘えた育て方のせいで、わがままで自分勝手で頭が悪い。そして領主になってまだ一月も満たしていなかったため、短剣探しを最優先にして、他がおざなりになってしまった。

 そんな領主としての経験不足、傍若無人な行動が今のような状態に至るのだった。


 そして、主のヨルカを放って、さっきまで大量に殺してきたコルトはーー。

「申し訳ありませんでした……」

 サーシャのことや自分の過去、今までしゃべらなかったことを全て話し、地に頭をついて土下座をした。

 ヨルカとレドーナは驚きの表情を見せた。

「まさかコルトが金色の風の娘だとはな……」

「この度は私怨による勝手な行動でヨルカ様やレドーナに多大なご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳なく思います」

 コルトは丁寧に謝り、頭を上げようとしない。

「頭を上げろ。別に怒ってはない」

 ヨルカの言葉にコルトはようやく頭を上げた。

「コルト。今回のことに咎めるつもりはない。それに誰にだって許せないことはある」

「ヨルカ様……」

「それに謝った所で何になる。辞めようとしても手離す気はないし、私が困る。私のためと言うならいつも通り働きでなんとかしろ」

「そうそう、コルトがいなかったら、ちゃんとヨルカ様の世話する人はいないんだから!」

 レドーナがコルトの肩と肩を抱き合わせた。

「はい……」

 主や仲間を利用した自分を許し、受け入れたことに、コルトは大粒の涙を流し、それを腕で拭った。

「おい、俺には何もねぇのか?」

 一番後ろで腕を組みながら無愛想にしているワイドリーが話しかけた。

「はっ、何を今さら」

「このアマ……」

 コルトがワイドリーに話しかけられた瞬間、鼻で笑い、そしてお互い睨みあった。

 ヨルカとレドーナはいつもの調子に戻って安心した。

「あ、そんなことより、あなたに朗報です」

「あ?」

 コルトはワイドリーに半分赤に染まった白い布を渡した。

「…………これは!」

 ワイドリーはその布を広げると驚愕した。

 その布には剣を十字に交差した印が刺繍されている。

 これはワイドリーの育ての親の敵である『十字剣の集団』の印である。

「お前、これをどこで!」

「サーシャや他の暗殺者の腕に縛ってありました。私の敵であるメルギは『ユウセン』と呼ばれる集団を率いているらしく、これはその印のようです。二代目金色の風はその傘下に過ぎないようです」

「ユウセン……」

 ワイドリーは持っていた布を睨み付けながら、力強く握りしめてしわくちゃにした。

「少なくとも人を殺したり、暗殺者と関わっている時点でろくな奴ではないな……いつかグフター騎士団長に聞いてみるか……それでコルト、どうするんだそれ?」

 ヨルカが言っているのは、コルトが持っている父親の形見である短剣が入った箱のことだ。

「持って帰るのか?」

「はい、メルギが今も悪事を働いている以上、父の無念を晴らし、鍛治師の母が作ってくれたこの短剣でいつかあいつを討ち取ろうと思います」

「鍛治師……もしかしてなんだが、ギルドに行く時に見てた鍛治屋は……」

「あそこは母の実家でした。父と駆け落ちして勘当されたのですが、母が何かあったら訪ねるようにと、その店の名前を教えてもらいました。あの時の老人も私の祖父に当たります」

「ちゃんと会わなくていいのか?」

「私は奴隷の身、孫が元暗殺者で犯罪奴隷という事実は知らない方がいいと思います」

「そうか……」

 コルトが内心会いたいのか、少し複雑な表情を見せた。

「なら帰ろう。レドーナ、体力はまだあるか?」

「えぇ、あの貴族達運んだんで、一泊したいんすけど……」

「コルト、行くぞ」

「……はい!」

 コルトは箱を抱きしめながら、ヨルカ達に着いていく。

 いつもの日々に戻り、安心したコルトの顔に笑みがこぼれた。



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