第34話 コルトの過去
今から約二十数年前。
キーダ王国の東の大都市、イスタンの鍛治屋にある娘がいた。
長い金髪が特徴の元気で活発な娘で、父親の厳しい修行に耐え、若くして鍛治師としての実力を持っていた。
そんな彼女はある秘密を持っている。
それは親に内緒で一人の男と恋人同士になっていること。
出会いは近くの山。
薪を拾った所をケガをしていた彼を見つけ、それから何度も会うようになり、お互い惹かれあった。
だが彼、エルー・デントレウスは暗殺者だった。
貴族の理不尽な金の徴収で生活が苦しくなった者同士が集まった暗殺者集団の首領で、悪人を暗殺しては、貧しい人々に金をあげる義賊のようなことをしている。
だけど彼女はそんな事実を知るも、エルーを愛すると誓い、二人は結婚の約束をした。
彼女は父親に彼氏が出来たことを話すと、父親は「お前のような半人前に恋愛なんて早い」と猛反対された。
親子は何度も口論をしても、父親は折れることはなかった。
怒りを爆発させた彼女は、父親に内緒で貴重な金属、ミスリルと宝石をふんだんに使った二本の短剣を作り上げ、その短剣と共にエルーと駆け落ちをした。
だが、エルーは
二年後、エルーとの間に女の子が生まれ、その子供をコルトと名付けた。
両親の遺伝子を継いだきれいな金色の髪で、母親にべったりでよく泣く甘えん坊で、虫も殺さない優しい子に育った。
エルーはコルトのために暗殺業に励み、家族仲良く暮らしていた。
しかし……コルトが三歳になると、母親は流行り病で亡くなった。
その病は村中に広がり、エルーはコルトを連れて村を出た。
コルトはエルーのいる暗殺集団の隠れ家に暮らし始めた。
母親恋しさに毎日のように泣きじゃくるコルトにエルーや部下も参っていた。
だが、あることで泣き止むことが出来た。
それはエルーが母親が死んでから髪を伸ばしっぱなしにし、その長い金髪が母を思わせるらしい。
それからエルーは髪を長い状態のまま暗殺業を続けた。
暗殺の仕事も増え、妻が作ってくれたミスリルの短剣を使って、悪人を殺しまくった。
その風のように速く颯爽と殺し、風になびく金色の長髪から、いつしか『金色の風』と呼ばれるようになり、それが今まで決まってなかった軍団名となった。
コルトが五歳になると、エルーはコルトを暗殺者として鍛え始めた。
死と隣り合わせの仕事のため、いつまでも泣き虫のままでいけない、頼れる暗殺者になるために誰も来ないガシの山で修行を始めた。
母親譲りの根が真面目でがんばり屋なコルトは、優しくもその十倍厳しいエルーの修行で暗殺の何たるかを教わった。
修行を続けて十歳になると、コルトは父親の遺伝子を継いでいるのか、暗殺者としての才能を開花させた。
かくれんぼと称して気配を消す修行で、夜まで見つからなかったり、追いかけっこと称して、素早く移動出来るかの修行でとうとう本気のエルーの速さまで追い付き、一回教わっただけで針金で鍵を開けることも出来た。
エルーは自分の娘の才能に驚き、部下達も「将来は安泰だ」と喜び、コルト自信も二代目を継ぐつもりだった。
しかし、コルトは暗殺者として足りない物があった。
それは『非情さ』。
暗殺者には平気で人を殺す非情さがなくてはならない。
才能があっても虫も殺さない優しいコルトは初めてエルーの仕事を共にした時、人が血に染まる姿を見て顔を青ざめて、手を震わせた。
それからしばらく、コルトは仕事に行かなくなった。
そんな各地を転々としながら暗殺業のサポートをこなし、自主修行を続け、人の死体に見慣れつつあるコルトはもうすぐ十一歳になろうとしたある日、金色の風の隠れ家から悲鳴が聞こえた。
一人で修行をしていたコルトの目に、予想外の光景が広がった。
隠れ家には数人の仲間の死体。
そしてエルーと残った仲間が捕まり、その捕まえた相手もエルーの仲間、そして盗賊が数名。
コルトは何が何だかわからなかった。
エルー達を捕まえたのは、副首領のメルギという左目に傷をつけた男。
入ってまだ間もないが、強さで副首領にまでのしあがった実力者。
エルーとメルギは当初から対立していた。
仕事以外無駄な殺生はしないエルーに対し、
標的の他に関係者、そしてミスをした部下までも殺すメルギ。
気に入らないメルギは部下をそそのかし、盗賊と協力して、エルーを捕まえることになった。
金色の風は今やキーダ王国中で有名で多額の懸賞金がかけられている。メルギはそれが目的だった。
コルトがメルギに向かって切りかかるも、簡単に押しのけられた。
エルーの近くで倒れたコルトは、エルーにある紙を渡された。
「逃げろコルト!」
そしてエルーのその言葉に、コルトは生き残った部下達に連れられ、泣きながら遠くへと逃げ出した。
それから数日後……エルーと捕まった部下は王都で処刑された。
メルギは金色の風を捕まえて、人気者という扱いとなった。
その噂を聞き、コルトはしばらく泣き続けた。
エルーが最後に渡した紙には、愛用していたミスリルの短剣は修行していたガシの山に眠っていたと書かれていた。
コルトにはもう親はいない……このままではいけないと思い、短剣を見つけて二代目金色の風を結成し、そしてメルギに復讐することを決意した。
だが、その願いは叶わなかった……。
エルーが死んで数日後。
目立たないように隠れながら王都で買い物をしていると、コルトはメルギ達に見つかった。
一緒に共にしていた仲間達にメルギに見つかったことを報告しようとすると、その顔は不気味ににやけていた。
実は仲間全員がメルギの内通者で、全ての行動は把握されていたのだ。
コルトは一人逃げ出し、メルギ達は追いかけた。
人混みを掻き分けて逃げ出すも、メルギは気配を消しながら、すぐに追い付いた。
メルギが目の前に現れると、コルトは短剣を構えた瞬間、二人の間を通った通行人が突然腹部から血を出して倒れた。
突然のことに騒ぎだす人々。
すぐに疑われたのは、短剣を出したコルト。
刺した覚えもないのに、コルトの短剣の一本から血が滴り落ちていた。
よく見てみると、メルギの手から血が垂れていた。
通行人をやったのはメルギ。自分が切った通行人の血をコルトの短剣に塗ったのだ。
今この場にいる町の人は皆、コルトがやったと疑った。
怒りに身を任せたコルトは、メルギに斬りかかるも、別の通行人を盾にした。
倒れた通行人は血をして倒れると、コルトは手を震わせて、動きを止めた。
今まで人を殺すことに背き続けたコルトは、殺すことには慣れていなかった。
十一歳で罪もない人を殺したコルトは罪悪感に押し潰され、頭が真っ白になり、とにかくメルギに向かって斬りかかった。
コルトが短剣を振る度に、メルギや辺りに散らばった部下達や盗賊が町の人の見えない所でコルトの近くにいた人を傷つけた。
メルギは気配を消し、あたかもコルトが無差別に人を傷つけるように仕組み、その罪をどんどん重くする。
やがてケガ人や死人が十人を越えた辺りでコルトはアーザスという盗賊団の一味に取り押さえられた。
そしてメルギは近づくとーー。
「今のその絶望した顔……最高♪」
コルトの耳元でそう囁いた。
メルギや盗賊団、そして裏切った仲間達の歪んだ笑顔、そして町の人の恐怖や軽蔑な目に囲まれて、コルトの心が折れてしまい、戦意を喪失した……。
コルトは十一歳でメルギにより、犯罪奴隷として奴隷商に売られた。
場所は目隠しされてわからないが、手持ちの物を没収され、首輪をつけられ、薄汚いボロボロの布の服を着替えさせられ、暗いテントに足も伸ばせない狭い檻に閉じ込められた。
コルトは檻の中で絶望していた。
両親に先立たれ、ずっといた仲間に裏切られ、罪もない人を傷つけ、殺してしまい、しまいにはメルギの評価が上がり、自分は奴隷。
奴隷になった時点で、コルトはこのまま人以下の扱いを受ける人生になるんだと、諦めた。
それから二年、数日に一回、吐瀉物のような不味い飯を食べさせられ、大半を日の当たらないテントの檻の中で過ごすという生活を送った。
人生を諦めたコルトは人形のように動かず、ただ死んだ目で檻の中で呆ける日々が続いた。
仲間に裏切られ、父親に殺された嫌悪。
罪もない人を殺し、傷つけた罪悪感。
奴隷になってしまい、自由も未来も失った喪失感。
コルトの中で優しさや感情が死んでいき、その代わり虫も殺さなかった少女が檻に入ってくる虫を手ですり潰し、非情さが生まれつつあった。
そして十三歳のある日、この日がコルトの運命の日と言っても過言ではなかった。
「ーーーーーーーーーー!」
外が騒がしかった。
コルトが外の方を顔に向けると、テントから奴隷商人が現れたが、様子がおかしかった。
体がどんどん小さくなり、顔から目がたくさん出てきた。
そして腕が棒のように細く長くなると、脇から似たような腕が何本も生えた。
ゴキゴキと音を立てながら、やがて服に埋もれて見えなくなると、そこから一匹のクモが現れた。
その光景にコルトは目を丸くした。
クモになった奴隷商人はカサカサとテント内を走り回っていると、テントから足が現れてそれに潰された。
「は~い、違法奴隷商、鎮圧完了~」
次に現れたのは黒いマントを羽織った藍色の短髪の女性、奴隷の首輪に眼鏡をかけた黄土色の髪のメイド、そして瞳も髪も着ている物も黒い少女。
「えーっと、ここにいる奴隷達よ。お前らは『違法奴隷』らしいから解放してやる」
女性は頭を掻きながら言うと、奴隷達は喜んだ。
違法奴隷とは罪や借金もないのに誘拐などて連れてこられて、無理矢理奴隷にされた者をいう。
女性の話によると、ここの奴隷商人は正規の手続きをしていない上に、人を使って適当な人を誘拐させて、強引に奴隷にして商品にしていたらしい。
鍵を開けて次々と檻を開け、首輪を解くと、奴隷達は手を上げて喜んだ。
「ふふ、ふふふふふふふ……」
女性が連れて来た黒い少女は奴隷商人だった擂り潰されたクモを棒でつつきながら、不気味に笑っている。
「何やってるんだ?」
「人が虫けらになってる……無様」
「お前は……その性格が歪んでるの、本当に直した方がいいぞ」
黒い少女の行動に呆れる女性。
「イヴ様」
「どしたオーカ?」
オーカという眼鏡のメイドがコルトを連れてやって来た。
「この子だけは殺人奴隷です」
「マジ? ……あ、本当だ、ちゃんと模様がある」
イヴという女性がコルトに近づくと、奴隷の首輪を見た。
すると首輪には赤い模様がうっすらと見えている。
奴隷の首輪には違法奴隷は無色、殺人奴隷なら赤、借金奴隷なら青など色がつき、買われて契約を交わすと模様が無くなり、小さく契約紋が現れる。
ちなみに首輪は違法奴隷はちゃんと外れるが、ちゃんとした奴隷は鍵が必要になっている。
「どうしますか? ちゃんとした奴隷商に引き取りますか?」
「うーん……お前名前は?」
「……コルト」
「一つ聞く、人間が憎いか?」
「え?」
イヴの質問にコルトは困惑した。
「……一人だけ、憎い……そいつ、殺したい」
コルトは久しぶりの人との会話に片言混じりに、そしてメルギのことを思い出したのか、殺意のある眼差しで答えた。
「よし、それでいい。お前は私が買おう」
「え?」
「ただ、お前の主は私ではない。あいつだ」
イヴが指差したのはクモをつついている黒い少女。
「私達は人間嫌いの集まりのような物でな、特にあいつはひどい。私とオーカ以外に話そうともしない。だからお前にはあいつの奴隷になって、人に慣れてもらう。お前はあいつと歳が近いしな」
「……私、買われる身、拒否権、ない」
「それもそうか。ま、我々の身の回りのことをしてくれたら基本自由だ。色んな所に行くから例の殺したい奴を探したり、復讐も出来るかもしれない」
「……!」
メルギに復讐……その野望、生きる理由によって、コルトの死んでいた目に光を取り戻した。
「やる……やらせて」
「よし、そんじゃオーカ、教育の方は頼んだ」
「かしこまりました。奴隷の先輩として主に仕えることの何たるかを一からお教えいたします」
オーカは眼鏡の位置を整え、無表情ながらも生き生きとした表情をしていた。
「決まりだな。そういえば紹介がまだだったな。私はイヴ・アムクルス。変人の魔法使いと呼ばれている。それで私の奴隷のオーカと、あとは……ヨルカ! こっち来い!」
イヴの呼び声に黒い少女、ヨルカは駆けつけた。
「こいつが私の養子で弟子のヨルカだ。ヨルカ、お前は十歳になったし、そろそろお前に奴隷をあげよう。お前の奴隷のコルトだ」
「は、はい……」
ヨルカはコルトに視線を向けず、おどおどしながらイヴのマントを握っている。
「コルト」
「うん、じゃなくて、はい」
コルトはその場でヨルカに跪いた。
「ヨルカ、様、よろしく、お願い、します」
「こ、こここ、こちらこそ」
お互いたどたどしく喋りながらも、二人はこの瞬間、主従の関係となり、コルトはヨルカ・アムクルスの最初の奴隷となった。
***
現在。
「ヨルカ様、お茶とお菓子をお持ちしました」
「ああ」
コルトは十九歳になり、先代イヴの奴隷、オーカの教育により、ヨルカのために働いている。
イヴ以外と関わろうとしなかったヨルカもコルトが相手することによって、他人とちゃんと話せるくらいまで成長した。
コルトは今でも心の奥底で父を殺したメルギを殺そうと復讐心を燃やしている。
しかし、今のコルトには帰る場所、頼れる仲間、そして守らなくてはいけない主がいるため心は廃れずにいた。
奴隷でありながら苦にならず、主に恵まれ、自分の野望の機会を与えてくれた幸せ。
そして両親の想いが入った短剣を手元に置ける喜び。
それぞれを感じながらコルトは今日も主のヨルカの奉仕するのだった。
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