第32話
ワイドリーが攻撃を続けてしばらく。
坂の終わりの崖ギリギリの所、ワイドリーが一人立っていて、バックァと騎士達は木の下敷きになったりしていて、鎧がボロボロの状態で倒れている。
ヨルカは後から坂を降りて来て、ワイドリーと合流し、この惨状を見て驚いた。
「おぉ、まさかここまでとはな」
「ああ驚いた。今ならあの
「やめろ。それより……生きてるか?」
ワイドリーは歩きだし、気絶しているバックァの元に近づいてしゃがむと、ビンタした。
「べふっ!?」
「生きてた」
「お前、相手は一応貴族だぞ……」
ヨルカはワイドリーがバックァに躊躇なくビンタしたことに呆れている。
「はっ! 貴様らぁ! こんなことをしてただで済むと思うなよ! 貴様らの住処を暴き出して、暗殺者を雇って殺してやるからな!」
「それ本人に言うなよ……」
「いっそ殺すか? そして埋めて、この騎士達を虫にでもすれば全く問題ない」
「ひぃ!?」
ワイドリーはバックァに剣を向けて、脅しをかけた。
「落ち着けワイドリー。そもそも話し合いさえ出来れば、こんなことにはならなかった」
ヨルカはバックァに近づき、その場でしゃがんだ。
「なのにあなたはろくに話を聞かず、我々を捕らえようとした。だからこちらも自己防衛のためにこのようなことをさせてもらった。それはわかって欲しい」
「……ふん!」
バックァはそっぽを向いた。
反論しないあたり、反省はしている様子。
ヨルカ立ち上がり、バックァに質問をした。
「さっきの質問の続きだ。なぜあなたはここに来たのだ?」
「……町のアーザスという男に聞いた」
(やっぱりコルトじゃなかった……)
この答えの時点でコルトでないことがわかり、剣になっているレドーナはホッとした。
「ん? アーザスと言ったか?」
ヨルカはバックァが言ったことに不審に思った。
なぜならアーザスは依頼者サーシャの親代わりであり、金色の風の元部下。
短剣を手に入れようとしているのに、敵に奪われる行為をするはずがない。
「それは本当か?」
「当たり前だ! 嘘を言ってどうする!」
「……どういうことだ?」
バックァは嘘を言っているように見えない。
「くそ! どうしてこうなった!? 私はただ、我が領の平民共を救いたかっただけなのに……」
「「(……は?)」」
ヨルカ、ワイドリー、そしてレドーナはバックァの言っていることの意味がわからず、声を揃えて疑問符を浮かべ、ヨルカ達はわけのわからないまま、その場で立ち尽くした。
***
その頃コルトは山の中を颯爽と登っていた。
しかし、そこはガシの山ではなく、その隣の低めの山。
ガシの山に比べて落石もなく、何もいじられていない普通の山道をコルトは休まず走っている。
走り続けていると、コルトは山頂に到着した。
深呼吸をして息を整えると、緑が生い茂る木の中を歩いていく。
その先には一際古く大きな大樹が見えた。
コルトはその大樹の前まで近づき、大樹の下の草むらを手探りで探しだした。
「…………あった」
草むらから現れたのは鉄で出来た黒い箱があった。
その箱は鎖が地面に繋がれていて、鍵穴がないが、よく見ると横に点のように小さい穴が左右対称に開いている。
コルトは箱を地面に置き、メイド服から鍵を開けるときに使う針金を二本取り出し、真っ直ぐに伸ばした。
そして左右の横穴にそれぞれ一本ずつ針金を通して同時に押し込むと、箱からカチッという音を鳴り、箱が開いた。
中を開けると、そこには赤や青の宝石が埋め込まれていて、刀身が血で少し汚れているが、銀とは違う灰色に輝くミスリルの短剣が二本。これが探していた金色の風の短剣である。
「よかった……」
コルトは涙を浮かべながら、その短剣を抱き締めた。
しばらくして、コルトが涙を拭うとーー。
「…………そろそろ姿を現してもいいですよ。いるのはわかってますから」
コルトがそう言うと、突然ガサガサと周辺から音を出し、数十人の黒い服を着た集団がコルトを囲った。
「へぇ……気配を消すのは自信があったのになぁ」
集団の中からコルトの前に現れたのは、小柄のツインテールの少女、依頼人であるサーシャだった。
その身なりは冒険者の衣装ではなく、集団と同じ全身黒い衣装である。
そしてその後ろにはアーザスが立っていた。
「ガシの山の中腹から事前に縄で繋いで近道したのに、ずいぶん速く見つけられたわねぇ。おかげで探す手間は省けたけどぉ」
サーシャは語尾は変わらないが、ぶりっ子ぶった喋り方から妖艶な喋り方に変わった。
「あなた方ですか? この辺りで暴れている金色の風の偽物は?」
「偽物なんて心外ねぇ。私達は金色の風の勇姿に憧れて集結した、言わば二代目金色の風よぉ。あ、ちなみにこんななりだけど、私は副首領で年も二十六になるわぁ」
サーシャの言葉にコルトは睨み付けた。
「おかしいと思いました。ギルドでは地図などの資料は盗難防止のために、裏に保管されていると聞きます。なのにギルドに来てすぐにもらえたこと。そして受付嬢は少しばかり怯えていた。誰かに地図を渡すよう脅されていて、その脅した相手が近くにいた。つまりあの時ギルドにいた冒険者達が暗殺者仲間だと察しました」
コルトが周りを見ると、黒い集団の中にギルドにいた冒険者達の姿があった。
「あなたはこの短剣をこの山にあるという情報を得て、全員を集めて探そうとした。しかし、ちょうどあの貴族も短剣を狙って、邪魔だった。だからあなたはヨルカ様に金色の風の娘と偽って同情を誘い、短剣探しの依頼をした。けどあなたの目的はあの貴族の足止め。ヨルカ様と貴族を短剣がないガシの山に誘い込み、落石や陥没などで時間稼ぎをさせて、その隙に短剣を探す。そうですよね?」
コルトの推理にサーシャは笑みを浮かべた。
「その通りよぉ。あの貴族をガシの山に誘き出せば十分だったんだけど、しつこそうだし、念には念をねぇ。ここまで当てられたら呆れて笑えてくるわねぇ」
「別に勘ではありません。朝一番にギルドに寄って、あの受付嬢にも聞きましたから。冒険者も大幅にいなくなってましたし」
「こちらも質問いいかしらぁ、いつ頃から私が金色の風の娘ではないとわかったのかしらぁ? そしてどうしてここに短剣があるのがわかったのかしらぁ?」
情報もなしに真っ先にこの山に来たこと。
サーシャが金色の風の娘でないことに気づいたこと。
コルトがなぜ知っているのか、サーシャは不思議に思った。
少しばかりの沈黙の後、コルトは口を開いた。
「……あなたが屋敷に来た時言いましたよね? 金色の風を『私の母が……』と、その時点であなたは偽物と判断したのです。あなた方はただ金色の風に憧れているだけで、何も知らないんですね」
「は? どういうことぉ?」
「金色の風は男性ですよ」
「「「「「!?」」」」」
その一言にサーシャやアーザス、そして暗殺者達が驚き、ざわめいた。
「長い髪とエルーという女性っぽい名前というだけで女だと判断してましたよね?」
「そんな……たしかに知らないけど……」
サーシャ達が動揺している中、コルトは語り始めた。
「金色の風ことエルー・デントレウスはイスタンの鍛冶屋の娘と駆け落ち。その数年後に子供が生まれて仲良く暮らしてました。しかしその妻は病で亡くなり、まだ幼い娘は母親恋しさに毎日のように泣きじゃくり、困った金色の風は母親と同じように長い髪にすると、娘が泣き止み、それ以来その髪のまま活動をした……それが金色の風の長い髪の理由です。昔はこの山で訓練をしてましたし、母が作ってくれたこの短剣も愛用してました。懐かしいです」
コルトは短剣を見ながら懐かしさに浸っていた。
「懐かしいって……あんたまさか!」
「申し遅れました。私はヨルカ様の奴隷、コルトと申します。世が世ならコルト・デントレウスと名乗り、父の跡を継いで二代目金色の風を名乗っておりました」
「「「「「!!?」」」」」
コルトは丁寧に頭を下げながら自己紹介をした。
コルトが金色の風の娘であること。
その発言に暗殺者達は再びざわめき、それにサーシャは動揺と同時に納得した。
「だから私は金色の風のメンバーは全て覚えています……その中にアーザスという団員はいません。ただ父が捕まった時に協力した盗賊団の中にその名前を覚えてました」
コルトがアーザスを見ると、アーザスは目を反らした。
コルトが出会った際、アーザスを睨んでいたのはそれが理由だった。
「父が処刑されたのは副首領のメギル達の裏切り、他の盗賊団の協力よって捕縛されました……そして父が処刑された後、私もまたメルギに捕まって、殺人奴隷として売られました」
コルトは話をしながら短剣を箱にしまった。
「私は自分の目的のため、ヨルカ様を利用し、落石や陥没を父がやった物だと話を合わせました」
「目的?」
「それは、金色の風という名を汚したあなた方を……この手で殺すことだ」
「「「「「……!」」」」」
コルトが振り向いたその時、口調が変わり、まるで獲物を狩ろうとする野獣のような殺気を放った。
それにより、ざわめいたサーシャ達は冷や汗を流しながら黙った。
「私にとって金色の風は家その物だった。あなたのような誰彼構わず殺すだけの賊まがいにその名を語るのも我慢ならない」
コルトは背中から二本の短剣を取り出し、戦闘態勢に入った。
その短剣と呼ぶには刀身がやや大きく、鍔が太く重厚感を醸し出している。
「ふん! たとえ金色の風の娘でも、あんな魔法だけの能無しのメイドをしてる奴に、こんな大人数に勝てるわけない! 殺れ!」
サーシャの掛け声にアーザスを除く暗殺者達がそれぞれ剣を構えて、そして一斉に襲いかかった。
コルトは臆することなく、腕を交差させるとーー。
「え?……消えーー」
サーシャが一回……たった一回のまばたきをすると、コルトが姿を消した。
「ーーた。 くっ……!」
サーシャがセリフを言い終わると同時に、強い風が吹いた。
風が収まると、サーシャは目を疑った。
コルトに襲いかかった暗殺者達はそのまま止まることなく中心に突っ込み、ぶつかり合った。
上から襲った者も受け身を取らずに落ち、中には中心に行けずに転倒する者もいて、いつの間にか人の山が出来ていた。
全員に刃物でやられたような大きな切り傷や、心臓付近の刺し傷がついていて、草や木が血に付着し、知らぬ間に辺り一面に血の赤が目立ち、暗殺者達が動くことはなかった。
「まさか、全部あの女が……ん?」
サーシャは後ろからポツポツと水滴を感じた。
後頭部を触って見てみると、手には血がついていた。
「ひっ!? ……アーザス!」
血に小さい悲鳴を上げたサーシャが振り返ると、後ろに立っていたアーザスが血まみれで倒れた。
深く切られた頸動脈から血を噴き出し、腕や背中、身体中のありとあらゆる所についた切り傷から血が溢れ、赤い水たまりが広がった。
たった数秒でこの死屍累々の光景になり、サーシャは短剣を構えて辺りを見渡した。
「ヨルカ様を『魔法だけの能無し』と言ったな……」
「!?」
サーシャの背後に急な殺気を感じ、サーシャは振り返りながら、後ろに下がって距離を取ると、いつの間にかコルトが立っていた。
少しばかりの返り血を浴び、二本の短剣には血がベットリとつき、ポツポツと垂れていた。
その目には光沢がなく、サーシャに向ける殺意はさっきとは比べ物にならず、禍々しいオーラを視覚化出来るほどだった。
サーシャはその殺気に手を震わせた。
「金色の風を汚すだけでなく、私の大事な主を侮辱した……生きて帰れると思うなよ」
主を馬鹿にされたコルトは、怒りの視線をサーシャに向け、血が滴る短剣を彼女に向けた。
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