第31話

 コルトがいなくなり、バックァ率いる騎士軍団が登ってきた。

 レドーナはコルトが告げ口したと言ったサーシャと喧嘩している。

「コルトは絶対裏切らない!」

「でもあの人は私のお母さんと何かあったんですよねぇ!」

「でもコルトは冷静で、世話焼きで……とにかくヨルカ様を絶対裏切らない女だ!」

「おい、喧嘩してる暇はない」

 ワイドリーが二人の喧嘩に割って入って止めた。

 下を見ると、バックァ達がどんどん近づいてくる。

「どうする? きんは貴族にチクったとしたら山を下ったことになるから上には誰もいない。このまま登って短剣を先に取るか、あの貴族共をぶっ倒すか」

 ワイドリーは冷静に状況を確認し、二人にどうするか聞いた。

「どっちもすればいい」

 レドーナ達が振り向くと、ヨルカが草むらから現れた。

「誰か一人が短剣を取りに行って、他がバックァを足止めすればいい」

「ヨルカ様! コルトがいなくなって大丈夫なんすか!?」

「たしかに戦力が減ってだいぶ不利だな……」

「いやいや! 突然いなくなって悲しんでたんじゃないすか!?」

「たしかに驚きはしたが、用が済んだら戻って来るだろう」

「何を根拠に言ってんすか!?」

「根拠はない。ただ信じてる」

 ヨルカはただ急にコルトがいなくなるという状況に驚き、今後のことを考えていただけで、コルトを疑うということは全くなかった。

「少しでも疑っているのはお前ぐらいだ、赤」

「え?」

 ワイドリーが崖の下のバックァ達を見ながらレドーナにそう言った。

「あの女は嫌なやつだ。容赦ないし、嫌味だし、クソがつくほど真面目でうるさいし、つまんない理由で突っかかって来るし……ホント腹が立つ!」

 ワイドリーが最後の方は苛立ちが混ざった口調でコルトについて語った。

「だから黒チビのことになると、殺す気で来るくらい怒る。そんな奴が裏切るとは思えない」

「ずいぶんコルトを買ってるんだな」

「どう聞いたらそう聞こえんだよ。それより、そろそろ来るぞ」

 そうこうしているうちに、すぐそばの下り坂からバックァ達が見えてきた。

「では短剣は私が行きますぅ!」

 サーシャが短剣を取りに名乗りを上げた。

「この中では一番妥当だな。我々はバックァをなんとかしよう」

「では行って来ます!」

 サーシャは軽快な走りで山を登っていき、すぐに見えなくなった。

「一応言っておくが、相手は貴族だから殺すとややこしいことになる。あくまで足止めだからな」

「え、殺さないんすか?」

「……そうか」

「言っておいてよかった……」

 レドーナとワイドリーは殺そうとしていたことに、ヨルカはため息をついた。

 そしてついに、バックァ達と向かい合う形となった。

 よく見ると、ワイドリーに吹き飛ばされたからか、顔中に腫れや擦り傷があった。

「やはりここに来ていたか変人の魔法使い! 」

「どうしてあなたがここに?」

「ふん! 言うわけないだろバカめが! 言ったことは内緒と言われているのでな!」

「つまり誰かに聞いてここに来たわけだな」

「う……」

 図星を突かれたのか、バックァは言葉を詰まらせた。

「と、とにかく短剣は我々が頂く! この私を吹き飛ばし、怪我をさせた罪は万死に値する!」

(ただの擦り傷程度で大袈裟な……)

 ヨルカが心の中でそう思った。

 口で言ってもバックァには無駄だと判断したからだ。

「短剣を手に入れるついでに、貴様らを捕らえて、じっくりねっとり可愛がってやるからな」

 下衆な笑みを浮かべるバックァ。

 ヨルカは呆れて、レドーナとワイドリーは苛立ちが込み上げている。

「さぁ騎士達よ! 変人の魔法使いを捕らえよ!」

「「「「「はっ!」」」」」

 バックァの命令に騎士達は前に出た。

 そしてバックァは自分の身の安全のためにそそくさと騎士の後ろに隠れた。

「うわ、ださぁ……」

「貴族なんてそんなもんだろ。ったく……数が多いからって有利とは限らないってのに」

 バックァを馬鹿にしながら、ワイドリーと騎士達は剣を構え、レドーナは腕をならし、双方戦闘態勢万全の状態。

「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」

 先に動いたのは先頭に立った丸太を持った騎士二人。

 突進をして、崖に突き落とそうとしているようだ。

「ふん!」

「風魔法『風の靴ウィド・ブルツ』」

 突っ込んでくる丸太をレドーナは両手で抱くように受け止め、ワイドリーは丸太を回し蹴りをした。

「うぉっ!?」

 竜巻を纏い、ワイドリーの蹴る力が数段に上がっている。

 蹴られた丸太の軌道が直角に曲がり、勢いよく壁にぶつかった。

 壁を向いた騎士は後ろががら空きになりーー。

「ふん!」

「ぐえ!」

 ワイドリーは『風の靴ウィド・ブルツ』で、騎士の背後に蹴りを決め、騎士は壁にめり込んだ。

 鎧をしてても、岩をめり込ませるほどの衝撃を受け、騎士はそのまま動かなくなった。

「ぐっ……動かないだと……!」

 レドーナの方も、騎士が踏ん張っても全く動く気配がない。

「こんなの、猪の突進の方がまだマシなんだよ! ぬおぉぉぉぉぉぉ!」

「何ぃ!?」

 丸太を持ったレドーナは気合いの入った声で踏ん張ると、騎士ごと持ち上がった。

 丸太に加わり、鎧を着けた騎士も入れると、相当な重さになっているはず。

「ぬん!」

「うぉ!?」

 騎士は丸太を離そうとしたが、レドーナは丸太を九十度横に回すと、騎士は崖の下に移動させられ、丸太にぶら下がった。

「おい戻せ! 戻せ!」

「そんじゃ、せぇ~……!」

 レドーナは丸太を高く上げ、元の場所に移動させるとーー。

「の!」

「ぐぉっ……!」

 そのまま勢いよく降ろした。

 床にめり込んだ騎士はそのまま気絶した。

「おん……どらぁ!」

 レドーナは体をグルグルと回し、その遠心力を利用して、後ろの騎士に向かって投げた。

「逃げろ!」

「「「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」」」」」

 投げた丸太は高速で回転しながら飛び、前方の騎士が吹き飛んだ。

 騎士達は崖に落ちてはいないが、鎧が歪んでいたり、丸太の下敷きになったりし、全体の約三分の一を戦闘不能に出来た。

「な、なんだこの女! 化け物か!?」

 後ろで騎士に隠れたバックァが驚いて、声を荒げた。

「何だ、大したことないじゃん。この調子なら……あれ?」

 レドーナが余裕にしていると、後ろから物音が聞こえ、振り返ると騎士達が坂の上から回り込んで来た。

 どうやら騎士の一部が後ろに回りこんだようだ。

「挟み撃ちか……」

 前と後ろから攻めて、戦力を分断させる作戦らしい。

 レドーナは後ろに回り、二人の間にヨルカを挟む形になった。

「こうなったら数で圧倒しろ! 全員でかかれぇ!」

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」

 前と後ろから騎士が一斉に攻めてきた。

「移動する」

「わかった。レドーナ、抱っこ」

「え? はい?」

 いきなりワイドリーが喋ると、レドーナの首もとをつかんだ。

 ヨルカは了承してレドーナに飛びつき、急なことにレドーナはわけがわからないままヨルカを抱っこした。

 そしてワイドリーがその場で足を曲げると、『風の靴ウィド・ブルツ』により、高くジャンプをした。

「ぐっふ!?」

 急に高くジャンプしたせいで、首もとをつかまれたレドーナは急なジャンプにより服の首の部分が引っぱられて苦しんだ。

 ヨルカ達は高くジャンプし、バックァは呆然とした。

「お、追えー! 見失うなよ!」

 下から騎士達が追ってくる。

 高く跳んだヨルカ達は山の少し登った所にある、緑が生い茂る森の中に降りた。

 木で勢いを殺し、地に足がついたと同時に、レドーナは地面に手をつき、首を押さえた。

「く、苦しかった……跳ぶならもっと前もって言ってくれよ」

「あそこでは黒チビを守りながら戦うのに不便だ」

「いたぞー! 逃がすなー!」

 大して遠ざけていないため、すぐにバックァ達が追い付き、坂を登ってきた。

「レドーナ、これ」

「あざっす!」

 ヨルカは鞄の中にあった物をレドーナに渡した。

 それは鉄製のガントレット。

「やっぱ剣よりこれだな!」

 腕にはめ、拳同士をガンガンとぶつけて気合いを入れるレドーナ。

「うっし!」

 ヨルカは物陰に隠れ、レドーナとワイドリーは前に出た。

「おっら!」

 レドーナが先頭の騎士に向かって飛び込み、ガントレットで殴った。

「ぐあ……!」

 持ち前の怪力で放った拳は、騎士が吹き飛び、木に激突した。

 騎士の鎧には小さくも深い凹みが出来ていた。

「ふっ!」

 ワイドリー騎士の腕の間にある鎧の関節部分に剣を突き刺した。

「ぐっ……!」

「炎魔法『炎の付与ファイ・エンチェル』」

 呪文を唱えると、ワイドリーの剣が燃えた。

「あっつ!」

 すると、剣に刺された騎士が熱がり、隙間から煙が出た。

 騎士が慌てて強引に引き抜くと、坂に足を滑らせて、他の騎士を巻き込んで転げ落ちた。

「変異系魔法第六術『縮小化スモス』」

「おぅん!」

「あひん!」

 ヨルカは後ろの物陰に隠れながら、遠くで二人の後ろを襲おうとした騎士達に魔法をかけた。

 変な声を上げると、騎士の鎧が頭から落ち、腕や胴体も地面に落ちると、中身の騎士の姿はなく、空の鎧だけが散りばった。

 よく見ると、鎧の胴体に小さい人間がしがみついていた。

 ヨルカの魔法で騎士の体を小さくし、戦闘不能にさせた。


「たった三人に何を手こずっている!」

 騎士がまだ数十人もいるというのに、相手はヨルカ達三人。

 それに苦戦していることに一番後ろにいるバックァが吠える。

 しかし、ヨルカ達も優勢というわけにはいかなかった……。

「ああもう! 木が邪魔で闘いづらい!」

 ワイドリーが森に移動したのは、障害物が多く、騎士の大きく範囲の広い剣を振り回すのに不利。そして山育ちのワイドリーが戦いやすいからだ。

 しかしレドーナは慣れていない。

 騎士に突っ込むと木にぶつかったり、騎士が避けたりして木を殴ったりと、剣より範囲が狭くて動きやすくても、あまり変わらなかった。

「くっ……」

 ワイドリーの方も動きが鈍くなってきた。

 原因は魔法の使いすぎによる体内の魔力の減少。

 普段ワイドリーはあまり魔法を使わない上に体力がある。

 それにより普段体力があるのに、魔力の使いすぎの疲労に慣れず、動きが鈍くなった。

 敵の数はまだまだ多い。

 どうすればいいのかヨルカは考えた。

「……ワイドリー!」

 ヨルカが何かを思いつき、ワイドリーに声をかけた。

「あぁ?」

「力を上げれるならば一人でやれるか?」

「……やれる」

 少しの沈黙の後、ワイドリーは騎士を睨みながらそう言った。

「よし」

 ヨルカが杖を構えると、動いているレドーナに向けた。

「変異系魔法第四式『武器化テージ・オブ・ウェボ』」

「あん!」

 レドーナが立ち止まった所を狙いを定め、ヨルカは赤い光を当てた。

 当たって不意を突かれたレドーナは可愛らしい声をあげた。

 すると変化が始まった。

「あ……あぐ!」

 頭から長い刃が角のように現れた。

 手足や胸がしぼみ、背がどんどん低くなると、頭の刃だけが見えて、それ以外はメイド服に埋もれた。

「あ……あ……」

 喘ぐ声が途絶えると、刃が横に倒れ、そこには鉄製のレドーナの顔がついた剣が転がっていた。

「ワイドリー、拾え!」

「……ああ」

 ワイドリーは急いで剣になったレドーナを拾った。

「おお……!」

 拾った瞬間、ワイドリーの身に何か違和感を感じ驚いた。

「何だこれ……力がみなぎる」

 ワイドリーは魔力による疲れがなくなるどころか逆に力が溢れていた。

 人を武器にする『武器化テージ・オブ・ウェボ』は持つことにより、持った人間の能力に、武器にした人間の能力が加わる。

 つまり、ワイドリーの能力にレドーナの怪力などが加わったことになる。

「うし! 炎魔法『炎の付与ファイ・エンチェル』」

 気合いの入ったワイドリーは、二本の剣を持ち、その二本から赤い炎を出した。

(あっつ!? 熱い! 熱いって!)

 剣になっているレドーナが炎に包まれて暑がっているが、それは術者のヨルカにしか聞こえない。

 ワイドリーは二本の剣を使って周りの木々を切り倒した。

 炎の燃やす力と、レドーナの力が加わり、木はどんどん切られていく。

 切り口が焦げた丸太は切り株で転がるのを防ぎ、周りに切る木がなくなると、ワイドリーは剣の炎を消した。

「風魔法『風の靴ウィド・ブルツ』」

 今度はさっきより大きく勢いのある竜巻を纏わせ、切り倒した丸太を坂の下にいる騎士に向かって蹴った。

「ぐっふ!」

「逃げろ! 木が落ちてぐっは!」

 ワイドリーの『風の靴ウィド・ブルツ』で蹴られた木は、勢いよく騎士に激突した。

 バックァ達は逃げ惑い、坂を下って後退した。

「逃がすか!」

 ワイドリーは下っていく騎士達を追いかけ、落ちてた木を再び蹴ってはぶつけ、蹴ってはぶつけを繰り返し、相手が行動不能になるまでそれは続いた。

 いつもは人があまり通らない静かなガシの山に多くの男性の叫び声がこだました。



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