第30話

 探し回る騎士達から隠れながら、町の外に出ることに成功し、ヨルカ達はガシの山に登っている。

 険しい山道を登ってしばらく、ヨルカは疲れ果ててレドーナにおんぶしてもらっている。

「ヨルカ様、も少し体力つけてくださいよ~」

「疲れた……」

「……おい」

 おんぶされたヨルカに、ワイドリーが小声で話しかけて来た。

「あのきん(コルト)の様子、おかしくないか? 全然突っかかって来ない……」

 ワイドリーのせいで貴族に追われる羽目になり、ヨルカに迷惑をかけて口喧嘩になるはずだが、それはなかった。

 コルトは山に入ってから終始無言で、一番後ろを歩いている。

「あのサーシャの親である金色の風と何かあるらしい。そんな相手の娘と依頼人という狭間に困惑しているんだろう」

「そうか……」

「ワイドリー、お前も『十字剣の集団』に復讐する者として、口出しはしない方がいいだろう。お前も復讐するのに介入されたら嫌だろう」

「わかってる……」

 話が終わり、ヨルカ達は黙々と山を登り続けた。



 ***



 夕方。

「ちっ、またかよ」

 ヨルカ達はまだ山の中腹にいる。

 地図通りに進むと、山の途中で落石や道の陥没などがたくさんあった。

 しかも頂上に行く道は一本、横が崖のため、乗り越えるか回り道で草むらを歩くなどで時間がかかった。

 そして今、目の前の道を塞ぐ岩を見て、ワイドリーは舌打ちをした。

 コルトとワイドリーとサーシャが岩の上に飛び、ヨルカとレドーナを引っ張って乗り越えた。

「さすが暗殺者に育てられただけある。身軽だな……」

「いえいえ、母やアーザスおじさんにコツを教わっただけですぅ」

「ん? コルト、行くぞ」

「……はい」

 コルトは落石のそばでしゃがんでいたが、ヨルカに呼ばれて先を急いだ。

 外は薄暗くなり、足場も見えづらくなった。

「はぁ、今日はここで野宿っすかね」

「そうだな。この辺に休める所はあるか?」

「でしたらぁ……ここから脇道になりますが、洞窟があるみたいですぅ」

 サーシャが地図を見てそう言うと、少し緑が生い茂った道を指差した。

「ワイドリー、食料頼めるか?」

「……川の音が聞こえないし、動物の足跡がない上にこれだけ草が生い茂っているとなると、動物も住んでないみたいだし、キノコも何もないな」

 山育ちが長いワイドリーでもガシの山には食料が見当たらないらしい。

「ただ鳥が近くにいるってことは、木の上に実がなっている可能性はあるかもな」

 ワイドリーは真上に飛んでいる鳥を目で追った。

 鳥が止まったのは、ある一際高い木。

「あそこに何かあるみたいだな」

「あ、なら私が行ってみるですぅ」

 サーシャは高い木をまるでサルのようにスイスイと登り、あっという間にてっぺんに着いた。

「食べれそうなリンゴがありましたぁ! 落としますので取ってくださいですぅ!」

 そう言ってサーシャは木の上から次々とリンゴが落として来た。

「「痛っ! 痛た!」」

 いきなり落ちていくリンゴにぶつかり、翻弄されるヨルカとレドーナ。

 コルトとワイドリーは果物を見切って避けたり、取ったりしている。

「と、とにかく、食料はこれでいいだろう」

 ヨルカ達は総出で果物を運び、サーシャの先導で脇道に沿って坂を登った。

 草むらに覆われた道を進むと、そこには洞窟が見えて来た。

 洞窟が見えて来た頃には夕日が山に隠れ、暗さで足場が見えなくなった。

 中に入ると、上は広々としているが、奥はそこまで深くなく、すぐに行き止まりになっている。

 落ちていた岩や木で即席のイスを作り、葉っぱと枝を集め、コルトが持ってきた火打ち石を使って焚き火を完成させた。

 焚き火の周りで果物にかぶりつきながら今後のことを話すヨルカ達。

「ここから頂上まで結構ありますぅ……」

「そもそもあるかどうかわからない短剣なんか探して当初の目的である貴族をなんとか出来るとは限らないだろ。まぁ短剣を諦めて差し出すなら話は別だがな」

「それは……」

 ワイドリーの言葉にサーシャは何も言えなかった。

 貴族を何とかするには目的である短剣を差し出せば万事解決する。

 しかし親の形見である短剣をサーシャは諦めきれずにいる。

「……多分短剣はこの山にあると思いますよ。この落石や陥没は人によって作られた物です」

 コルトがワイドリーに口を出してきた。

「根拠は?」

「落石のそばにこれがありました」

 コルトが手に出したのは先端が尖った錆びた鉄の棒が数本。

「何だこれ?」

くさびといって石を割るための道具です。割りたい大きさに何本も打ち込んでヒビを入れて割る仕組みです。石工職人は魔道具が発展する前はこの方法で石を切り落としてたんです。この楔があるということは落石は誰かが仕組んでいるのだと思います」

「陥没は? 大雨が降れば普通になるだろ」

「この辺は山々に囲まれている上に海から遠いので、湿った空気が入って来ないんです。なので雨が降りづらい。そうですよねサーシャさん」

「確かに、私が生まれてから大雨の記憶はないですぅ」

「ずいぶん詳しいな」

「私も奴隷になる前はこの辺りで生まれ育ったので……この山は地面も岩ですし、おそらく道にも楔を打ち込んで、少しでも雨が降ると、楔の隙間から水が侵食して道を陥没させたという可能性があります」

「だが暗殺者が何で石工の道具なんて使うんだ?」

「石工職人は石切りを魔道具に変えてから、楔が使われなくなったので、投擲とうてき用のナイフより安値で手に入ります。慣れれば|投擲武器として金欠の暗殺者に使われることが多いんです」

「つまり……暗殺者だと」

「おそらくこの山道の細工は金色の風が誰も通さないようにして、サーシャさんのような身軽な暗殺者しか頂上に行かせないようにしているんだと思います。全ては娘であるサーシャさんに手に戻るように……」

 コルトの説明に誰も反論せず納得している。

「私のために……でしたらちゃんと手に入れないとですねぇ!」

 サーシャは決心を固めたようにやる気に満ちた表情をした。

「とりあえず今日はここまでにして、明日の朝にしようか」

 ヨルカの発言に皆が頷き、今日は洞窟に寝泊まりすることになった。



 ***



 深夜。

 大量の葉っぱを敷き詰めて、レドーナが持ってきた人数分の布を羽織って洞窟の中で眠るヨルカ達。

 洞窟の前で見張りのため起きているワイドリーは、木々の隙間から見える夜空をボーッと見ていた。

「……お前か」

 ワイドリーが気配を察して振り返ると、洞窟からコルトが出てきた。

「私が朝まで見張りますので、寝ていてください」

「朝までまだまだあるぞ」

「大丈夫です」

「そうか……」

 真剣な目をしたコルトを見て、ワイドリーは立ち上がり、洞窟に入っていく。

「お前の過去とかは知らん……ただ、依頼人に何かするなよ」

「…………」

 すれ違いざまにワイドリーはコルトにそう言った。

 ワイドリーはコルトが金色の風の娘であるサーシャに手をかけるのではないかと、念のため注意した。

 コルトは何も言わずにただ立ち尽くし、ワイドリーは布を羽織って眠った。


 数時間後。

 コルトはワイドリーに近づくと、寝息が聞こえて眠っているのを確認した。

 眠るのを確認すると、今度はヨルカに近づいた。

 静かに眠るヨルカを見て、コルトは今にも泣きそうな切ない顔をした。

 そしてその場で土下座をするとーー。

「ヨルカ様、申し訳ありません……」

 寝ているヨルカに頭が地面に着くくらい深々と下げて謝った。

 数秒間頭を下げ続けて、ようやく顔を上げると、切ない顔から何かを決心した真剣な顔つきへと変わり、コルトは立ち上がり、洞窟を出て、どこかに行ってしまった。



 ***



 朝。

「「「………………」」」

 コルトが消えるという思いがけないことに動揺し、洞窟で呆けるヨルカ達。

 一番最初に起きたサーシャがヨルカ達を起こし、このことを伝えた後探しに行った。

 黙ったまま動かないヨルカを尻目にワイドリーとレドーナが話し始めた。

「ちっ、何で急にいなくなるんだあの金は……」

「やっぱり金色の風に関係あるのかな? 関係者の依頼だから手助けしたくないとか?」

「もしくは腹いせに先に例の短剣を手に入れて、貴族に差し出したり、捨てたりか……いずれにせよ何考えてるかわかんねぇ」

 コルトの目的がわからないまま、立ち尽くす三人。

「黒チビが奴隷の首輪で戻ってくるよう命令すれば痛みが限界で戻って来ないか?」

「いや、命令が聞こえないと発動しないんだよ。それにアタシら奴隷は逃げたら殺されるのが普通だし……」

 奴隷を持つ者は奴隷を売る奴隷商人にある呪文を教わる。

 それを唱えると奴隷の首輪が締まり、窒息死する。

 奴隷持ちの多くは奴隷が逃走した場合、用済みとみなし、殺すのが普通とされている。

「おい、どうすんだ?」

 ワイドリーがヨルカに尋ねても、ヨルカは何も額に手を当てて考え事をしていた。

「大変ですぅぅぅぅ!!」

 大声と共に高く跳んで、サーシャが慌てた様子で帰って来た。

「どうしたんだサーシャ?」

「あの貴族が騎士を連れて山を登って来ました!」

「「え!?」」

「あっちから見えるはずですぅ!」

 サーシャの案内で、洞窟から元の道を出て、崖から見下ろすと、貴族のバックァが騎士達と長蛇の列を作って登って来た。しかもそう遠くない距離である。

 落石や陥没も、騎士が持ってきた丸太で落石をどかしたり、陥没した道で橋を作ったりし、数に物を言わせて難なく渡っている。

「何でここがわかったんだ?」

「もしかして、コルトさんが貴族達に告げ口を……」

「!?」

 サーシャの言葉にレドーナがサーシャの胸ぐらをつかんだ。

「何でコルトがそんなことしなきゃいけないんだ!」

「だって、このタイミングで来るのはおかしいんですよぉ。コルトさんのあの身のこなしなら町に行けばすぐに着きますし、もしかしたら私が金色の風の娘だから渡したくないのかもぉ……」

「そんなことあるわけないだろ!」

 サーシャの体を揺らし、突っかかるレドーナ。

 コルトがいなくなり、バックァが現れて、混乱になったヨルカ達は山の中腹に立ち止まったままである。



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