第29話
イスタンは入り口の門から宿屋や武器屋など、旅人や冒険者のための店が密集している大通りと、市場や民家など地元民中心のための店が密集している大通りとV字に別れている。
ワイドリーを除いたヨルカ達はサーシャの案内で、家がある大通りから路地裏を通り、別の大通りに移動した。
「あ、ここですぅ」
路地を抜けると、目の前にギルドの看板を掲げた一際大きな木造の建物があった。
「では早速入ろう……コルト?」
コルトは何かを見て呆然と立ち尽くしていた。
その目の先にはギルド近くにある大きな鍛冶屋だった。
窓が閉まっているのに外からでもカーン、カーンと槌で鉄の打つ音が聞こえ、コルトはただボーッと見ていた。
「ふー……」
鍛治屋の扉が開き、熱気と共に出てきたのは、顔を白い髪と髭に覆われた毛むくじゃらの老人。
暑さで汗だくになり、首にかけた手拭いで顔を拭くと、コルトと目が合った。
「なんだあんた?」
「あ、いえ……」
老人を見るなり、コルトは明らかに動揺している。
「コルト、どうした?」
「あ、すみません、すぐ参ります」
ヨルカの呼び声に反応し、コルトは老人に礼をして、ヨルカの所に向かって走った。
老人は首をかしげながら、コルトの後ろ姿を見届けた。
全員が揃った所でサーシャがギルドの扉を開けた。
「いらっしゃいませ……」
中に入ると、騒がしい王都のギルドとは違い、物静かである。
ギルドの受付嬢の元気のない挨拶も聞こえるほどである。
「ガシの山の地図をくださいですぅ」
「はい、銅貨五枚になります」
受付嬢はすぐに山の地図を出し、ヨルカが金を払った。
受付嬢は急ぐかのように早足で奥へと行ってしまった。
ヨルカ達は地図を見ると、頂上までの道が正確でちゃんと書いてあるが、別れ道や行き止まりが多く複雑になっている。
地図を見たヨルカは何も言ってないが、登る前から「疲れそうだ……」という疲労感がこもった顔を露にした。
冒険者達にじっと睨み付ける中、ヨルカ達はギルドを去った。
ヨルカ達はワイドリーを探しながら町中を散策しながらサーシャと話をした。
「サーシャよ、ここのギルドはずいぶん殺気立っていたんだが、あそこはよそ者は受け入れないのか?」
「いえいえ、あの貴族のせいで仕事がままならないから苛立っているだけですぅ」
「そうか……ならいいが」
ヨルカはさっきの冒険者の様子に不審を抱いていた。
「これほどまで勝手にやってる貴族に一度会って話したいものだ。しかしワイドリーの奴、一体どこに……ん?」
「ハハハハハ! 道を開けてもらおうか平民共よ!」
向かいから高笑いをしながら人混みを強引に押し退けて歩いて来たのは、赤いマントに金の鎧を着けた偉そうな若い男がたくさんの騎士を引き連れて、大通りの真ん中を歩いた。
「ヨルカさん、こいつですぅ。町のあちこち通行止めする貴族」
サーシャはレドーナの後ろに隠れ、小声でヨルカにそう言った。
ヨルカ達と金色の鎧の男達は向かい合う形になった。
「何者だ貴様は? 邪魔だぞ」
「失礼、私はヨルカ・アムクルス。一応変人の魔法使いと言われている」
「ほう、貴様が……私はこのイスタンを含む領地の領主、バックァ・フォン・ムスター男爵だ!」
貴族には上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵と階級があり、貴族の証として『フォン』という中間名がつく。
ちなみに王族は中間名に王都の名前がつき、キーダ王国のキルグス王の本名はキルグス・ハルトルム・ダムスクリスになる。
「どうも、ちょうどあなたに会いたいと思っておりました」
「ほう、愛の告白なら私には正室がいるが、側室でもいいというなら構わないがな」
バックァの鼻につく上から発言に、ヨルカ達は内心イラッとした。
「いえ、最近町のあちこちを通行止めをしているようですが……」
「ああ、それがどうした?」
「どうしたって……そのせいで町の物資の流通などが妨げられて、この町の商売等などがままならない状態です」
「知ったことではない。ここは私の領地、何をしようが勝手であろう。我々にはやらなきゃいけないがあるのだからな」
「はぁ……」
ヨルカはバックァはよく見る平民のことを考えない自分勝手な貴族だと判断し、ため息をついた。
「金色の風の短剣を探す暇があるのならば、少しは民のことを考えてはいかがでしょうか?」
「なぜそれを! ……なるほどな」
バックァが指をパチンと鳴らすと、後ろの騎士が前に出てヨルカ達を取り囲み、剣や槍を向けた。
ヨルカを守るためにコルトとレドーナが前に出て、サーシャはレドーナからヨルカの後ろに隠れた。
「何のつもりでしょうか?」
「町の人間に聞けばわかると思ったが、手間が省けた。なぜ我々の目的を知っている? 貴様らは金色の風の生き残りと繋がっているのだろ。詳しく話してもらおうか」
「はぁ……」
ヨルカはまた面倒くさい状況になり、再びため息をついた。
「ほぅ」
バックァはコルトとレドーナに近づいた。
「奴隷を多数所有しているとは聞いていたが、まさかここまでの美女揃いとはな……こいつらを奪って私の性奴隷にでもしようか」
コルトとレドーナの頬を触るバックァ。
そしてヨルカ達は手を出さず、ただバックァを睨み付ける。
「失礼ながら、私の大切な物を渡すわけにはいかない」
ヨルカがコルト達の間からバックァに話しかけた。
「何だ平民がこの私に逆らうというのか?」
「言い忘れていたが、私も一応男爵の称号を持っている」
初代変人の魔法使い、ジョスガー・アムクルスは平民から国に貢献をして得た準男爵の地位を持っていた。そして三代目から依頼をするようになってまた国に貢献し、男爵の地位にまで上り詰め、ヨルカはそれを受け継いでいる。
ただ初代は貴族にひどい目にあったため、地位はあるも一緒にしたくないという理由で、それからヨルカになるまで『フォン』の中間名を名乗らなかった。
「そしてこの東の遠くの地の領主をしているあなたと比べて私は多少ではあるが王との面識もある。もしこの町の状況を伝えたらどうなるかな?」
「ぐ……」
ヨルカは王様という後ろ楯にバックァは少し怯んだ。
「わ、私は諦めるわけにはいかない! おい! こいつらを捕らえて、地下牢に閉じ込めろ! こうなったら拷問をしてでもーー」
「
「ごぶふっ!?」
言葉の途中で突然バックァが前に吹き飛んだ。
ヨルカ達は咄嗟に避けると、バックァはまっすぐ吹き飛び、そのまま大通りのど真ん中に気絶した。
ヨルカ達が振り返ると、そこには魔法で足に竜巻を纏わせたワイドリーがいた。
「行くぞ」
ワイドリーがヨルカの手を引いて走りだすと、コルト達も着いていった。
「お、追えー! 逃がすな!」
いきなりのことに唖然としたバックァのお付きの騎士達が少し遅れてヨルカを追いかけた。
ワイドリーを先頭にヨルカ達は町中を走り、路地裏へと隠れた。
「おい、なんとかして隠せ」
「お前な……はぁ」
ヨルカがワイドリーの勝手な命令に呆れながらも、なんとかしようと杖を取り出した。
ヨルカが杖の先から魔法陣を出すと、杖をレドーナに向けた。
「変異系魔法第十二術『
「うぁ……」
至近距離で杖からの赤い光に当たると、レドーナは快感に声を漏らすと、変化が始まった。
足が靴を破って地面を貫くと、下から肌がどんどん茶色くなり、二本の足がくっつき一本になった。
太もも、腰、胸元と、凹凸のあるスタイルが同じような太さになり、どんどんと上に伸びていく。
「あ……変わ……か……」
手の先や顔の原型がなくなり、そこから枝が生えると、間にある家くらいまで伸びた。
レドーナは葉の生えてない木造の家と同じような色の木になり、ヨルカ達を隠した。
「そっちにいたか!」
「いや、いない!」
「あれ? ここに木なんて生えてたっけ?」
「知るか! とにかく探せ!」
「…………はぁ」
騎士達の足音が聞こえ、ヨルカ達はじっと身を潜めた。
家と同じ色の木とはいえ、服を着ている木が生えているのに少し無理があると思ったが、気づかずに足音が遠退くと、ヨルカは安堵の息をついた。
「お前は何をしてるんだ」
ヨルカは呆れながらワイドリーに話し始めた。
「拷問を受けるよりはマシのはずだ」
「こっちは同じ爵位を持っているからコルト達で正当防衛が出来たから逃げる必要はなかった。被害を最小限にして出来るだけ穏便に済ませようとしてるのに、逃げたらこっちが悪いと認めているような物だろうが」
「知るか。あんなクソ貴族は倒さないと、また邪魔してくる。先に指導者を叩けば、あとは部下は指示待ちで動けないはずだ」
「貴族相手にすごい喧嘩腰ですぅ……」
ワイドリーは悪びれもせず、ヨルカとサーシャは再び呆れた。
「もういい……それで何か情報を得たのか?」
「ああ、町の住人によるとどうやら昔、ガシの山という所辺りに長い金髪の人間が飛んでいるという目撃者がいるらしい」
「それって、お母さんかもしれないですぅ」
「信憑性が増したな。私達はその山に行こうとしているんだ」
「それから金色の風? とかいう奴の短剣を探しているのは、あの貴族の他に二代目を語る暗殺者集団も狙っているらしい」
「二代目?」
「この東の地域中心で活動してて、すでに数人の要人を手にかけらしい」
「さらに敵が多いということか……ややこしくなりそうだ」
「お母さんの名前を語るなんて許せないですぅ!」
サーシャは頬を膨らませ、怒りの表情を見せた。
「あとはあの貴族が来る少し前から、他の所から来た冒険者が大幅に増えたくらいだな」
「それはあまり関係ないだろうな」
「そうですねぇ……どうしましょうかぁ?」
「とにかく、騒ぎになった以上この町にいられない。ガシの山に行こう」
バックァに目をつけられてしまい、ヨルカ達は早々にガシの山へと向かうこととなった。
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