金色の風
第28話
草原に囲まれたヨルカの屋敷の周辺は静かである。
「ふっ! はっ!」
そんな静けさの中、コルトは一人、二本の短剣を振って稽古をしている。
スカートが足まであるメイド服だというのに、こけることなく素早く移動し、目にも止まらぬ速さで短剣を操り、ブンブンと風を切る音が聞こえる。
「はぁ! ふぅ……」
コルトは気合いを入れながら短剣を突き出すと、深呼吸をして稽古を終えた。
「おはようございます……」
屋敷から出てきたブランがコルトに声をかけた。
「あ、おはようございます。すみません、うるさかったですか?」
「いえ、たまたま早く起きただけです。コルトさんは毎日この稽古を?」
「はい、体がなまるといけないですから。この時間でないと、ヨルカ様の世話などで忙しいので」
「はぁ……」
ブランは先程のコルトの稽古を見ていて、感心していた。
メイド服姿とは裏腹に身のこなしや短剣捌き、あれだけ激しい動きをしても汗一つかいていない。とてもただのメイドとは思えなかった。
「あの……コルトさんって奴隷になる前は何をしていたのですか?」
「ああ、それは……あ、そろそろ朝食の準備をしなくてはなりません! 失礼します!」
コルトは言おうとしたが、ヨルカの世話のために屋敷に戻った。
ブランは聞いてはいけないんだと思いこみ、これ以上聞かないことにした。
***
「助けて欲しいんですぅ」
今日もヨルカの所に依頼が来た。
依頼人はサーシャというツインテールの小柄の少女。
胸、肘、膝に防具をつけた、動きやすさ重視の軽装をしている。
「実は~私のいる町でぇ~貴族様がぁ~色んな所を封鎖して困ってるんですぅ~」
伸びた語尾に上目遣い。目を潤ませながら両手に顎を当てる。典型的なぶりっ子である。
ヨルカはサーシャの言い方が鼻につくのか、やや不機嫌そうな顔をしている。
彼女は東にある大きな町を拠点としている駆け出しの冒険者。
ある日、その町の領主である貴族がどこからか騎士を集め、町周辺をお構い無しに通行止めをして、冒険者の仕事や物資の流通に支障が出ているため、なんとかして欲しい。
これが今回の依頼内容である。
「はぁ、今回はずいぶん面倒事だな……」
ヨルカはため息をついた。
貴族というのは社会的特権を持った上流階級の人間。
平民を見下し、その富と権力を使って好き勝手やるのも少なくはない。
「それで、その貴族は何が目的なんだ?」
「実はぁ最近あの『
「きゃ……!」
「「!?」」
「し、失礼しました」
紅茶を飲み終えたティーカップを片付けようとしたコルトがティーカップを落としてしまい、ヨルカとサーシャは驚いた。
コルトはすぐに片付けて、早々と部屋を出た。
いつものコルトだったらミスなくこなすため、ヨルカは不思議に思った。
「それでその『金色の風』というのは?」
「知らないんですかぁ? 数年前に世間を騒がせた暗殺義賊集団ですよぉ」
「暗殺するのに義賊って……あいにくと魔法の研究で世間には疎いのでな」
サーシャの話によると少し昔、キーダ王国である義賊集団が存在していた。
人々を苦しめる悪人を暗殺し、そこから金品を盗み、人々に分け与えてたという。
その集団の頭、エルー・デントレウスは仮面を着けて顔を隠し、二本の短剣を操り、目にも止まらぬ素早い動きで敵を斬る。そしてその風になびく金色の長い髪から『金色の風』という異名がつき、そのまま集団の名前となった。
だが八年ほど前、金色の風とその手下が王都で処刑された。
「なるほど、しかしなぜその短剣を探しているんだ?」
「その短剣は色んな宝石が埋め込まれていて、しかも貴重な金属ミスリルを使っているんですぅ。武器の収集家の間ではのどから手が出るほどの代物ですよぉ」
「ずいぶん詳しいんだな」
「……実は私はその金色の風の娘なんですよぉ」
「ほぉ」
サーシャは言いづらそうに答えた。
「私の家は代々暗殺者の家系だったんですぅ。平民の身であったので、それを見下し、苦しめる貴族や金持ちに仕返しをする。私の母がそのために義賊集団を結成させたのですぅ」
サーシャは涙を流し、ハンカチで目を拭いた。
「ですが、母は処刑され、私は母の生まれ故郷で生き残った手下に育てられたんですぅ。母が宝物にしていた短剣を隠していたのは知ってましたが、どういうわけか貴族の連中が嗅ぎ付けたみたいでして……」
「なるほど、貴族を通行止めをなんとかしたいのと、母親の形見を先に見つけるのも依頼のうちか」
「はい! お願いしますぅ!」
サーシャは頭を下げた。
「まぁ、ちょうど金は欲しいしな……用意に時間がかかるから待っててくれ」
「ありがとうございますぅ!」
依頼を了承したことにサーシャは喜び、ヨルカは準備のために、部屋を出た。
「さて、誰を連れていくか……色々大変だろうし、体力がある奴がいいだろう。ワイドリーとレドーナと……」
「ヨルカ様」
人選をしていたヨルカの元に、コルトが真剣な目をしながら尋ねて来た。
「今回の依頼、私も同行してもよろしいですか?」
「なぜだ?」
「私は一応東の方で生まれ育ったので、多少は詳しいです。それに、その金色の風について私用がありまして……駄目でしょうか?」
コルトは他の奴隷達と違い、自分の欲求などわがままなど言わない。
そんなコルトが自分から頼むのは珍しい。
「いいぞ」
「ありがとうございます。すぐに準備いたします」
振り返った瞬間、コルトの後ろ姿から殺意のような禍々しいオーラを感じ、ヨルカは驚きで何も言えなかった。
***
今回連れて来たのはコルト、レドーナ、ワイドリーの三人。
レドーナを大きな赤い鳥に変え、ヨルカ達は東へと向かう。
ヨルカ達はキーダ王国の東のイスタンという町に向かっている。
レドーナに乗って約二日、森の上を飛んでいると、辺り一面緑だらけの山林の中に一際目立つ、周りを茶色いレンガの塀に囲まれた大きな町が見えてきた。
レドーナは町からそう遠くない森の下に降り、人に騒がれないよう、ヨルカは早々にレドーナを元に戻した。
「すごいですぅ! さすが噂に聞く変人の魔法使いですぅ!」
ヨルカの変異系魔法を初めて見た者は大抵、驚いて腰をぬかすか、精神的なトラウマを植え付けてしまうのがほとんど。しかしサーシャは子供のようにはしゃいでいた。
「よほど肝が座っているみたいだな」
「ただお気楽バカなだけだろ」
ヨルカが半ば呆れながら誉めたが、ワイドリーはさらっと毒を吐いた。
「よっし! 着替え終わり!」
レドーナが着替え終えると、すぐに町に向けて出発した。
「さてサーシャよ、貴族が通行止めされているというのはどこだ?」
「それがいつもバラバラなんですよぉ。昨日は町の門に通じる道の途中、その前は薬草採取に行く森だったんですぅ」
「ふむ……だとすれば、その貴族はこのイスタル周辺という情報以外は知らず、しらみ潰しという所だろう。その金色の風の短剣についてはわからないのか? 例えば自分達の家とか思い出の場所、宝の隠し場所とか」
「残念ながら……金色の風が活躍していた頃はほとんどがあちこち移動していた上に野宿でしたから決まった住み家はありません。宝とかも生活費以外ほとんど人にあげてますから隠し場所もありませんし、聞いたこともないんですぅ」
「そうか……どうするか」
どうすればわからずヨルカは悩んだ。
「とりあえずこのガキの親代わりに色々聞けばいいだろ。母親の部下だったんだし」
「それもそうだな」
ワイドリーの助言により、ヨルカ達は町にあるサーシャの家に行くことになった。
貴族の通行止めはなく、難なく町に入ることが出来た。
町は王都ほどではないが充分広く、自然豊かな場所らしく木造の家が多い。
「やはり物が少ないな」
店を覗きこむと、王都と比べて物が少なく、所々商品に空きがある。
「ここ最近はこんな感じなんですぅ。材料などの物資が止まって、製作などが遅れて、商品が追い付かないんですぅ」
「迷惑な話だな……」
「あ、ここが私の家ですぅ」
着いたのはごく普通の木造の家。
サーシャがドアを開けると、そこには優しそうな雰囲気の細めの男性がいた。
「ただいまですぅ、アーザスおじさん」
「サーちゃん早かったね」
「ヨルカさん、彼が私の育ての親のアーザスおじさんですぅ」
「どうも、ということはあなたが変人の魔法使いさんで。いやいやどう……も」
アーザスは近づこうとしたが、止まった。
「あの~そこのメイドさんが……」
アーザスはヨルカの後ろにいるコルトを指摘した。
見られた者を震わせる、まるで親の敵を見るような殺意を感じさせる視線でコルトはただただ静かに見つめた。
「あのー……僕が何か?」
「失礼しました。ヨルカ様をお守りするため、初めての相手にはつい疑ってしまうクセが出てしまいまして、ご無礼をお許しください」
「い、いえ……」
コルトはすぐに殺気を消し、笑顔で丁寧に謝った。
しかし、その目は全く笑っていない。
「ヨルカ様、何かコルトの様子おかしくないっすか?」
レドーナが小声でヨルカに話しかけてきた。
「ああ、金色の風に用がと言っていた。推測だが、その金色の風に恨みがあって殺気が漏れたんだろう」
「何か知らないんすか? コルトって奴隷の中で一番の古株っすよね」
「奴隷になった経緯や過去など言いたくないだろうと思って、一切聞いていない」
「あの~」
「あ、失礼」
アーザスが言葉を挟み、ヨルカ達の話は途中で止まった。
「それでなんだが、今回は娘さんに貴族をなんとかしたいのと、他に金色の風の短剣を探して欲しいと言われた。何か短剣の居場所についてわかることはあるか?」
「そうですね~、お頭は秘密主義の方ですから……あ、でも一人で山に行くのをよく見ましたね」
「山?」
「はい」
アーザスが外に出ると、目の前に見える上が岩で
「僕も他の奴らも、お頭が時々あのガシの山を登るのを見ました」
「そこに行くのか……険しそうだ」
引きこもりで体力がないヨルカは、目の前の高い山を見て気持ちが萎えた。
「この辺の山は険しい上に迷いやすいですからね。ギルドでガシの山の地図と言えば買えるはずです」
「ちなみに貴族達は知らないよな?」
「もちろん。正体がバレたら何をされるかわかりませんし、僕らもあるかどうかもわかりません」
「それじゃまずはギルドに向かおう……ワイドリーはどうした?」
「あれ!? いつの間に!」
いつの間にかワイドリーがいなくなっていた。
「あの白髪頭! 勝手にいなくなりやがって!」
「落ち着けレドーナ。あいつの単独行動は今に始まったことではない。そのうち合流するだろう。それよりギルドに行こう」
「あ、私が案内しますぅ」
怒るレドーナをよそにヨルカは冷静である。
ヨルカ達はサーシャの案内でギルドへと向かうことになった。
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