第27話
地下室の部屋で一人だけでマリアンと戦おうとしているヨルカ。
杖を握りしめ、臨戦態勢に入ろうとしている。
「ただのガキに何が出来るって言うんだい!」
先に動いたのはマリアンだった。
テーブルに置いてあった斧を持って、走り出した。
ヨルカに向かって縦に斧を振り下ろすと、ヨルカは横に飛び込んで、斧を避けた。
「くそっ!」
ヨルカは転がってすぐ、杖をマリアンに向け、魔法陣が浮き出た。
「変異系魔法第八術式『
杖から出た『
「んぅ……」
マリアンは快感を味わい、ブルッと体を震わせ、斧を落とした。
年齢を若返らせる『
だが、しばらく当ててもマリアンの見た目は変わらなかった。
ヨルカは魔法を発動させながらマリアンの奥を見た。
奥で大きな魔法陣が紫色に光って、何かを吸い込んでいる。
視線を横に動かすと、死体が吊るされた木の桶に溜めている血を吸っていた。
「ふっ、残念だったな。この魔法はこの場にあるガキから取った血なら、新品でも古くのでも対象なのさ! ここには長年溜めた血がたくさんあるからね!」
桶の血を吸い終えると、今度はテーブルの脇にある樽の隙間から液体が漏れ、吸収し始めた。
山積みにされた樽は全て、今まで殺して来た子供の血が入っているようだ。
「それに、初めは驚いたけど男に股を突っ込まれまくってる私にはあまり効いてないみたいだね!」
マリアンは魔法にかかる際に味わう快感は効果が薄く、変わらない速さでヨルカに向かって斧を振り回した。
「くっ……!」
ヨルカは魔法を止め、再び避けた。
「
ヨルカは距離を取り、再びマリアンに魔法をかけた。
「効かないって言ってんだよ!」
しかしマリアンは全く効かなくなり、斧を振り回し、ヨルカが避けて距離を取った。
ヨルカは地下室のテーブルなど障害物を駆使して逃げ続け、とにかく『
マリアンがヨルカに近づき攻撃をして、それを避けてその隙に魔法をかける。そんな二人の追いかけっこがしばらく続いた。
しかし、禁術の魔法陣が血を吸収するだけで、マリアンの姿はいつまで経っても変わらない。
「はぁ、はぁ……」
ヨルカの顔に早くも疲れが見え始めた。
元々体力がない上に魔力の減少が体力に影響している。
それに対して孤児院と町を何度も往復して、体力があるマリアン。
二人の体力の差は思った以上に大きかった。
「どうした? もう終わりかい?」
「はぁ、はぁ……」
テーブルに寄りかかりながら走るヨルカを、マリアンはニヤニヤしながら近づいていく。
ヨルカの命令で動かないでいるコルトもハラハラしながら見ている。
「ちょこまかと逃げやがって、そろそろ終わりだね」
「くっ……!」
ヨルカは残った体力を使って、テーブルの上にあるナイフを持って、禁術の魔法陣の元に向かった。
魔法陣のそばまで飛び込み、寝そべったままナイフで床の魔法陣の端をガリガリと傷をつけ始めた。
「このガキ!」
マリアンは慌てた。
床に刻まれているタイプの魔法陣は、傷をつけるなど陣を変化させれば、魔法陣としての機能を停止することが出来る。
ヨルカはマリアンの要とも言える魔法陣を傷つけ、止めるのが目的らしい。
「ふざけた真似してんじゃないよ!」
「ぐふっ!」
マリアンは走りながら寝そべったヨルカの腹部を蹴った。
蹴られたヨルカはナイフを放してしまい、魔法陣の上まで転がり、痛みで動けなくなった。
「ぐ……!」
「全く、ちょこまかと逃げやがって……」
マリアンは斧を捨て、両手でヨルカの胸ぐらをつかみ、持ち上げた。
「さて、そろそろ終わりだな」
「ぐ、く……」
マリアンはヨルカの首をしめて、ヨルカは苦しそうにしている。
それでもコルトは主のピンチでも、ヨルカの指示に忠実に従い、助けようとしなかった。
「あ……『
ヨルカは杖をマリアンに向けて、首をしめられた状態で消え入りそうな声で呪文を唱え、魔法をかけた。
魔法陣は変わらず樽の血を吸っている。
「何をしても無駄なんだよ!」
「ぐぁ……」
マリアンはさらに強く首をしめた。
しかしヨルカは魔法をかけ続けている。
肺に空気が通らなくなり、意識が朦朧として目が虚ろになるヨルカを見て、マリアンはにやつく。
ヨルカはとうとう苦しみにより、杖を下げてしまった。
「さて、じっくりあんた達の血を出してもらおうかね」
「そ……く……」
「あ?」
ヨルカは何かを言いたそうにしている。
マリアンはほんの一瞬、ヨルカの首を緩ませた。
「そんなに欲しければ……くれてやる」
ヨルカは虚ろな目でニヤリと笑う。
ヨルカは親指の先を噛み、血を出した。
指から赤い血が徐々に徐々に出ると、親指からそっと滴り落ちる。
ヨルカはその血のついた指を上に挙げ、勢いよく下に振り下ろすと、ヨルカの血が数滴、真下にある魔法陣に落ちた。
血が魔法陣に接し、床に吸い込まれた次の瞬間、魔法陣からボンっ!と強い爆発音と共に風が起こり、部屋内の周りの物が飛んだ。
そしてずっと光っていた魔法陣の紫の光が消えた。
「!?」
マリアンはいきなりのことに驚き、ヨルカから手を放し、ヨルカは咳き込んだ。
「ゴホッ! ゴホッ! はぁ……何が起こったかわからないだろうな?」
「お前……一体何をした!?」
「言われた通り魔法陣に血をくれてやったまでだ。ただ禁術はちゃんと贄である物を捧げないと、契約違反となる。『若き蝙蝠の美』は子供の血が贄の対象だ」
「だからなんだってんだい?」
「私は十六歳の成人。子供ではない」
「何だと!?」
マリアンはヨルカを子供だと勘違いしたまま。
だから成人であるヨルカの血を与えることで、魔法陣の効果は消えた。
「効果が消えた所でヘロヘロのあんたに何が出来る!」
さっきの魔法をかけながら逃げ回り、それに加わって腹部のダメージもあり、ヨルカの体力は限界に近い。
「ふ、ふふふふふ……」
だが、ヨルカは笑みを浮かべた。
「何がおかしいってんだい!」
「貴様は禁術の契約違反を理解してないな」
「何?」
次の瞬間、禁術の魔法陣から紫ではなく、赤く輝き出した。
「な、何だこれは!?」
「禁術の契約違反には二つある。一つは契約以外の贄を捧げて禁術の機能を永遠に停止すること。もう一つは契約者が魔法陣の上に乗った状態で契約以外の贄を捧げる。それは向こうの契約した悪魔を踏みにじる。つまり侮辱を意味する。悪魔は怒り、これまでの契約の対象を契約者に返される。つまり貴様の七十年分はそっくりそのまま返却される」
「な、何ぃ!?」
「それに貴様の食らわせた『
「三、百……!」
マリアンの顔は青ざめた。
ヨルカはナイフで魔法陣を削ったのは、魔法陣の機能を停止させるためではなく、マリアンを魔法陣に誘き寄せるのが目的だった。
それにより禁術の契約違反による反動、そしてヨルカの魔法により、マリアンの加齢は人として生きていく年齢をゆうに超えた。
「そんな……そんな……ぐっ!」
マリアンの絶望していると、いきなり心臓がドクンと周りにも聞こえるほどの大きな鼓動が響いた。
自分の体全体に違和感を感じたマリアンは自分の手を見つめた。
すると、マリアンのスベスベだった手がどんどん細くしわしわになっていく。
それだけではない。髪も白く染まり、傷んだ髪質になり、美しい顔も段々と皺が増え、シミも出てきた。
「嘘だ……私の顔が……こんひゃこほほ……」
老化は止まらず、体がどんどん痩せ細り、髪や歯もほとんどが抜け落ちてまともにしゃべれなくなった。
「か………か……」
とうとう動かなくなり、肌も身体中の水分が無くなり、ミイラのような状態になって倒れた。
それでも老化……いや、腐敗は止まらず、乾燥しきった肉体部分がどんどん劣化し、皮膚がボロボロと落ちて、骨が露になった。
マリアンは服は新しいが、まるで古くからここにあったかのような骨の死体に変わった。
「子供を殺した分、しっかりと地獄を味わ……え……」
「ヨルカ様!」
マリアンの死を見届けたヨルカが力尽き、倒れそうになった所をずっと見ていたコルトが支え、涙目になって抱き締めた。
「ヨルカ様、よくぞご無事で……」
「ああ……」
こうして長きに渡ったマリアンの身勝手な虐殺は今日ここで途絶えることが出来た。
***
その後、ヨルカ達は解体部屋を出ると、孤児院の前には近くの町の衛兵がすでに待っていた。
ヨルカ達は孤児院に戻る前に、御者の馬車を利用し、近くの町に衛兵を呼んで待機させていた。
衛兵に解体部屋の地下室を見せ、ヨルカ達はマリアンのこれまでのことについて話した。
後々マリアンの協力者である老人達にも話を聞くため、嘘だとは思わないはず。
起きたエズも勝手に地下室に入ると、吊るされた首なし死体のうち一つが親友のケルブだとわかり、その場でむせび泣いた。
マリアンの死を聞いて、それ以外に聞く耳を持たず泣き叫ぶ子供達。
それを見て、小さいヴァレットを抱き抱えたブランは心を痛めていた。
「なんだか可哀想ですね……」
「だが、あのままだとあの子供達もマリアンの餌食になっていたんだぞ」
「はい……」
ヨルカは背負われたコルトにブランの元まで近づかせて話しかけた。
「皮肉な物だ。殺すために偽りの愛情をそそがれ喜び、そして悲しむとはな……」
子供達はマリアンのことをずっと、本当の母親、もしくはそれ以上のように慕っていた。
しかしそれは偽物で、ただ自分の若さを保つためだけの存在だったと思うと、ヨルカはマリアンが死んでも内心苛立ちが止まらなかった。
「あとのことは衛兵にまかせて我々は行こう」
「いいんですか?」
「今回は報酬がないんだ。疲れたし、さっさと帰って休みたい」
「わかりました」
ヨルカ達が孤児院を出ようとするとーー。
「待って!」
大きな声がヨルカ達を止めた。
その正体はエズだった。
泣くだけ泣いて目を赤くしたエズが走ってヨルカに近づいた。
「これあげる!」
「ん?」
ヨルカに渡したのは血が染み込んだお守り。親友ケルブのお守りだった。
「これ、ケルブので効き目ないかもしれないし……本当は渡したくないけど、俺は魔法使いさんには感謝してるし、今の俺にはこれしかあげられない……」
「そうか……」
「俺、大人になったら働いて今回の報酬払うから、その時にはお守りを返して欲しい」
「つまり担保か、では受け取っておこう。返す場合は王都の城を通せばいい」
ヨルカはエズのお守りをもらい、ヨルカ達は屋敷へと戻っていくのだった。
数日後、孤児院を調べた衛兵に王都の伝書鳩経由で報告が来た。
それによると、孤児院には早くも新たな先生が来るらしい。
子供達はマリアンに慕っていたから、まだ馴染めていないが、エズが架け橋となって仲良くなろうとしている。
そして数十人もいたらしい、マリアンの協力者は共犯者として、相応の罰を受けることとなった。
そして報告にはある事実が書いてあった。
「なるほど……」
「どうかしましたかヨルカ様?」
屋敷の部屋で座っているヨルカをお茶を持ってきたコルトが尋ねた。
「フランソワって覚えているか?」
「あのレフ王国の犯罪者ですね」
コルトは隣国のレフ王国で王子の婚約のために婚約者候補を殺した悪女、フランソワを思い出した。
「マリアンは一回だけ男と関係を持って妊娠し、一人の子供を産んでそれを男に押し付けたらしい。その赤ん坊がフランソワの母親。フランソワはマリアンの孫らしい」
「あぁ……」
コルトは納得した。
あの美に対する絶対的な自信、金に対する強欲さ、そして自分のためなら人を殺す残虐さ。
あれは明らかにマリアンの血筋である。
「まさかあの愚かな思考や、無様に死ぬ道も同じとは……これも遺伝による物か?」
ヨルカはマリアンの一族の愚かさを嘲笑った。
「そんな奴らがいるから私の仕事はあるし、あの無様な顔が見れる。ふふ……さて、やるか」
ヨルカはにやけながら羽ペンを取った。
机に飾った血に染めたお守りを見ながら、ヨルカは魔法陣を研究を再開した。
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