第26話

 夕食時、マリアンは全員が食べている時に里親のことについて話をした。

 それによると、さっきの老人は遠くの町の大きな商人で、仕事に熱中しすぎて高齢で結婚もしていないらしく、今更結婚をしても子どもを作る体力がない。そして自分の店の跡継ぎのために養子をもらうことにしたらしい。

 その老人は今は村の空き家で寝泊まりしている。

 職業柄各地を回ったりしているため、道中色々な所で眠って慣れているらしい。

「ーーということなのですが、どうでしょう? 商人の勉強をしなくてはいけませんが、ここよりは不自由のない生活を味わうことが出来ます。女性でも構いませんし、何人でもいいとのことです」

 マリアンは真剣な顔で子供達を見渡しながら話をする。

 子供達は何も言わずに下を向いたまま、食事をとっている。

 これまで暮らしてきた仲間、そしてマリアンと別れたくないから誰も名乗らないでいる。

 そんな中、何人かが手を挙げた。

 ヨルカ、コルト、そしてエズの三人だった。

「あなた達……いいのですか?」

「はい、元々半ば強引に来た身ですから。迷惑かけられないと思いましてね」

 ヨルカにの言葉に二人も首を縦に振った。

「迷惑なんてそんな……でも、わかりました。明日伝えますね」

 マリアンも笑顔になり、子供達もホッと息をつき、重たい空気がなくなると、普通の食事に戻った。



 ***



 翌日、マリアンが朝早くに例の老人を乗せた馬車を連れてやって来た。

 特に持っていく物はないため、手ぶらで馬車に乗り込んだ。

 安全の祈願のおまじないにより、見送りはマリアンだけ。

「それではお願いします」

「わかりました」

「エズ君達も元気でいてくださいね。これはお昼に食べてください」

 マリアンが老人にお辞儀をし、昼食が入った箱と革の水筒をエズに渡した。

「「「先生、ありがとうございました」」」

 ヨルカ達三人がマリアンに挨拶すると、馬車が出発し、マリアンは見えなくなるまで馬車に手を振った。


 村から出てしばらく、馬車はゆっくりと走らせているとーー。

「子供達、お腹は減らないかい? 町まではまだある。先生からもらったご飯でも食べたらどうだい? 」

「え? でも馬車を汚してしまいます」

「構わないよ。食べないともったいないからね」

 老人が昼食を勧めた。

「では……」

 ヨルカがマリアンからもらった箱を開けると、そこにはサンドイッチが入っていた。

 ヨルカがサンドイッチを持とうとしたその時だった。

「あ! あれはスライムではないですか!」

「え!?」

 外を眺めていたコルトがいきなり叫んだ。

 今の時代モンスターを見るのは珍しいため、老人も食いついた。

「違いました。ただの水たまりでした」

「なんだ……」

 がっかりした老人はコルトと共に席に戻った。

「むぐぐ……」

 エズは先に食べたのか、口一杯にサンドイッチを入れ、水筒の水で無理矢理詰め込んだ。

「「いただきます」」

 ヨルカ達はサンドイッチを食べた。

 馬車内は誰もしゃべらないまま、馬車の引く音と、サンドイッチを噛む咀嚼音そしゃくおんが聞こえる。

「う……ん……」

 三人がサンドイッチを一つ完食して少し経つと、突如エズに睡魔が襲う。

 まぶたがどんどん重くなり、最終的には馬車に体を寄せて眠ってしまった。

 それに続いてヨルカもコルトもお互いを寄り添って眠った。

「……よし、成功だ」

 老人が馬車の扉を開けると、馬車を操作している御者に声をかけた。

 馬車は町に通じる森に入ろうとしていると、森の入口で荷車を持った若い男が馬車に向かって手を振っている。

 馬車は男の前に止まった。

 止まってすぐ、老人達は馬車の扉を開け、眠っているヨルカ達を荷車に移動させて、布を被せて見えないようにした。

「今回は三人か。災難じゃなこの子らも……」

「仕方がないだろ。俺ら弱み握られてんだから従うしかない」

「ま、いい思いもしてるがな」

 老人、御者、荷車の男三人は仲良く話し込んでいて、とても金持ちと平民の関係には見えない。

「さて、さっさと運ぼう……か……」

「どしたんじゃ?」

「いや、なんか子供達がどんどんでっかくなってんだけど……」

 荷車の男は驚いた。

 荷車に積まれたヨルカ達を包んだ布がどんどん大きくなっている。

 老人達が戸惑っていると、いきなりバサッとくるんだ布が飛んだ。

 現れたのは、ヨルカの『原点回帰オリジ・レグス』で元の大人の姿に戻ったコルトだった。

 急成長によってほぼ裸の状態だが、子供姿に着ていた破けた服とスカートがちょうど大事な部分を隠している。

 突然のことに呆ける三人。

 コルトはその隙を突き、荷車から降りた瞬間、風を切るような音を出しながら、あっという間に老人達の前まで近づいた。

「ごほっ!」

「ぐおっ!」

 最初に荷車の男の腹部を殴り、そして近くにいた御者の顔を顔を回し蹴りでそれぞれ気絶させ、最後に老人の後ろに回り込み、事前に持っていたフォークを首元に突き立てた。

 老人は両手を挙げた。

「ひ、ひぃ!?」

「殺されたくなければ動かないでください」

 安全を確認したヨルカは荷車から降りた。「一体どうなっとるんじゃ? 睡眠薬は効いているはず」

「やはり入っていたか。怪しいと思ってあんたがよそ見してる間に睡眠薬入りをエズに食べさせて、我々が食べたのはコルトがマリアンに隠れて作った物だ」

 荷車にはエズが爆睡している。

 ヨルカ達はエズが睡眠薬が効いたのに合わせて寝たふりをしただけだった。

「さぁ、話してもらおうか。商人様がマリアンとつるんで何をするのか?」

「わ、わしはただマリアンに頼まれただけじゃ!」

「頼まれた?」

「わしはそもそも商人ではない。ただの町の食堂を引退した暇なじじぃじゃ。他の二人も同じようにマリアンに頼まれたんじゃよ」

「ではその服や馬車は?」

「これはマリアンが貸してくれたくれたんじゃ。貴族につてがあるみたいで……」

「貴族につて……一体何者なんだマリアンは?」

「おとなしく話してください。でないと命はありません」

「ひぃ! 話す! 話すから!」

 コルトの脅しに老人はマリアンについて話し始めた。



 ***



 夕方。

 全体を布で隠した男が一人、布でくるんだ物を積んだ荷車を引き、孤児院にやって来た。

「先生! 解体のお仕事が来たよ!」

 子供達は解体の仕事の依頼と思い、何も怪しむ様子もなく、男をマリアンの所に招いた。

「お待ちしてました。では私はお仕事をしますので、解体部屋には近づかないようにしてください」

「「「「「はーい!」」」」」

 子供達が返事する中、ブランとおんぶされているヴァレットは返事をしなかった。


 男はマリアン孤児院の奥へと案内された。

 マリアンは奥の解体部屋の鍵を開け、男と共に積み荷を運んだ。

 そして全て運び終え、扉を閉めるとーー。

「まったく、何やってんだいこのノロマ!」

 いつも聖女のように優しい笑顔を絶やさないマリアンの顔は怒りを露にして、顔を歪ませ、口調も乱暴になった。

「いつもは昼過ぎすぐ着くのに遅すぎだよ! 他の二人はどうなってんだい!」

「し、仕方がないんじゃよ。途中猛獣に襲われて……他を囮にして逃げてきたんじゃ……」

 男は顔の布をめくると、そこにはヨルカを眠らせた老人の姿があった。

「ちっ! 使えないね。とにかくさっさと開けな!」

「は、はいぃ……」

 老人は部屋の中心にある机を動かし、床にある穴に手を突っ込み、力いっぱいに石を持ち上げた。

「よっこい、せ~~……!」

 すると、人一人入れる四角い大きな穴が開いた。

 穴の中には階段があり、地下まで続いている。

「おら! さっさと持っていきな!」

「ご安心を、自力で行きますので」

「は? ぐっ!」

 いきなり後ろから聞きなれない声にマリアンは振り返った。

 そして振り返ろうとした瞬間、脇腹に衝撃が走り、ゴロゴロと階段を転がっていった。

 コツコツと階段を降り、地下に足音を響かせたのは包まれた布を持ったコルトだった。

 荷物のふりをしてコルトが隙を突き、マリアンを蹴ったのだ。

「ひぃ!」

 老人は慌てて外に逃げ出した。

 ヨルカも包まれた布をはがし、コルトに続いて階段を降りた。

 下に行くと、広々とした部屋に血の他に内臓が腐ったような匂いが充満していて、奥のテーブルには斧や包丁などの刃物、その横に山積みにされた大量の樽。

 壁には手錠のついた縄がぶら下がっていて、飛び散った血飛沫ちしぶきの跡が目立つ。

 そして床には大きく複雑な魔法陣が彫られていた。

「なるほど……」

 ヨルカは魔法陣を見つめて納得し、そして奥の壁に近づき、見上げた。

 そこには首のない子供の死体が宙吊りになっており、その下には木の桶で血を溜めていて、まるで食肉の血抜きのようだ。

「ずいぶんエグい真似をする」

「お前……」

 マリアンが脇腹を押さえながら起き上がった。

「ここに来る前に先に老人を脅してひと芝居打ってもらった。睡眠薬や豪華な馬車など手の込んだことをする……見送りがないのも念のために子供達や村人に見つからないようにするのを回避するためだろう」

「あんた、どうしてそこまで……」

「それだけではない。貴様は町では娼館で大人気の娼婦で、質素な生活をしている子供達をよそに金持ちに豪華な食事もおごってもらい、この辺りの領主の愛人にもなって贅沢三昧らしいな。それにさっきの老人の他に娼館に行ったことをバレたくない者を脅してあのように協力してもらっている」

「ぐ……」

「だが貴様は孤児院をやめなかった。その理由がこの魔法陣。貴様は偽の里親を使って引き取ったと偽り、子供達をここに連れて殺した」

「た、ただのガキに何がわかるってんだい!」

「禁術『若き蝙蝠こうもりの美』」

「!?」

 マリアンはヨルカの言葉に驚いた。

「魔法陣の向こう側の世界にいる悪魔と契約し、物や人体の一部、呪われるなど、何かしらのにえや代価を与えることで願いや力を得る古式魔術『禁術』。その中の一つ『若き蝙蝠の美』という禁術は見た目の若さを保つことが出来る。贄は若い子供の血だったはずだ」

「ど、どうしてそこまで……」

「魔法に関しては私の専門だ。貴様はあの絵が描かれた七十年以上前から、何百、何千の子供を殺して禁術の力でその若い体を保ってきた」

「……ああそうさ、私はずっと成人になる前から娼婦として生きて、貧乏だった幼少からこの体と美貌で這い上がって来たんだ」

「どこかで聞いた話だな……」

 ヨルカはレフ王国の事件の時のようなデジャブを感じた。

「だけど時の流れに逆らえず、肌の衰えが出てきた。だが古本屋でこの魔法を見つけて歓喜したよ。母親の金にならない孤児院を継いで、ガキを殺して血を取れば、私はずっとこの美貌を絶やすことはない! 男共は私の虜さ!」

「子供を殺してあんたは心を痛まないのか……」

 ヨルカの顔が段々険しくなってきた。

「はぁ? そんなの自分のためと思えば、喜んで殺したさ。私は捨てられて、身寄りのない、死んでも困らない、ただ騒がしいだけの役立たずなガキ共を有効活用したまでさ! アハハハハハ!」

 マリアンは歪んだ笑顔を浮かべながら、高らかに笑い、密室の中にその笑い声が響く。

 何人もの子供を殺したのに、彼女は反省することもなかった。

「…………」

 ヨルカは杖をぎゅっと握りしめた。

「子供だから役に立たない……ふざけるなよ」

 ヨルカは無表情だが、その瞳の奥には殺意が込められていた。

「コルト、下がっていろ。こいつは私が殺す」

「大丈夫ですか?」

「どうせ何百人も殺した大罪人だ。そのまま殺しても文句はない。自分の罪に自覚のない奴に引導を渡す」

 ヨルカに命令にコルトは下がった。

 ヨルカは殺意のこもった眼差しで、不快でしかないマリアンの笑いを聞きながら睨み付けた。

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