第20話
ヨルカとコルトはそのままワイドリーの話を聞き続けた。
「俺は赤ん坊の頃、ここからさらに東の山に捨てられてた。そこに住んでる動物達は変わっててな、種族の関係なくお互い助け合って生きていた。俺はそこで子供の狼に混じって乳を吸ったり、熊が魚を取ってる所を見て自分で捕って食ってたりした」
「生魚はともかく人間に獣の乳とかって大丈夫なのか?」
「こうして生きてんだから大丈夫だろ。 おかげで身体能力や聴覚や嗅覚も人間以上までに鍛えられたし、山の食える物も詳しくなった。貴族騎士達に『野獣』と呼ばれてるのはそれが理由だ」
「なるほど、だが獣と暮らしていたお前はどうして今のように喋れるのだ?」
ヨルカの言うとおり、今のように人語を喋るには人の教養が必要になる。
「ジジイに教わった」
「ジジイ?」
「俺より前から山に住んでた奴で言葉とか毒の見分け方、戦い方を教わった。俺の名付け親でホールナーっていう姓もそのジジイの物だ」
「ほう」
「ジジイは元々王都の平民出身の騎士だったんだが、貴族の理不尽な権力や圧力で、住む所もなくなってこの山に住み着いたらしい。なんかグチグチと人間はろくなやつではないって愚痴を言ってたのを覚えている」
ずいぶん饒舌に喋るワイドリーにヨルカ達は内心驚いている。
「ん?」
ワイドリーの話にヨルカは何かを思い出した。
「東の山と言ったか? それって……」
「どうしましましたか、ヨルカ様?」
「小さい頃、先代に東で原因不明の山火事が起きたと聞いたことがある。そこで多くの動物の死体の中に人間の死体が一つあったらしい」
「ああ、それがジジイだ」
事実を聞いて、ヨルカとコルトは何も言えなかった。
「ジジイだけじゃない……俺を育ててくれて、家族同然に育った動物達も皆死んだ」
過去を思い出したワイドリーは、悲しみの表情を浮かべた。
そして
その布はボロボロに汚れていて、広げると剣を十字に交差させた紋章の刺繍が縫われていた。
「これは?」
「俺が赤ん坊の頃にくるまれてた布だ。そして……同じ刺繍のマントを着けた集団がジジイを殺して、山火事を起こした」
「え……」
コルトは声に出して驚いた。
「それって、もしかして……」
「俺を捨てた親か、その所属している団体だと思う。俺は立ち向かったが勝てずに頬に傷を負った。ジジイは殺される寸前に俺を川に落として、俺一人だけ助かった。川から上がった頃にはすでに山は燃えていた……その後騎士団が調査に来て、数少ない知り合いのグフターに拾われて城に住み始めた」
「騎士団長に……」
「行く所が無かったから来たが……ひどかった。気に入らない奴や弱い奴を金や権力、暴力で追い詰めたり、殺したり、関わり合いたくないために見て見ないふりをする……ジジイの言った通り、人間なんてろくなのじゃなかった……」
ヨルカ達はワイドリーが人と関わろうとしない理由がわかった気がした。
「俺はどんなことをしてでもジジイや動物達を殺したあの『十字剣の奴ら』をこの手で殺す。そのためにはあんな奴等のくだらないことに関わってられない。味方なんていない方がマシだ」
「…………」
ワイドリーは手を握りしめ、その目は憎悪と殺意に満ち、たき火をにらみつける。
「なぜ急に私達に話すようになったんだ?」
「さぁ……久しぶりの山に懐かしくなって開放的になったと思うが……しゃべりすぎた」
ワイドリーは食べ物がなくなっているのを確認すると、土をかき集めて、たき火の上に一気に落として火を消した。
「行くぞ」
「ああ」
ワイドリーはヨルカ達を待たずに、先に歩き始めた。
「「まだ食べてる~」」
双子は終始食べるのに夢中で、何も聞いてなかった。
***
食べ終えたヨルカ達は、暗い夜の山道を登っている。
ヨルカはコルトにおんぶされながら、皆ただ黙々と歩いているとーー。
「「静かに」」
先頭を歩いていたワイドリーとコルトがほぼ同時に喋った。
静かにすると、遠くから音が聞こえる。
さらに進むと、木々の隙間から明かりが見え、人の笑い声が聞こえた。
ヨルカはコルトから降り、全員明かりに向かってしゃがみながら音を立てないよう、ゆっくり進む。
茂みから顔を覗かせるとーー。
「ギャハハハハハハ!」
男の集団がたき火を囲って、酒や食べ物を飲み食いしてはしゃいでいる。
人数は全部で八人、ほとんどが熊のように図体の大きな集団の中に一人、顔立ちの整た美青年が一人。
「店にいたあいつらの仲間の情報だと、どうやらあの細いのが頭のジックスらしい」
「なるほど、たしかに力がありそうな奴が多い……ワイドリーよ、これからどうするか考えているのか?」
「一応な、耳貸せ」
ワイドリーは盗賊団の仲間からひっぺがしたマントを取り出し、自分に顔を隠すような形で羽織った。
そしてヨルカに耳打ちし、終わるとヨルカは何も言わずに首を縦に振った。
「双子、着いて来い」
「「?」」
双子は首をかしげた。
「いいから来い」
「「は~い」」
「ちょっと、どうするんですか?」
「主に聞け」
コルトの質問に答えず、ワイドリーと双子は草むらから出て、盗賊団の前に姿を現した。
「おお来たか! 遅ぇぞ!」
盗賊団の頭、ジックスがマントを羽織ったワイドリーに挨拶した。
どうやら仲間と勘違いしているらしい。
「すみません頭、実はあの薬師が王都の騎士に捕まってしまいまして……」
ワイドリーも捕まえた仲間の口調を真似ている。
「マジで!」
「それに王都の警備が厳重になってしまって、女性が夜出歩かなくなったんですよ」
「はぁ!? ふざけんなよ王都!」
「一応捕まえたんですが、こんな間抜けで貧相な女しか捕まえられませんでした」
「間抜け言うな~」
「貧相言うな~」
双子は拐われたこととなっているが、全く緊張感がない。
「あ~……たしかにちんちくりんだが、顔はなかなかの上物だな」
ジックスは双子に近づき、ニヤニヤとにやけている。
「ですが薬師の店に行ったら、こんな上物の酒を隠してましたので、くすねて来ました。これなんか高級品ですよ」
ワイドリーが用意した風呂敷包みの中にたくさんのビン詰めの酒が入っていて、ワイドリーは一番大きなビンをジックスに見せた。
「ほほぉ! たしかに上物だな。よし! これは俺がもらう。後はお前らの好きにしろ!」
「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
ジックスは一番大きなビンの酒を持って、手下達はジックスの太っ腹に歓声を上げた。
盗賊団全員、ビン詰めの酒を飲み、再びはしゃぎ始めた。
ジックスはオーレス、オージスを両脇に置いて、浮かれている。
ワイドリーはマントを被ったまま、座って黙っている。
「おいどうしたそんな黙って! お前も飲んだらどうだ?」
ワイドリーは黙ったまま。
「ん? どした?」
不審に思ったジックスは立ち上がり、酒ビンを持ちながら、ワイドリーに近づく。
そして、ジックスは頭に被ったマントをはがすと、普通では物珍しいワイドリーの白い髪が、姿を現した。
「な! お前……誰だ!」
ジックスは驚いて、後ずさると、ワイドリーが大声を上げ、横に素早く移動をした。
すると茂みの奥から魔法陣が現れた。
「変異系魔法第七術式、『
奥から放たれた赤い光がジックスに当たった。
「ぐっ……何だ、これ……」
ジックスが酔いで赤かった顔がさらに赤くなり、胸を押さえた。
すると変化が始まった。
ゴキゴキと骨格が変わる音が聞こえ、背が少しばかり低くなり、腕や足が細く華奢になり、腰にくびれが出来た。
顔の輪郭も細くになり、目のまつげも長くなった。
「あ……あ……」
声も別人のように高くなると、胸が大きく膨らみだし、ズボン越しでもわかる股間の立派な
そして髪が肩まで伸びると、ジックスは綺麗な女性となった。
「な、ない! ……ある! 声も! どうなってん……だ……あれ?」
女性になったジックスは股間を押さえた後、胸を押さえて変化を確認すると、急にふらつき、その場で倒れだした。
「どうやら効いたみたいだな」
ワイドリーは立ち上がり、羽織ったマントを投げ捨てた。
「あんたに勧めた一番大きな酒には、遅効性の痺れ薬を入れておいた。しかもアルコール度数の高い酒、姑息な考えが取り柄のあんたの思考を鈍らせる。さて……」
ワイドリーは事前に持っていた液体の入ったビンを持ち、蓋を開けると、身動きの取れないジックスの口に無理矢理その液体を飲ませた。
「ゴボゴボゴボゴボ……ガッハッ! 飲んじゃった。なんだこれ!」
咳き込むジックスが液体を飲んだのを確認すると、ワイドリーはにやけた。
「この野郎……お前ら! こいつらをやっちまえ!」
「「「「……………………」」」」
ジックスは甲高い女性の声で、手下に指示をしたが、手下は動かない。
「どうしたんだお前ら! 俺はジックスだぞ!」
「オンナ……」
「は?」
「「「「オンナ……オンナ……」」」」」
手下達は全員ズボンを脱ぎ出し、ジックスに向かって歩き出した。
その姿はまるでゾンビのようにふらつきながら歩き、目の焦点が合っておらず、明らかに普通の状態ではない。
「はぁ、はぁ……一体何が……あれ?」
ジックスは自分がおかしいことに気づいた。
急に体が火照って熱くなり、息が荒くなった。
「お前……何飲ませた……」
「お前が女共に飲ませた媚薬だ」
「な……!」
「そして手下共が飲んだ酒には普通に売られている精力剤を入れた。酔ってる上に単細胞だと、かかりやすいもんだ。わかるか? 今ここにいる女はお前だけ。手下共は発情期の獣のようになっている」
「……!」
いつの間にか双子はいなくなっていて、女は女性化しているジックス一人。
ワイドリーの言葉に、ジックスは火照った赤い顔をしながら青ざめるという訳のわからない顔色をした。
「そのまま○ンポ依存になってしまえ」
「や、やめろ……」
「そう言ってお前はやめたか?」
ワイドリーはしゃがみ、ジックスの髪を引っ張った。
「俺はな、お前のような身勝手な奴をたくさん見てきた。そんな奴が笑っているのはムカつくんだよ。少しは被害者の気持ちになれ」
「ぐ……!」
ワイドリーはジックスの髪から手を離し、その場から去り、入れ違いにジックスの手下が迫って来た。
「や、やめろ……やめろ!」
「「「「オンナー!」」」」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
女性になったジックスの甲高い声が、暗い森にこだました。
***
翌朝、コルトが朝早く、城に報告に行った。
報告を聞いた王都の騎士が山に向かうと、そこには下半身丸出しの男達と、虚ろな目をしただらしない笑顔で、白く濁った液にまみれた女性が共に力尽きて倒れていた。
あれからジックスは朝まで手下達に犯され続けていたのだ。
こうして盗賊団はワイドリーの手により、退治に成功した。
ヨルカ達は盗賊団を捕縛した騎士と共に王都に向かう。
「今回は魔法を使っただけで、ほとんどワイドリーのおかげだったな」
「……そうですね」
コルトの返事に元気がなかった。
「コルト今回役立たず~♪」
「全部ワイドリーのお手柄~♪」
「ぐう……」
双子はコルトの両脇で歌うようにそう言った。
コルトは今回の盗賊団退治どころか、情報収集もままならず、活躍していない上にワイドリーの活躍に、ぐうの音も出ないならぬ、「ぐう」しか言えなかった。
ヨルカはコルトの肩を叩いて慰めた。
「まぁそう落ち込むな」
「はい……」
「しかし、今回のことでワイドリーのことを理解出来たな」
「えぇ、まぁ……」
「これをきっかけに喧嘩することのないようにして欲しいものだ」
「それは相手次第ですね」
コルトは先に歩いているワイドリーを見ながらヨルカにそう答えた。
この調子では二人の関係はまだまだこの調子だろう……ヨルカはそう思いながら、昇る朝日を見ながら、王都に戻るのだった。
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