王都とワイドリー・ホールナー

第17話

 最近、屋敷が騒がしい。

 その大きな理由は……。

「あなたはどうしてヨルカ様にそのような態度をとるのですか?」

「あの黒チビが邪魔だったんだろうが」

 コルトとワイドリーが朝から屋敷の廊下で喧嘩している……というよりもコルトがナイフ、ワイドリーが剣を持って殺し合いに近い。

「おーおーまたやってるよ」

「「どっちが勝つかな~?」」

「どちらも強いですから、見物ですわね」

「いや、止めましょうよ!」

 レドーナ、双子、ヴァレットが止めずに見物し、ブランだけが取り乱している。


 コルトとワイドリーの喧嘩は日常茶飯事となりつつある。

 ヨルカに従順なコルトと、雇い主であるヨルカにぞんざいな扱いをするワイドリー、二人は何かと喧嘩が多い。

 この喧嘩もワイドリーがヨルカにぶつかり、コルトが謝るよう言ったが、ワイドリーは拒否、そして口論からエスカレートし、今に至る。

「はぁ……」

 これにはヨルカも悩んでいる。

 ヨルカがため息をつくと、窓からコツコツと音が聞こえた。

「ん?」

 窓を見ると、そこには白い鳩が窓をつついていた。

「あぁ、そうか……二人とも」

「はい?」

「んだよ」

「王都に行くぞ」



 ***



 王国に仕える変人の魔法使いは時々王都に行って報告することとなっている。

 先程の鳩は王都からの伝書鳩。

 報告に行っていないため、王都側が催促のため送ったらしい。

 ヨルカはオーレスとオージスを馬にして、屋敷の裏に置いてある馬車を引いて、王都に向かう。

 同行するのは馬になっている双子、そしてコルトとワイドリー。

「「…………」」

 向かいに座る二人は、お互い話すどころか、見ることはない。

「ヨルカ様、なぜ私とこの男なのですか?」

 ヨルカの隣に座っているコルトがワイドリーとの同行の不満を訴え、指差した。

「一応考えた結果だ」

 ヨルカもこの二人を合わせたくなかった。

 だが石祭りの件からそんなに経っていないため、疲れを残っていることを考えてこのメンバーとなった。

「そろそろ見えてきた」

 屋敷から王都まで馬車で約数時間。

 前方に見えたのは白いレンガで出来た高い塀に囲まれた大きな町、キーダ王国の王都ハルトルムである。

「おい黒チビ」

「なんだ」

 いつもは何にも興味を示さないワイドリーが珍しく質問をして来た。

「何でこの『金』はこんな格好なんだ?」

 ワイドリーは皆のことを名前で呼ばない。

 コルトは髪の色で『金』。レドーナは『赤』ヴァレットは『紫』双子のオーレスは『姉』オージスは『妹』唯一男のブランは『お前』と言っている。

 そしてコルトの格好……メイド服ではなく半袖に長いズボンと鉄の胸当て、肘当て、膝当てと、男装している。

「コルトが町に行くには必要だからだ」

「必要? ……まぁいい」

 ワイドリーは気にはなったが、コルトのことだからか、すぐに興味をなくした。


 王都に入る門から少し横に逸れ、広めの草むらに馬車を止めた。

 全員降りると、ヨルカは『原点回帰オリジ・レグス』で馬になっている双子を戻した。

 小ぶりな胸の全裸姿をコルトが持って来たメイド服ですぐに隠した。

「次はコルト」

「はい」

 今度はコルトに杖を向け、魔法陣が現れた。

「変異系魔法第七術式『性転換セクタ・コルバ』」

 ヨルカが呪文を唱え、赤い光がコルトに当たった。

「ん……」

 コルトは無意識に声を上げると、変化が始まった。

 コルトの長い金髪がどんどん短くなり、背が少し伸びた。

 盛り上がっていた胸がまるで空気が抜けた風船のように引っ込み、腕に筋肉がついて太くなり、肩幅も広がった。

 腰もくびれがなくなると、服からチラッと見える腹部から腹筋が出てきた。

 そして喉に突起物が生え、可愛げのあった顔が凛々しくなると、コルトは美形の男性になった。

「やはりあまり慣れませんね、この格好は……」

 喉仏がつき、コルトの声が低くなっている。

「仕方がないだろ、『犯罪奴隷』のお前は姿を変えないと王都には行けない」

「……金は犯罪奴隷なのか?」

 ワイドリーが二人の話に入って来た。

 奴隷には色々種類がある。

 犯罪者が捕まって売られた『犯罪奴隷』。

 借金を作って、金を払えなくなって身を売った『借金奴隷』など色々あるが、コルトとレドーナはそのうちの『犯罪奴隷』に属する。

「ああ、王都でも色々やらかしたからな、こうやって姿を変えないと恨まれている奴等に狙われて、私もコルトも危ない」

「何やらかしたかは知らねぇが、女の姿になって、狙われて死ね」

「この男は……!」

 ワイドリーの罵声に男になったコルトは怒りで拳を握りしめた。

「とにかく行こう。待たせるわけにはいかない」

 ヨルカ達は馬車を置いて出発した。


 王都の門をくぐり、町を歩くとレンガ造りの家が立ち並び、人で賑わっている。

 ヨルカ達が道の真ん中を歩いていると、女性のヒソヒソ話したり、子連れの母親が子供を遠ざけたりと、町の人はヨルカ達を恐れている様子だった。

 町の人が避けたおかげで難なく進むことが出来た。

 そして向かうのは町の中心にそびえ立つ白く高い建物、王国を代表である王様が住まう城である。


 城の前に着くと門番がヨルカの顔を見て、門を開けた。

 門の向こうには、執事服の老人が出迎えてくれて、無言ながらもヨルカ達の案内をしてくれた。

「うぉっ! ヨルカ・アムクルス!」

「どうしてここに……」

「ヤバいヤバい、目を合わせるな」

 城の横にある大きな庭、そこには騎士達が訓練をしていて、ヨルカを見るたびにざわついている。

「ヨルカ様、あれは……」

「ああ、辞めていった見張り役だな。ずいぶんと怖がれているな……」

 噂している騎士は、ヨルカの変異系魔法に恐れて逃げ出した元見張り役。

「……おいワイドリーも来てるぞ」

「うわ最悪」

「ずいぶん平然としているが、やっぱ変人同士やっていけてるんじゃねぇの?」

「ハハ、言えてる」

 ワイドリーを見る度に、騎士達は本人に聞こえるくらいの悪口を言った。

「お前、ずいぶん嫌われてるな」

「その性格じゃ当然でしょうね」

「…………」

 ワイドリーは何も言わず、騎士達を睨みつける。


 騎士達の言葉を気にせず、ヨルカ達は歩き続けて城内に入っていった。

 休むことなく階段を上がり、そして最上階の大きな扉のある部屋の前に着き、執事がノックした。

「入れ」

 奥から声が聞こえると、執事が扉を開け、ヨルカ達は部屋に入った。

「久しいな、ヨルカ・アムクルス」

 部屋にいたのは、金色の髭が目立つ、高価そうな服にマントをつけた男性。彼がこのキーダ王国の国王、キルグス王である。

「お久しぶりです、国王様」

 ヨルカ達はキルグス王の前にひざまづいた。

「よい、立ちなさい」

「はっ」

「よ、来たなヨルカちゃん」

 ヨルカが立ち上がると、横にはグフター騎士団長、そして他にも図体のデカい筋肉質の男と、モノクルをかけた細身の男が立っていた。

「グフター騎士団長、そしてエンベル王子、カイダル王子もお久しぶりでございます」

「ずいぶんと音沙汰が無かったから心配していたぞ」

「そうですよ、初代のように王都を攻める準備をしているかと思いましたからね」

 グフターの隣にいる筋肉質の男は国王の息子、第一王子のエンベル王子。体を動かすのが好きで、見た目通りの筋力を誇り、力だけならグフター騎士団長にも負けない。

 ヨルカに嫌みを言ったモノクルの男は第二王子のカイダル王子。エンベル王子とは違って力はないが、政治や軍略など知力で活躍していて、あまりヨルカのことをよく思っていない。

「大変失礼いたしましたカイダル王子。何分仕事をして間もない未熟者ゆえ、わからないことが多々ございますので……」

「……まぁいいです。とりあえず父上に報告をしてください」

「はっ」

 ヨルカはこれまで解決した事件について話した。

 隣国のレフ王国の件。

 屋敷に暗殺者が忍び込んで来た件。

 そして石祭りの件など、ヨルカは事細かく話した。

「ーーなるほど、あの人狩りを……」

 そしてヨルカは、当時王都を騒がせた人狩りこと、クリットについても話した。

「はい」

「ヨルカ・アムクルス。人狩りは何百人も殺した大罪人です。つまりあなたはそれを野放しにしたということですよね?」

 カイダル王子が人狩りのことでヨルカに噛みついてきた。

「……たしかにそうです。ですが彼にも事情があり、今は子供のためにやり直そうとしています」

「どうあろうとも殺人は殺人。罪もない人間を殺したこと事態が問題なんですよ。父上、今すぐロートンに兵を向かわせ、人狩りを拘束いたしましょう」

 カイダル王子がキルグス王の元に近づき、主張した。

「……カイダル。お前は罪もない人間と言ったな?」

「は? はぁ……」

「この件に関してあることを見つけた。人狩りが殺した人間全てが罪人らしい」

「え!?」

「金銭を巻き上げるなどの恐喝や暴行、非公認の奴隷商人に売り付ける誘拐、人気ひとけのない場所で殺して金品を盗む元盗賊の冒険者など、殺された者は何らかの罪を持っていた。これはグフター達騎士団が調べた紛れもない事実。彼には殺す相手の区別くらいは出来るようだ」

「そんな……」

「……だが、人狩りには殺人衝動があり、それによる殺人があったのもまた事実。人狩りの件はロートンに兵を送り、見張りをつけて目を光らせておく。それでいいなカイダル」

「……はい」

 カイダル王子はヨルカを睨みながら、元の場所に戻った。

 実はヨルカはこのことをクリット本人に聞き、石祭り解決後、屋敷に戻る前に王都に行き、グフターを訪ねて調べてもらったため、カイダル王子の反論に動揺しなかった。

「うむ、その若さで仕事をこなすとは、さすが変人の魔法使いを継ぐだけはある」

「勿体なきお言葉」

「これからも精進して欲しい」

「はっ」

 ヨルカ達は頭を下げた。

「……ん?」

 ヨルカ達は部屋の外からドタドタと誰かが走る音に気づいた。

 音はどんどんこっちに近づいてくる。

「ヨルカさん!」

 勢いよく扉を開けて現れたのは、ヨルカより少し小柄の少年だった。

「こらブリスト、行儀が悪いぞ」

「父上! どうしてヨルカさんが来てるのに黙ってたんですか!」

 少年は国王の末っ子で第三王子のブリスト王子。

 兄であるエンベル王子、カイダル王子とは年が大きく離れている子供のため、まだまだ王国のことはあまり知らない。

「すっかり懐かれているな」

「はい! ヨルカさんは命の恩人ですから!」

 ブリスト王子はヨルカの腕をつかんでそう言った。

 王子がヨルカに懐くようになったのは一年前。

 ヨルカが仕事をせず、先代が貯めていた金で暮らしていた頃、買い物で王都に来たとき、ブリスト王子を乗せた馬車の車輪が壊れ、王子が頭を打って血を出した。

 出血多量で命の危険だった時、その場にいたヨルカが人の異常な状態から普通の状態に戻す『原点回帰オリジ・レグス』でケガを治した。

 そのことをブリスト王子がキルグス王に報告すると、噂は広まり、王の目にも止まり、それがヨルカが変人の魔法使いとして仕事を再開するきっかけとなった。

 そしてブリスト王子は命の恩人であるヨルカに懐くようになった。

「ブリスト、話はまだ終わっていないから後にしてくれ」

「はい! ヨルカさん、終わったら僕の部屋に行きましょうね!」

「は、はぁ……」

 ブリストの純真無垢な眼差しとグイグイ来る積極性に、ヨルカは少し苦手意識を持っている。

 ブリストが外に出ると、この場にいる全員が息をついた。

「ゴホン……さて、ヨルカ・アムクルス。今回王都に来させたのは他にもある。少し頼みたいことがあるんだ」

 キルグス王の言葉に先程の空気が一気に変わった。

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