第16話
夜、石祭りは無事終わった。
品評会ではレドーナとヴァレットの石像が優勝した。
賞を取ると、貴族に依頼が来るほど名声上がるが、変装したブランは「引退するから最後の記念に参加した」と言ってごまかした。
そして蔵にあった去年の石像は『魔道具』と呼ばれる魔力を込めることにより、様々な効果をもたらす道具。その一種である石材を運ぶときに使う、風の魔法陣が縫ってある手袋で小さな竜巻を出して操り、石像を運んでいる。
無事な物は作者に帰し、人の像がなくなった像は壊したり、作者に必死に謝ったりして、なんとかした。
そして今年の石像を蔵にしまい、ヨルカとブランはクリットが町長に蔵の鍵を渡すのを確認し、三人は町長の家を出た。
外では町民が品評会を行った空き地で、宴会の準備をしていた。
ヨルカは怪しい人物を見張ると言って空き地の人混みの中へ行き、ブランは鍵を盗まれないために町長の家を見張り、クリットは祭りの後始末と言って、それぞれ別行動をとった。
***
ロートンの町は夜遅くだというのに、宴会で盛り上がっていた。
露店や食堂で作られた食事を並べて、酒を酌み交わし、どんちゃん騒ぎをしている。
町の人達は皆、宴会が行われている空き地に密集しているため、空き地以外に明かりはついておらず真っ暗で静か。
そんな時である。
明かりのない町の夜道を黒い人影が、ガラガラと荷車を引いて一人歩いている。
人影は蔵の前に止まり、扉に近づくと、町長の部屋にあるはずの鍵を持っていて、蔵の扉を開けた。
蔵の中は暗く、持っていた燭台のろうそくを火打ち石で火を灯し、ろうそくの火だけを頼りに石像を見渡した。
確認し終わると、人影は魔道具の手袋をはめた。
これは風で物を運ぶときに使う物とは違い、土の魔法陣が縫ってある。
石像の真下の土台を手刀の形で押し込むと、まるでナイフでケーキを切るかのように手が石に埋まった。
この手袋の効果により、触れた所の岩石の細かい粒子を破壊して石像を手で綺麗に切ることが出来る。
それを繰り返し、人影はレドーナとヴァレットを含む人型の石像全ての土台を切り終えると、今の手袋を脱ぎ、運ぶ時に使う風の魔法陣の手袋に替え、竜巻で石像と土台を切り離した。
そして石像を荷車に乗せ終えると、音を立てないよう荷車をゆっくりと引いた。
月が雲に隠れて薄暗くなっている道を歩いていると、着いたのは町から離れた山の麓、そこには石工で使えない細かすぎる砂のような石を集めた、いわば石のゴミ置き場のような所。
この場所で、再び風の魔法陣の手袋を使って降ろし、石像を並べた。
そして荷車から両手で持っても重そうな大きなハンマーを取り出し、レドーナとヴァレットの石像の元に近づいた。
そして、石像に向かって大きく振りかぶりーー。
「ぬん!」
声を出して振り下ろすと、石像が壊れた。
しかし、それだけで終わらなかった。
「ヒヒ、ヒヒ……」
バラバラになった石像をさらに壊した。
レドーナ達の頭も、体も、手足も、人影は笑いを漏らしながら、全てが粉々になるまで壊した。
そしてまた、大きく振りかぶったその時ーー。
「そこまでだ」
「!?」
いきなりの声に驚き、人影が振り返ると、森から現れたのはヨルカとブランだった。
「ヨルカ様! レドーナさんとヴァレットさんが粉々になってますけど、大丈夫なんですか!?」
ブランはただの細かい石と化した二人に慌てふためいている。
「安心しろ、ちゃんと戻る。それより、あなたが犯人だったようだな…………クリット殿」
石像を壊した人影が月の光で露になった。
その正体は今回の依頼人のクリットだった。
クリットは黙ったまま下を向いている。
「まさか犯人を見つけて欲しい依頼人が犯人だとは普通思わない。あなたを疑い始めたのは、初めてあなたの家に泊まった時に仕事をしていた。小僧に聞けばあれは壊れた鍵の修理だったそうだ。町で唯一鉄を扱う鍛冶屋なら蔵の鍵ももう一つ作ることも可能だろう」
「つまり合鍵を作ったってことですか?」
「そう、それなら町長の家に行かなくても蔵に入れる。だから証拠を見つけるため、あなたを疑わないふりをしてずっと泳がせた」
クリットは何も言わずにずっと下を向いたままだ。
「でも、どうしてクリットさんがこんなことを……」
「笑いながら石像を壊す……先程の行動からして、あれはおそらく自制しきれていない破壊衝動。いや、殺人衝動だろう……これは予想だろうだが、あなたは『人狩り』か?」
「え……」
人狩り……ロートン付近の森で行方を眩ました殺人鬼。
クリットが魔道具の手袋を外すと、唯一の特徴である手の甲に火傷があった。
ブランは唖然とした。
「……いつから知ったんだ? お嬢ちゃん」
「あくまで勘だ。人狩りの話題が出た時、あなたは明らかに浮かない顔をしていた」
「ふっ、出来ればバレたくはなかったんだがな……」
「クリットさん。一体どうしてこんなことを?」
「ブランよ、言っただろう。殺人衝動だと。それが人の石像を壊す理由だ」
「ああ……俺は人を殺さないために石像を壊している」
「え? ……え?」
ブランはヨルカとクリットの言ってることがわからなかった。
クリットは自分の過去を語った。
彼は子供の頃、住んでいた村が盗賊に襲われて、村を燃やされて皆殺しにされた。
手に火傷を負い、生き残ったのはクリットと同い年の女の子の二人だけ。
二人は住処を王都に移し、物乞い、盗み、生きるために何でもやったが、チンピラに返り討ちにあうのもしばしば。
そんなギリギリの日々を過ごして数年のある日。
十五歳になったクリットはチンピラと盗んだ物の奪い合いで取っ組み合いの喧嘩になり、勢いでチンピラの頭をレンガでかち割って殺してしまった。
その時、殺してしまった罪悪感よりも、今まで虫けら扱いされた自分が殺したことにより、上に立てる優越感と興奮を覚えてしまい、クリットは殺人に目覚めてしまった。
彼は王都の鍛冶屋に就き、昼間は仕事、夜に時々人を殺すようになった。
善悪の区別はついていて、殺すのはチンピラなどの悪人ばかり。
しかもそれは次第にエスカレートし、人の形の原型を留めないほど傷つけるようになった。
そんなことが数年続き、今まで何百人も残忍な殺しかたをすることから、『人狩り』という正体不明の殺人鬼と噂され、王都を恐怖に陥れた。
そんなクリットは殺人をやめようと思った。
理由は同じ村で生き残った女の子と結婚し、身ごもらせたからだ。
子供には自分の父親が殺人鬼だということを知られたくない。しかし、今更自分の殺人衝動を押さえられる自信がない。
意を決したクリットは子供が生まれたら人が多い王都から離れて、もっと人気のない所に暮らそうと思った。
それから妻は息子、メックを産んだが、難産だったらしく体が耐えきれずに死亡。
クリットは赤ん坊のメックを抱き、北西に向かった。
だが、その時クリットは殺人の時に顔を隠すのに使うマントをつけていたため、目撃者の証言により、王都の兵隊も北西に向かった。
クリットは身を潜めながら進み、このロートンの町に行き着いた。
町の人達は優しく、初対面のクリットに鍛冶屋の仕事に就かせてもらったり、仕事の間はメックの面倒を見てもらったり、彼は町の人に感謝している。
しかし、彼は殺人衝動に苦しんでいた。
森の獣を殺しても満足しない、かと言って優しくしてくれた町の人を殺したくない。
クリットは人の形を壊したいという欲望と自制心の間で葛藤していた。
その時に注目したのが石祭りの石像だった。
処分する人の形をした石像を壊した彼は、人の姿を壊すことで満足感を得た。
しかしこれもまたエスカレートし、処分する石像だけでは足りず、合鍵を作って蔵に忍び込み、壊してはいけない人型の石像をも壊し、。
「……これが全てだ」
クリットはヨルカ達に自分の過去を語り終えた。
「バカだよ俺は……町の人に迷惑をかけないために、事件を起こしてさ」
「クリット殿は自分を止めたいがために、依頼をしたのか?」
「そうかもな……町の人に言われたのもそうだけど、どうしてもやめられない自分を止めて欲しいのかも」
クリットはハンマーを捨て、ヨルカに近づいた。
「なぁお嬢ちゃん。俺を石像にしてくれ」
「え……」
クリットの言葉にブランは驚き、ヨルカは顔色を変えずに黙ったままだ。
「このままじゃ俺はいつか町の人も、メックも殺してしまうかもしれない。だから、嬢ちゃんの魔法で動けない石像にでもしてくれないか?」
「そんな……メック君はどうするんですか!」
「あいつなら俺がいなくても大丈夫だ。それにこんな殺人を犯した俺の子供なんて嫌に決まってる……」
クリットは下を向きながら今にも泣きそうな顔をしていた。
ヨルカは何も言わずに杖を取り出すとーー。
「待て!」
杖を取り出した瞬間、後ろの森から声が聞こえた。
ブランとクリットは驚いた。
現れたのは、息子のメックだからだ。
メックはクリットの元に走り出し、ヨルカの間に割り込み、両手を大きく広げた。
「父ちゃんをやるな! やるなら俺もやれ!」
「な……!」
メックは足を震わせながらも、ヨルカに立ち向かった。クリットはメックの行動に驚きを隠せなかった。
「メック、さっきの話を聞いてたならわかるだろ? 俺は人殺しなんだ……俺なんかと一緒にいたら絶対に後悔ーー」
「バカ野郎!」
メックが振り返り、クリットの顔を思いっきり殴った。
そしてポロポロと涙を流した。
「そんなの知らねぇよ……父ちゃんは母ちゃんの代わりに俺を育ててくれた。人殺しでも俺のたった一人の家族なんだよ……頼むから……いなくならないで……」
泣きながら言うメックに、クリットは気づいた。
メックには自分しかいない……母親がいないのに自分もいなくなってしまったら、一人にしてしまう……自分はバカだと気付き、メックを抱き締めた。
「すまねぇ……俺、自分のことで精一杯で、お前の気持ちを考えてなかった」
「父ちゃん……」
親子は涙を流しながら抱き合った。
「変異系魔法第一術式、『
ヨルカは抱き合う親子をよそに、粉々になったレドーナとヴァレットに近づき、直している。
粉々になった破片が浮き上がり、パズルのようにくっつくと、人の形に戻り、灰色の石の体から艶のある肌色に変わり、元に戻った。
レドーナとヴァレットは、ずっと同じ体勢でいたため疲れたのか、全裸でスヤスヤと眠っている。
「クリット殿、私はあなたを石像にする気は更々ない」
「え……」
「大抵の人間は一度犯罪を犯すと同じ過ちを繰り返すが、あなたはちゃんと真っ当に生きようとしている。そんな人相手にやる気にはならない」
ヨルカの言葉に、覚悟をしていたメックは内心ホッとした。
「町の人に本当のことを言ったらどうだ? 石像の件で怒られるかもしれないが、あなたを殺人鬼にしない、この町の人間を信用したらどうだ?」
「……ああ」
クリットは息子に抱かれながら、大粒の涙を流した。
こうして、石祭りの石像破壊事件は解決された。
翌日、クリットは町の人に、石像を壊したこと、自分が元人狩りだったことを全て話した。
親方に顔を思いっきり殴られ、町の人は動揺したが、メックの説得もあり、そこまで難もなく受け入れてくれた。
親方がゴーシュとサルコに腕を磨かせるため、人の石像を作らせるなど、対策をしてくれて、クリット親子はこの町に居続けることが出来るらしい。
昼頃、解決したヨルカ達は鳥になったヴァレットに乗って屋敷に帰る道中、ブランはヨルカに話しかけた。
「ヨルカ様、本当にクリットさんに魔法を使う気がなかったのですか?」
「ああ、だが、あの時言ったことはただの綺麗事だがな」
「……じゃあ、本当の理由って?」
ブランの質問にヨルカは真顔に答えた。
「私は相手が絶望した顔を見て、それから変わって行く所を見るのがいいんだ。クリットのように自ら人生を諦めている奴相手など、興が冷めてやる気がおきん」
「えぇ~……」
ヨルカの理由を聞いて、ブランはただただ唖然とした。
「まぁ、私はそんな貴重な人間を残したいというのも事実だ。そう、ああいうのはごく
「ヨルカ……様?」
ヨルカは何か嫌なことを思い出したかのように、暗く険しい表情に変わった。
ヨルカの心の奥底にある深い闇を垣間見たブランは終始無言で屋敷へと帰って行くのだった。
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