第14話

 ヨルカ達を乗せたヴァレットは、町近くの森に降りた。

 強引に降りたため、木々がボキボキと折れたり曲がったりしている。

 ヴァレットはその場に座り込み、ヨルカ達は降りて行く。

「変異系魔法第一術式、『原点回帰オリジ・レグス』」

 全員が降りてすぐ、ヨルカはヴァレットに杖を向け、元に戻す魔法『原点回帰オリジ・レグス』で元に戻した。

 だんだんと小さくなり、羽毛が引っ込み、肌が露になって形が変わるとヴァレットは元の人間の姿に戻った。

 ヴァレットは一糸纏わない全裸の状態になり、長い手足も、豊満な胸も、くびれた腰も全てが丸出しになっていた。

 ブランは自分で、メックは親のクリットの手で目をふさいだ。

「あらあら二人とも、もっと見ればよろしいのに。なんだったら触ってみます?」

「さっさと服を着ろアホ!」

「んもぉ、外で裸になるのもこれはこれで結構な快感ですのに……」

「知らねぇよ!」

 レドーナが持ってきた予備のメイド服を投げつけると、ヴァレットは渋々ながらも着替えた。

「町まではこっからまっすぐ行けばすぐだ。着いて来てくれ」

 ヴァレットが着替え終えてすぐ、ヨルカ達はクリットの案内で歩き始めた。


 歩いて少しすると、草むらからガサガサと音を立てた。それも一つではなく、ヨルカ達の周りに複数。

「獣か?」

「いや待ってくれ、お嬢ちゃん」

 前を歩いたクリットが恐る恐る草むらに向かって歩くとーー。

「あれ、クリット?」

「あ、本当だ。おーい! クリットとメックがいたぞ!」

「やっぱりか」

 草むらから現れたのは、弓矢を持った猟師達だった。

 それが次々と現れ、四人の猟師がクリットの元に来た。

「お嬢ちゃん、こいつらはうちの町の猟師達だ。敵じゃねぇ」

「そうか」

「お前ら、こんな所で何してたんだ?」

「この辺で紫の大きな鳥がこの辺に降りてきたからよ。皆で獲りに来たんだよ。そしたらお前らがいた」

 猟師の一人の話からして、彼らは鳥になっていたヴァレットを仕留めるためにここに来たらしい。

「あれはこの変人の魔法使いのお嬢ちゃんのだ。俺達はそれに乗って来たんだよ」

「そうだったのか。あんな大きな使い魔を従えるなんてすごいな」

「あ、いえ、それは私がーー」

「話がややこしくなるから、そういうことにしておけ」

 ヴァレットが本当のことを話そうとしたが、ヨルカに口止めされた。

「しっかし、このちっこいのが噂の変人の魔法使いか」

「本当にちっこい子供だな」

「ちっこいちっこい」

 猟師達がヨルカの頭を撫で回している。

「…………」

 子供扱いされてるヨルカは静かながらも、持っている杖を強く握りながら、手をプルプルと震わせ、青筋を立て、明らかに苛立っている。

 それを見たブランとメックは顔を青くした。

「おいお前ら、お嬢ちゃんは子供扱いされるのは嫌いなんだよ」

「そうなのか。すまんすまん、ついな」

 クリットの言葉で、猟師達は撫でるのをやめた。

 ヨルカはブランになだめられながら、深呼吸をした。

「んじゃ、獲物もいないし、町に戻るぞ」

 猟師達と一緒にヨルカは町に戻ることになった。


 なだらかな坂道を登ると、その先に町が見えてきた。

 木の柵に囲まれて石工の町らしく、黄土色の独特の模様をした石の住居が立ち並び、森に囲まれている場所に一際目立つ立派な町である。

 その後ろにはその住居の同じ色をした、えぐれた山がそびえ立っていた。

「ここがロートン……こんな森の奥に人が来るのか?」

「それが結構来るんだよ。それだけ石祭りは伝統ある祭りなんだろうな」

「でも来なかった時期があったよな」

 ヨルカ達の話に猟師の一人が入って来た。

「来なかった時期?」

「あれだあれ。『人狩り』がこの辺りに逃げ込んだ時だ」

「ああ、あったな……」

 他の猟師達がどんどん話に入って来た。

 クリットは猟師の言葉に浮かない顔をした。

「なんなのだ? その『人狩り』とは」

「昔王都で人をひき肉にするくらい酷い殺しかたをした殺人鬼だよ。九、十年くらい前にこの辺りの森に逃げ込んで、一時期国から外出を控えられたんだ」

「そうそう。その時期は石祭りと重なって客は来ないし、狩りや野菜の納品にも行けやしない。結局騎士が森中を探しても、そいつは今でも捕まってないんだよな?」

「目撃者によれば、手の甲に大きな火傷の跡がある以外わかんねぇし……身分を隠して今も暮らしているか、森で死んでるかだな」

「ふむ……」

「ま、そんな関係ない話はそこまでにして、これから蔵に行こうか。メック、お前も先に帰れ」

「うん」

 メックと猟師達とはここで別れた。

 家路に向かった時のメックはヨルカが怖かったのか、安堵の表情をしていた。

 ヨルカ達はクリットの案内で、被害があった蔵に向かった。


「ここだここ」

 案内されたのは一際大きな石造りの建物。

 そして扉の前に行くと、クリットは持っていた鍵を取り出した。

「その鍵は普段はどこにあるのだ?」

「町長の家だよ。祭りの担当が決まると渡されるんだよ」

 クリットが話ながら南京錠を開けると、重そうなドアを開いた。

「ほう……」

 中は薄暗く、数々の石像が並んでいた。

「……たしかに切り取られているな」

 だが、それは動物や木などばかりで人間の石像が一つもなく、作品の半分くらいの一部が切り取られていた。

「切られたのは全て人間の石像なのか?」

「ああ」

「ふむ……この切り取られるのは魔法の類いか」

「そうだな、昔は魔法使いを雇ってたみたいだが、今は新式魔術とかで誰でも使える。土魔法で必要な分取ったり、風魔法で持ち上げたり、研磨したりしてる」

「ずいぶん便利になったものだ……まずは前の運営担当の話を聞きたいな」

「よっしゃ、すぐ連れてくる」

 クリットは蔵から出ていった。

「さて、どうするか……」

 ヨルカはとりあえずこれまでの考えをまとめた。

 今回の事件は石像の盗難。

 盗まれたのは作品の一部である人間の石像のみ。

 石像がしまわれた蔵の中は鍵がかかっていて、見た限り出入口は一つしかない。

 今考えられるのは、鍵の在処ありかを知っていて、石工を使う際の魔法を使う、つまりこの町の誰かという可能性が一番高い。

「連れて来たぞお嬢ちゃん!」

「早いな」

 クリットが帰ってくると、連れてきたのはヒョロヒョロとした男性だった。

「こいつが前回と前々回の祭りの運営担当だった宿屋のゴエスだ」

「ど、どうも……あなたが変人の魔法使いさんで?」

「ああ、初めましてゴエス殿、早速だがあなたは前の祭り、同じように石像切り取られていたのを隠していたようだが……」

「は、はい……今後の祭りに響きますので……」

「その時に鍵を最後に持っていたのは?」

「私です。町の人にも言いましたが、鍵はちゃんと町長に返しましたし、町長も私以降、クリットさん以外に鍵を渡してないそうです。鍵穴も荒らされた形跡もないですし」

「つまり誰も開けていない……では怪しい人はいたか?」

「それなんですが、実はうちの家内が、前の祭りが終わったその日に、石工職人のゴーシュとサルコが蔵の周りをうろうろしてたという噂を聞いたようで……」

「そのゴーシュとサルコというのは?」

「同じ時期に別の町から越してきた自称芸術家の二人だよ。うちの近所の石工職人の親方に弟子入りしながら作品を作ってる」

 クリットは不機嫌そうに話した。

「そいつら、夜遅くまで芸術とはとか、どうたらこうたら語ってうるさくてな……おかげで俺もメックも寝不足が多い」

「なら、その二人にも聞いてみるか」

 ヨルカ達は話に出た二人に会うため、その石工職人の工房へと向かった。


 外は夕方。

 そびえ立つ山がちょうど夕日を隠し、妙に暗く感じる。

 クリットが先導し、ヨルカ達はロートンの町中を歩いているとーー。

「あ、父ちゃん!」

 ある家からメックが現れた。

 メックはヨルカを見た瞬間、何歩か後ろに後ずさった。

「おうメック、もうすぐ終わるから待ってくれ。お嬢ちゃんここだ」

 クリットが指差したのは、メックが出てきた家の真向かいの家二軒分くらいの横に広い建物。どうやらここが工房らしい。

「うーす」

 クリットは軽く挨拶をしながら工房の扉を開けた。

「君は相変わらずわかってない!」

 すると開けていきなり、男の大声が聞こえた。

 そこにはまっすぐな金髪の男性と、色黒でスキンヘッドの男性が向かいあっていた。

「ゴーシュ、芸術とは魔法のような幻想的かつ奇抜な物にこそ魅力を感じるんだ。君のように見た物をそのままやっていてもつまらなすぎる」

「いいやサルコ、そんな想像だけという曖昧な物では大作は作れやしない。この目で見た物を細かく、緻密ちみつに、本物に近い作品こそ見たものを釘付けにする」

「なんだと!」

「なんだよ!」

 金髪の男サルコと、スキンヘッドの男ゴーシュはお互い違う芸術について言い争っている。

 二人の芸術に対する論争は止まることはなく、むしろどんどん白熱していく。

「はぁ……とまぁ、ほぼ毎回あんな感じだ。非現実的で奇抜な物を求めるやつと、現実的で忠実さを求めるやつ、それがお互い一歩も譲らずに……」

 クリットはため息をつきながらそう言った。

「なるほど……」

 ヨルカも呆れ顔になりながら、言い争っている二人を見た。

「ええい! やかましいわ!」

 突然別の扉から現れ、喧嘩してる二人に向かって怒鳴り声を上げたのは、がっちりした筋肉をした白髪の老人だった。

「「し、師匠!」」

「全く何度も何度も! 芸術なんぞ語っている暇があるなら腕を磨け! そんなんだから選定に落ちるんじゃ!」

「「う……」」

 老人の喝により二人は黙った。

「品評会は参加者が多いから、最初に町長や親方とか目が肥えてる人が選定するんだ。あの二人は何度も出て落ちてんだよ」

「なるほど……はらいせに作品を壊す。充分な理由になるかもな」

 ヨルカは二人を疑い始めた。

「親方、ちょっといいすか?」

「なんじゃクリット、まだ犯人を捕まえとらんのか?」

 親方はクリットに高圧的な態度をとった。

「クリット殿、もしかして怒り狂った職人って……」

「ああ、親方もその一人だ。しかもその壊された石像が溺愛してる孫を象ったやつだからより恐くてな……」

「何をこそこそしとるんだ?」

 ヨルカとクリットがヒソヒソと話していると、親方が苛立っていた。

「実はね親方、前の祭りが終わったその日に、そこのゴーシュとサルコが蔵の周りをうろうろしていたらしいんすよ」

「なぁにぃ?」

 ゴーシュとサルコをにらむ親方。

 二人は視線をそらしながらダラダラと汗を流した。

「石像を荒らしたのはお前達か?」

「た、たしかに僕達は腹いせに石像を壊そうとはしました! けど鍵はかかってたから、どこか穴が空いてないかと、周りをうろついて……そのまま断念しました。決して壊してはいません」

 サルコは慌てながら早口に語った。

「でも壊そうとはしたんだな? 自分が何をしようとしたかわかっているんだろうな!」

「やめろ親方!」

 親方が二人に向かって飛びかかり、クリットがそれを止める。

 親方の暴走はしばらく続き、結局夜まで続き、今日の調査はここで終わった。



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