第11話

 ヨルカが森から屋敷をゆっくりと歩く。

 オーレスとオージスはコルトに報告するため、先に屋敷に戻り、レドーナ、ブラン、そして『原点回帰オリジ・レグス』で元に戻したヴァレットはヨルカのペースに合わせて歩いている。

「大丈夫でしょうか? 本命の敵が屋敷に向かっているなら、向こうは二人だけですし、こんなゆっくりとしてていいのですか?」

「コルトがいるから大丈夫だろ」

「そうですわね。気にするだけ無駄ですわ」

 ブランが心配している中、レドーナとヴァレットはまったく心配していなかった。

「そんなにコルトさんって強いんですか?」

「力ではアタシの方が上だけど、戦闘経験はあいつが抜群に上なんだよ。ガキの頃から大人を倒したことあるみたいだしな」

「コルトさんって何者なんですか?」

「ああ、あいつはーー」

「「ヨルカ様~」」

 レドーナの言葉を遮るかのように、双子がヨルカの名を呼びながらこっちに来た。

「どうした? まさかコルト達がやられたのか?」

「ううん、敵は生かして倒したよ~」

「でも二人がやられそ~」

「は?」

 ヨルカは双子の言ってることがわからなかった。

「「とにかく来て~」」

「お、おう」

 双子はヨルカの腕を引っ張って屋敷に向かった。



 ***



「おー……」

 ヨルカは声を出して驚いた。

「はぁ!」

「おっらあぁ!」

 屋敷の庭、というより草原でコルトとワイドリーが死闘を繰り広げているからだ。

 ワイドリーが剣を振り回し、コルトがそれを避けたり手で受け流したりし、すかさず拳を突き出すと、攻防を繰り返している。

 草原の片隅には黒ずくめの兄弟が白目を向いて倒れている。

「……何でこうなった?」

「「知らな~い」」

「コルトは短気な所はあるが、あんなガチギレは初めてだぞ」

 ヨルカ達は今まで見たことない形相をしたコルトに唖然としている。

「「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

「とりあえず……コルト!」

「はい、お帰りなさいませ、ヨルカ様!」

「「「早っ!」」」

 コルトとワイドリーが再びぶつかりあおうとした瞬間、ヨルカの呼び声に応えて、まるで瞬間移動したかのように、ヨルカの元に現れ、ヨルカと双子以外は驚いた。

「これは一体どういうことだ?」

「聞いてくださいヨルカ様。実はーー」


 コルトはヨルカにさっきまでのワイドリーのやり取りを苛立った感じで話した。

「ーーということです。あの白髪はヨルカ様だけではなくメイドをバカにしたんですよ。あなた達も怒りますよね?」

「いや、別に?」

「我々はメイドというより奴隷ですし」

「「?」」

 レドーナ、ヴァレットはメイドとしてのプライドはないためコルトに共感せず、双子にいたっては話の内容を理解せずに首をかしげた。

「あなた達に聞いた私がバカでした!」

「落ち着けコルト……とりあえずワイドリーと倒したようだな。よくやった」

「あ、ああ~……はい!」

 コルトは周りを見渡し、白目を向いた兄弟を見た。

 ワイドリーとの勝負に集中しすぎて、すっかり忘れた上に成り行きで倒してしまったが、ヨルカに失望されたくないゆえに、とりあえず「はい」と言った。

「おい金髪、さっさと来いよ。殺してやるからよ」

 ワイドリーがヨルカ達の元へ来た。

 その顔は青筋を立て、その目は殺意に満ちていて、コルト相手に殺る気満々である。

「ワイドリーも落ち着け。話は聞いたが、そんな口喧嘩で怒ったどっちも悪い。もしまだ仕事を放棄してコルトを殺す気なら、お前を口が悪い上に仕事を蔑ろにすると騎士団長に報告しなくてはならない」

「…………ちっ!」

 ワイドリーはいつもより大きめに舌打ちをし、ボロボロになっている塀らしき壁を蹴って八つ当たりをし、さらにボロボロにした。

「じゃあレドーナ、あの倒れている二人を持ってきてくれ。縄はあるか?」

「「持って来た~」」

「うぃーす」

 レドーナは言われたまま、まず手前にいた小柄の弟を片手で持ち上げ、次に奥にいた巨体の兄を片手でズルズルと引きずってヨルカの元に持ってきた。

 そして双子が持っていた縄で腕と足を縛り、中をまさぐり、隠し持った武器を遠くへ投げ捨てた。

「おら、起きろ」

「「ぶっ! ……はっ!」」

 レドーナは兄弟の顔にビンタして、兄弟を無理矢理起こした。

「ここは……お前は変人の魔法使い!」

「さて、お前らは何者で何が目的だ? 逃げても無駄だぞ」

 ヨルカ達全員で兄弟を取り囲み、逃げられないようにした。

 魔法で透明化しても、縄で縛られて逃げられない。

「誰がしゃべるか! こっちだって仕事でのプライドってのがあるんだ!」

「死んでも話すかよ、キシシシシ」

 兄弟は喋る気は全くないようだ。

「でしょうね、『暗殺のギース兄弟』さん」

「「なっ!?」」

 コルトが自分達のことを知っていたことに兄弟は驚いた。

「こいつらを知ってるのか?」

「暗殺界隈では結構有名です。大金を払えばどんな任務も遂行する暗殺傭兵団のリーダー格です。指名手配もされていて懸賞金もかなりの物のはずです」

「お、俺達のことを知ってるってことは、あんたは同類か?」

「発言は控えさせて頂きます」

「目的はどうしてもしゃべらないか?」

「当たり前だ!」

「そうか……」

 兄の否定にヨルカはため息をしながら、杖を向けた。

 ただ杖を向けたのは兄ではなく、弟である。

「あ、兄貴ぃ……」

「た、たとえ弟に手を出しても、しゃべるつもりはないからな!」

 兄の言葉に耳を傾くこともなく、ヨルカは魔法を発動した。

「変異系魔法第十二式『植物化テージ・オブ・ラント』」

 杖から出た赤い光を弟に当たると、すぐに変化が始まった。

「ひっ、ひぃ!」

 弟の手がうねうねと長くなり、指が細く伸び、両足が一本に融合し、地面に突き刺さった。

 そして胴体がどんどん太くなり、頭の髪の毛が太くなり、葉っぱが生えると、その葉が生い茂ると、顔が見えなくなった。

「あ、兄貴……兄貴いぃぃぃぃぃ……」

 その体は大きくなり、全身が茶色に変色すると、大きくなった体が縛った縄や黒ずくめの服をビリビリと破った。

 弟の叫びがどんどん小さくなり、聞こえなくなると、彼は黒い布が絡まった完全な樹木となった。

「貴様ぁ! よくも弟を!」

「ふ、ふふふふふふ……」

「う……!」

 樹木と化した弟を見て、ヨルカは不気味に笑い、兄はその姿にぞっとした。

「案ずるな。彼はまだ生きている。今も『兄貴兄貴』とうるさいくらいに言っている」

 ヨルカは今度は兄に杖を向けた。

「や、やめろ……」

「ふふふ……怖いか? それはそうだろうな」

 ヨルカは笑いが漏れ、杖を向けられた兄の体が震えた。

「想像してみろ。本当に辛いのは死んでこの世から逃げることでも、大切な人が死んで余生を悲しむことでもない。この弟のように不自由な体のまま、死にたくても死ねない生き地獄だと私は思う」

 ヨルカのその言葉に、兄の震えがより強くなり、汗がダラダラと流れた。

「……ブラーテ」

「ん?」

「この国のブラーテっていう貴族に変人の魔法の情報を盗んで来いって言われたんだよ!」

「ブラー……テ? そんな貴族いたか?」

「ブラーテ・フォン・クーカー。元々王都で長年大臣をしていたのですが、何年か前に不正の賄賂により、北の辺境の領主に左遷。ちなみにそれを暴いたのは先代変人の魔法使いです」

 コルトがヨルカの疑問に答えてくれた。

 兄の方も「何で知ってるんだ?」と驚きの顔を見せた。

「なるほど、さしずめ王への復讐と変人の魔法使いに濡れ衣を着せることが目的なんだろう。このことは城に報告しておこう」

「これでいいだろ! 弟を元に戻せ!」

「はぁ……」

 ヨルカはため息をつくと、弟だった樹木に杖を向けると、魔法陣が現れると、杖から赤い光が放たれた。

 しかし、弟は元に戻る様子はなく、樹木には小さく赤い魔法陣がついていた。

 そして今度は杖を兄に向けた。

「な、何だよ……言ったんだから元に戻すんじゃないのか!?」

「そんなわけないだろ」

「な……!」

 兄はヨルカの言葉に耳を疑った。

「お前は金のためにたくさんの人の命を奪った。命乞いをしても、罪がなくても、死にたくないがために金を渡されても、お前らは殺して来たんだろ」

「な、何でそれを……」

「木になってるお前の弟が懺悔をするかのように、罪を語りだしたぞ。『もう人を殺しません』だとかな。それに懸賞金が出るほどの悪党だ。殺されても文句はないはず」

「ぐ……!」

 兄はヨルカの言葉に何も言えなかった。

「せっかくの悪党退治という名目で実験出来るんだ。逃げられると思うなよ。ふふ、ふふふふふふーー」

 ヨルカの狂気を含んだ目で不気味に笑うと、兄はただ何も言わずに恐怖に青ざめた。

「さぁ、始めよう変異系魔法第十一式、『融合ヒュード』」

 杖から出た魔法陣を通り抜けた赤い光が兄の胸元に当たった。

 しかし、その赤い光はいつもの飛ばすタイプではなく、杖に向かって一直線に伸びて消えなかった。

「か、体が勝手に……」

 ヨルカが杖を右に動かすと、縄で縛られた兄がズルズルと引きずられるかのように勝手に右に動いた。その先には樹木になった弟があった。

 やがて兄の前向きに縛られた手が樹木に接すると、その瞬間に変化が始まった。

「な、何だこれ!?」

 兄の手の色が樹木と同じ色になった。

 しかもそれはすごい速さで、足、胸元まで侵食し、接触した手が樹木と同化している。

「この魔法は少し変わっていてな。最初に魔法陣をつけた対象に、二つ目の対象を操って強引に融合させる。だがこれは最初をメインにしているから『融合』というより『吸収』と言った方が正しいかもな」

 ヨルカは笑顔でそう言うと、兄は叫んだ。

「そんな、待て、待て! 嫌だあぁぁぁぁぁぁ……」

 兄の全身の皮膚が樹木の色になると、叫んでいた兄が静かになった。

 すると兄の体はボキボキと音を鳴らし、まるで圧縮するかのように縮み、人の形ではなくなっていった。

 黒ずくめの衣装がはだけ、床に落ちると、兄の体は樹木に吸収しかけている不自然な盛り上がりと化していた。

 そしてその盛り上がりはどんどん縮んでいき、兄が完全に融合すると、樹木はどんどん大きくなり、先程の倍はある大樹となり、兄弟は一本の樹木に変わった。

「ふふ、ふふふふふふ、やはり楽しい……人の絶望した顔と、無様に変貌していく姿を見るのは……」

 ヨルカは兄弟になった木を見上げると、再び不気味に笑った。

 この顔を見たブランとワイドリーは恐怖を覚えたが、満月を照らすヨルカの笑顔には、幼い容姿と不気味さの中に少し蠱惑的な魅力があった。



 ***



 その翌日、ヨルカはコルトを鳥に変えて、王都に夜でのことを報告をした。

 王都から来た騎士に、森にいた部下の死体、持ち物などあらゆる証拠を提出した。

 樹木に融合した兄弟は『原点回帰オリジ・レグス』で元に戻すと、二人の精神は崩壊しかけて、ブツブツと何か言っている廃人のようになっていた。

 それから数日後、王都から兄弟の懸賞金をもらい、兄弟を雇ったブラーテという男は貴族の称号を剥奪されたという報告を受けた。

 こうして屋敷に再び平穏が戻った。

 二人の見張り役が加わり、戦力も増えたヨルカ達はより賑やかになった……しかし……。

「おい、俺の飯は?」

「台所にありますので、勝手に取りに行ってください」

「ちっ!」

「はぁ……」

 コルトとワイドリーの仲の悪さという、問題が残り、ヨルカはため息をつくのだった。



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