第10話

 ヨルカ達が黒ずくめの集団と戦おうととした頃の屋敷内。

 蝋燭の明かりだけで照らされた、薄暗いヨルカの部屋で、待機しているコルトとワイドリーはヨルカが出てからイスに座ったまま全くしゃべらず、微動だにせず、終始無言である。

 主を悪口を言われたコルトと、人と関わることを拒むワイドリー、お互い印象が最悪の二人がなぜか残った。

「…………」

 長い沈黙の中、ワイドリーは立ち上がった。

「どこに行くんですか?」

「……外だ」

 コルトはそれ以上何も聞かず、ワイドリーが外に出るのを見届けた。


 ワイドリーが外に出ると、ボロボロに壊れて原型がない塀がある庭のような場所に移動した。

 涼しい風が当たり、上を見上げると大きな満月が空に浮かんでいる。

 ワイドリーは上を見上げながら剣を抜いた。

 彼が上を見上げたのは月目当てではなく、屋敷の屋根に月の光で露になっているうごめく二つの黒い影。

 誰かが屋敷に潜入しようとしている。

 ワイドリーはそれを察して外に出たのだ。

「やっぱりいたか……風魔法『風の靴ウィド・ブルツ』」

 ワイドリーが呪文を唱えると、装備している鎧の膝当てに刻まれている魔法陣から緑色に淡く光り、ワイドリーの周りだけ強い風が吹いた。

 そしてその風が足元に集まり、ワイドリーの両足は竜巻に包み込まれた。

 この風魔法『風の靴ウィド・ブルツ』は足に竜巻を包こませることにより、その風力で走る、跳ぶなど脚力が上がる。

 おまけに『新式魔術』のため魔力も少なめに発動出来る。

 ワイドリーは足を思いっきり曲げ、ジャンプすると、風魔法の力で屋根まで跳んだ。

 屋根にいた黒い影は森にいたのと同じ、全身黒ずくめが二人。

 黒ずくめの二人が下から闇夜に近づいたワイドリーに気がつくも、時すでに遅く、ワイドリーは持っていた剣を投げた。

 その剣は黒ずくめの一人の胸元を貫き、前に倒れて屋根にズルズルと滑って来た。

 ワイドリーは屋根に着地し、前から滑って来た黒ずくめの刺さった自分の剣を抜き、死体は足で屋根から蹴落とすと、下からグシャという落ちた音が聞こえた。

 もう一人の黒ずくめは何も前触れもなく、いきなり切りかかったが、ワイドリーは前に転がって避けた。

 すぐに起き上がって振り向くと、キンと剣同士が当たる金属音が聞こえ、二人は鍔同士を押し合い、鍔迫り合いの状態になった。

 だがワイドリーは屋根の上という慣れない足場のせいか、斜面の傾きにより少し押し負けている。

「くっ……」

 ワイドリーは不意を突き、後ろに下がり、回り込むと、黒ずくめがバランスを崩し前のめりになった。

「炎魔法! 『炎の付与ファイ・エンチェル』」

 ワイドリーが違う呪文を唱えると、今度は右手の手甲の魔法陣が赤く光った。

 手甲から炎が現れ、ワイドリーの剣を包み、炎の剣と化した。

 この『炎の付与ファイ・エンチェル』は術者の手に持った物に炎の属性を与えることができ、武器の他に小物にも炎を発することが可能。

 そんな魔法を使った炎の剣をワイドリーは黒ずくめの腹部に向かって刺した。

「ぐぅふ……!」

 黒ずくめが痛みで声を上げると、刺した腹から瞬く間に炎が上がり、黒ずくめは火だるまになって、屋根を転がり落ちた。

 下には燃え盛る人の死体と、首がありえない方向に曲がった血まみれの死体が並んでいた。

「……意外に呆気なかったな」

「「何が呆気ないんだ?」」

「!?」

 ワイドリーが安心しきっていたその時、いきなり後ろから複数の声が聞こえた。

 だが、後ろには誰の姿もなかった。

「ぐっ!?」

 なぜか誰もいないのに、ワイドリーの腹部に衝撃が走り、ワイドリーが屋根から落ちた。

 しかし咄嗟に態勢を整え、着地すると少しよろめいた。

(どういうことだ? 姿も気配もなかったはずだ……)

 ワイドリーはさっき何が起きたのかわからず、軽く混乱しているとーー。

「よっと!」

 上から声が聞こえると、地面がズシンという地響きと共に、くっきりと大きな足跡が着いた。

「ふ、鎧のお陰で命拾いしたな」

「キシシシシ、運がいいだけだぜ」

 声と共にその正体はゆらゆらの空間が歪みながら、まるで霧が晴れたかのように姿を現した。

 そこには同じ黒ずくめではあるが、一人は熊のように大きく、もう一人は不気味な笑い声をあげる小柄の男だった。

 二人は不敵な笑みを浮かべている。

「それは……魔法か?」

「その通り! この魔法を付与したペンダントで姿や気配を消せる。隠密にもってこいの代物だ! しゃべったり相手に触ったりすると段々姿を現すがな」

「兄貴はでっかく太くなったからこれが必需品なんだよな」

「うるせぇよ弟!」

「ずいぶんベラベラと喋るな……」

 兄弟らしき二人の隠密らしかなぬ饒舌ぶりにワイドリーは呆れている。

「それはお前はこれから死ぬからな」

「冥土の土産だ。キシシシシ」

 二人は剣を取り出し、ワイドリーに向かって行くと同時にいきなり消えた。

 気配も消えて、ワイドリーは剣を構えながら辺りを見渡した。

「キシシシシシシシ」

「!?」

 いきなり目の前に小柄の弟がワイドリーの目の前に現れた。

 弟の笑い声のおかげで、場所がわかり、剣で防ぐことが出来た。

「やるな、キシシシシ」

「くそ!」

 ワイドリーは剣を振り回すも、弟は余裕で避け、また消えた。

「キシシシシ、キシシシシ」

 素早い動きで翻弄し、四方八方から弟が現れてはワイドリーはギリギリで攻撃を防ぐ。

 魔法をやろうとしても、その隙を与えてくれない。

 たとえ弟を倒せても、まだ姿が見えない大柄の兄がいるため、ワイドリーは危機的状況に陥っている。

「せい!」

「しまっ……!」

 ワイドリーの顔、腹など上半身ばかり攻めていた弟が、いきなりスライディングで足を攻めた。

 不意討ちを食らったワイドリーは前にこけた。

「もらった!」

「くそ……」

 弟は、倒れたワイドリーに向かって剣を刺そうとした。

 起き上がろうとしても、すでに目の前には剣があった。

 ワイドリーは死を覚悟したその時だった。

「ぶふっ!」

 ジャンプしてワイドリーに向かって下に降りていく弟がいきなり屈折したかのように横に吹っ飛んだ。

 ワイドリーの目の前には白い長めの靴下をはいた女性の足。さらに首を横に動かすと、そこにはコルトがいた。

「あんた……」

「あら、ワイドリーさん。口の悪さは仕事でカバーすると言っていたのに、無様に負けているではないですか」

 コルトはいきなりワイドリーに嫌味を言った。

 ワイドリーは苛立った表情をしながら起き上がった。

「……どうしてここに?」

「あれだけ屋根で騒いでいたら誰だって気づきますよ。一応気づかないふりをしてあなたの戦いぶりを見ていたのですが、オーレスとオージスが屋敷に戻って来て、森に行ったレドーナ達が全員殺してしまったらしいので、この人達を生け捕りにするという伝言と、無様に負けているあなたの手助けをと思い来ました」

「ちっ……」

 コルトの嫌味にワイドリーは舌打ちをした。

「さて、敵はちょうど二人な上に、彼らはこの集団の頭みたいですね。ヨルカ様のお土産のため、頑張らないと。あとはやりますのであなたは下がっていてください」

「はぁ? ふざけんな。俺はまだやれるし、あれは俺の獲物だ。ぶち殺すぞ金髪奴隷」

「は? あなたが周りに弱い人しかいないだけで調子乗ってる口だけのダメで無能な方ですからどっか行ってくださいと言ってるんです」

「んだと! 黒チビの世話しか出来ないメイドのくせして!」

「あ~ヨルカ様だけではなく、メイドとしてもバカにしますか? わかりました。今ここで殺しましょう」

 青筋を立てて、怒ったコルトはポキポキと腕を鳴らし、ワイドリーは剣を構え、お互い殺気を放ちながら、バチバチと火花を散らした。

「弟ぉ!」

 黒ずくめの兄は姿を現し、倒れている弟を抱き上げた。

「あ、兄貴……」

「貴様、よくも弟を……少しは出来るようだが、この俺達の本気の強さを見せる……って聞いてんのかお前ら!」

 兄はコルトとワイドリーが聞いていないことに怒り、怒鳴った。

「うるさいですよ!」

「うるせぇよ!」

「おぅ……」

 しかし、二人にすごい形相で怒鳴り返され、兄は黙った。

 弟は起き上がり、兄弟共に剣を構えて臨戦態勢に入った。

「いけるか弟」

「もちろんだ兄貴……」

「俺達、悪名高き暗殺兄弟の実力を……」

「キシシシシ、思い知るがいい!」

 再び兄弟は消えた。

 今度のは魔法の力ではなく、足の速さによる移動によってである。

 コルトとワイドリーの周りを兄弟の数多の残像が囲む。

「「さぁ! この速さに着いてこれるかな!」」

 二人を囲う残像がどんどん距離を詰めーー。

「「死ねい!」」

 兄はコルト、弟はワイドリーの背後に斬りかかった。

 コルトとワイドリーはお互いにらみつけて、兄弟を見ていない。

 兄弟は「勝った」と内心確信した。

「はぁ!」

「風魔法! 『風の靴ウィド・ブルツ』」

「「……え?」」

 兄弟は驚いた。

 なぜならずっとお互いをにらみ合っていた二人が、こっちに向かって来たからだ。

 コルトはワイドリーの後ろにいた弟の首にラリアットをした。

「がっは……!」

 お互い正面から高速で突っ込んだため、ダメージは大きく、弟はグルンと一回転して頭から地面に激突した。

 ワイドリーは風魔法で足を竜巻を纏わせ、コルトの後ろにいた兄に突っ込み、懐に飛び込むと、ジャンプをして顎にキックをした。

「ぶぅ!」

 魔法により蹴る力が強化されたため、兄はグルグルと高速で回転をしながら後ろに放物線を描きながら飛んでいった。

 兄は地面に落ちると、何回転か転がって、止まるとそのまま動かなくなった。

 兄弟は二人して白目を向いて気を失った。

「さて、うるさい邪魔者はいなくなりましたし……」

「ようやくれるな」

 コルトとワイドリーは再びお互いをにらみ合った。

 二人にとって兄弟はもう眼中になく、「敵」から「殺し合いの邪魔をする者」と認識し、うるさかったため、倒しただけだった。

 なぜか目的が変わってしまったが、理由はどうであれ、『生かしたまま倒す』という目的は二人が気づかないうちに果たし、今度は二人の戦いが始まった。



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