見張り役

第7話

 雲一つない爽やかな晴天に穏やかな風が吹き、町では出店を開いたり、農家が畑を耕し、子供は遊び、冒険者はモンスターを退治したりして、外で活動するのに絶好の日和である…………しかし。

「スー……スー……」

 草原に囲まれた古びた大きな屋敷。

 ヨルカは寝室でもうすぐ昼だというのにまだ寝ている。

 彼女は趣味の読書、魔法の研究で夜遅くまで起きているため、朝に弱い上に、滅多に外に出ずに屋敷に引きこもるインドアな生活。

 外の天気など無縁である。


 人が二、三人は眠れるくらい大きなベッドでヨルカは白いワンピースタイプのパジャマを着て大の字で寝ている。

「ん~……ん?」

 ヨルカが寝返りを打つと、何かが顔に当たった。

 それは柔らかいが、弾力がある。

 ヨルカは何だと思いながら、目をつぶったままそれを触る。

「あん!」

「…………」

 ヨルカが両手で揉みしだくと、女性の声が聞こえた。

 ヨルカはすぐにわかった。

 ヨルカは目を開けると、柔らかい物の正体をジト目で見つめた。

「もう、ヨルカ様ったら大胆なんですから!」

 目の前にいるのはコルト達と同じメイド服を着た紫色の長い三つ編みに大きな胸をした女性だった。

 彼女は服のボタンを全て外し、ブラジャーをずらして、豊満な胸を露にしながらヨルカの隣で寝ていた。

 ヨルカはつかんだ胸から手を離した。

「……何をしているヴァレット」

「いいんですよ。私に甘えて、おっぱいに顔をうずめたり、吸っても構いません。いつも子供のように可愛らしいのに無愛想で大人っぽくしているヨルカ様が乳が恋しくなって、幼児のように甘えてくるギャップ! ああ! 思い浮かべるだけで興奮してきましたわ!」

 紫髪のメイド、ヴァレットは自分だけで盛り上がり、頬を赤らめ、目を輝かし、しゃべりまくる。

 ヨルカはそんな彼女を見て呆れ顔だ。

「さぁヨルカ様! 私の胸に飛び込んで出来れば『お姉ちゃ~ん』と言って甘えてぐぇっ!」

「何をしているのですか? ヴァレット」

 ベッドに横になりながら興奮を冷めやらぬまま、ヨルカの手を握ると、ヴァレットの頭に何かが当たった。

 ヴァレットが急いで起き上がると、そこにはお盆を持ったコルトが立っていた。

「コルトさん! 縦向きのお盆で殴るのはやめてくださる!? しかもこめかみですわよ!?」

「あなたがヨルカ様を起こしに行くと言って、そんなことをしているからです。それとも今度はレドーナに殴られたいですか?」

「やめてください! あんな馬鹿力でやったら命の危機ですわ! んもぉ、やめますわよ!」

 ヴァレットはベッドから立ち上がり、部屋を出た。

「はぁ……おはようございますヨルカ様、そろそろ起きた方がいいですよ」

「ん……」

 ヨルカは起き上がり、ウトウトと睡魔の誘惑に我慢しながら目をこする。


 コルトに着替えさせてもらい、いつものフードに着替えたヨルカはコルトと部屋を出た。

 廊下を歩くと、足音以外何も聞こえない。

「静かだな……他は?」

「ヴァレットは知りませんが、レドーナとオーレス、オージスは窓から動物が走っているのを見たとか言って追いかけて行きました」

「そうか……」

 そんな他愛もない話をしながら玄関前を歩いているとーー。

「コルト!」

 玄関から大きな声が聞こえた。

 ヨルカが玄関を開けると、そこにはオーレスとオージスの他にもう一人。

 背が高く、ヴァレットと同じくらい大きな胸をした真っ赤で癖のある長い髪の女性が何かを持ち上げていた。

 それは自分より大きな体をした立派な角を生やした鹿だった。

「どうだよ! これでなんか作ってくれよ!」

「レドーナ、すご~い」

「追いかけて、乗って、首しめて殺した~」

「もう三人とも! せっかくの服が汚れてます! すぐに着替えてください!」

 三人は鹿を追いかけて、草原を駆け回ったせいか体中に草がくっついてしまい、そのせいでコルトに怒られた。

「んだよ、せっかく捕まえたのに……あ、ヨルカ様おはよっす!」

「ああ……」

 寝起きのヨルカはテンションが低く、レドーナの行動にツッコミを入れる余裕はなかった。



 ***



 レドーナ達は着替え終え、ヨルカ達は昼食をとっている。

 真っ白なテーブルクロスが敷いてある長い机、その中心にカゴに山のように乗ったパンと具がほとんどない人数分のシチューがあり、皆はそれを食べている。

 質素ではあるが、仕事で大金をもらっているため、貧乏ではない。ただ小食で甘い物以外の食に興味がないだけである。

 奴隷達もヨルカに買われる前は、ろくな物を食べさせてもらっていないため、不満はない。

 そんな食事をしながら奴隷達は歓談している。

 最初に口を開いたのはレドーナだった。

「聞いたぜヴァレット。ヨルカ様にちょっかい出したんだって」

「ちょっかいだなんてとんでもない。私はただ寝ぼけたヨルカ様にあわよくば甘えてくれるよう、乳を出して添い寝しただけですわ」

「十分だろ。この変態」

「レドーナ! 変態というのを訂正なさい! 」

 ヴァレットはテーブルを叩いた。

「私はただ『姉に憧れている』だけですわ! 小さい子供に甘えられたり、面倒みたり、一緒に遊んだり、体のにおいを嗅いだり、踏まれたりしたいだけですわ!」

「いや十分変態だろ……お前、姉への憧れをこじらせ過ぎて、小さい子供なら男女問わずに欲情しそうだな」

「…………」

「いや否定してくれよ! 変態って言ってるようなもんだぞ!」

「「変態、変態」」

「あぁ! 双子ちゃんに変態呼ばわりされるのは……いい……」

 オーレスとオージスの言葉に興奮し、自分を抱きしめる仕草をして身震いした。

「もうあなた達! 食事中くらい静かにしなさい!」

 皆が、主にヴァレットがうるさくて、コルトに怒られた。


 ヨルカはこの五人の奴隷と暮らしている。

 ヨルカに一番従順で奴隷達のまとめ役のコルト。

 マイペースでいつも一緒の双子、姉のオーレスと妹のオージス。

 力持ちで男っぽい性格のレドーナ。

 なぜか姉に憧れて、よくしゃべる変態ヴァレット。

 ヨルカは束縛もなく、家事などをすればあとは自由にして和気藹々わきあいあいとしている。

 ヨルカは奴隷達の騒ぐ様子を見ながら、黙々とパンを食べていると、ふとあることを思い出した。

「あ、そういえばコルト、新しいはまだ来ないのか?」

「そういえば前の人が辞めてから二週間は経ってますが、連絡はありませんね」

 見張り役とは、王国に雇われている変人の魔法使いのために、王国から騎士が変人の魔法使いの護衛、依頼の手伝い、見張りなどをして、衣食住を共にする。

「ヨルカ様。前々から思ったんすけど、王国から来た騎士はアタシらを護衛はわかるけど、ってどういうことっすか?」

「ああ、それはーー」

「頼もう!」

 ヨルカがレドーナの質問に答えようとしたら外から男の声が聞こえた。

「噂をすれば……コルト、お茶の用意を」

「かしこまりました」

「お前らはとにかく静かにしろ」

「「「「はーい」」」」

 ヨルカは席を立ち、玄関に向かった。

 ドアを開けると、そこには鎧をつけた片目に大きな傷をつけた中年の男が立っていた。

「よっ、ヨルカちゃん」

「どうも、グフター騎士団長」

 玄関の男はキーダ王国、王都の騎士団長グフター。見張り役の騎士を選び、向かわせている張本人である。気さくで人当たりがよく、王都でも人気のある人物である。

「騎士団長、あなたの選定が間違っているとは言わないが、さすがに辞めすぎではないのか?」

 グフターに会って早々、ヨルカはいきなり説教をし始めた。

 実はヨルカが依頼を再開してから王国から騎士を手配するようになったが、これまで九人が来て、全員最高でも一月ひとつきも満たないうちに辞めていった。

「いやーすまん。逃げ帰って来た者は皆、ヨルカちゃんの魔法実験を見て『俺も実験動物にされる~!』と言って泣きついて来たんだよ」

「ああ……」

 ヨルカは時々、自分の変異系魔法の実験をコルト達にしていた。

 それを見て騎士達は自分もされると思い込み逃げ出したらしい。

「先代がいた頃は見張り役一人で何十年もいたというのに、ビビり過ぎなのではないか?」

「……たしかに最近の若いやつらは軟弱ばかりなのが気がかりだな」

 この世界は昔、狂暴なモンスターが多く、人々の争いも絶えなかった。

 それにより一部の国が滅び、残った国が同盟などを結び、狂暴なモンスターもあまり見なくなり、今は昔より平和になった。

 そのせいで平和ボケしてしまい、入隊してきたのは動物しか倒したことのない若い村人や滅多に運動しない貴族の子供など、肉体的にも精神的に軟弱な者が多くなってしまい、おかげで不可思議で自分が被害に遭うかもしれないヨルカの変異系魔法に恐怖している。

「こちらとしても困ってんだよな……」

 グフターはそう言いながらため息をついた。

「だから今回は俺が任命するんじゃなくて、騎士団の宿舎に張り紙を貼って、希望者が来るまで待つことにした。給料を少し高めにして、衣食住が充実とか楽とか色々思い出す限りいいところを書いてな」

「それで遅くなったのか。来るとは思えないんだが……」

「おいおいヨルカちゃん。だったらここに来てないぞ」

「来たのか?」

「ああ、それも二人」

「ほう……あんなに逃げて、噂が立つはずなのに物好きな奴等だな」

「それでなヨルカちゃん。今回の見張り役、二人まとめて面倒見てくれない?」

「二人もか?」

「希望者の二人がお互い譲ってくれないんだよ。一応金が足りなくなったら王国から支援してくれるって言うし、頼むよ」

 グフターは手を合わせて懇願した。

「……その二人はどんな奴なんだ?」

「あ~……どっちも今年入った新人でな、一人は正義感に溢れて頑張り屋だが、空回りが多い。もう一人は新人の割に戦闘慣れしてるが性格に難ありって感じだな」

 ヨルカは少しの沈黙ののちーー。

「……まぁ、会ってみないとわからない。その新人はいないのか?」

「今馬車で待たせてある。おーい! 降りて来ていいぞ!」

 屋敷の前には大きな荷台がついた馬車が止まっていた。

 荷台の後ろから二人の男性が降りてきた。

「こいつらが見張り役希望者だ」

 どちらも鎧をつけていて、一人は茶髪で背が小さく、可愛らしい容姿をしている。もう一人は白髪で背が高く、頬に斬り傷がついている。

 二人はヨルカに軽くお辞儀した。

「それじゃ、あとの詳しい話は中で話そう」

「はいよ、おじゃましまーす!」

 ヨルカはグフターと見張り役希望者二人を屋敷に招いた。



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