第5話

 王都から離れたとある森、ヨルカ達がレフ王国に着いた時に降りた場所。

 そこから少し歩くと小さな池がある。

 池の周りは木々が生えていないため、夜でも月明かりで明るくなっているはずだが、月は雲に隠れて、辺り一面真っ暗。

 そんな状態での人影が集まり、話をしている。

「ウィルナの分の花は用意してあるの?」

「はい、念のために予備として馬の上に乗せてます」

 一人が指差した所に荷物が乗った馬が待機していた。

「だが、あの死体を見られたら、ウィルナは警戒するんじゃねぇの?」

「それでしたら他の花も加えれば、そう早くはバレないかと思います。あとはいつものようにすれば簡単かと」

「そうね……これで私の玉の輿は確実ね。王妃に媚を売って正解だったわ。もちろん、王子の前にあんたにヤらせてあ・げ・る」

「何をヤらせるのだ?」

「「「「!!?」」」」

 四人は自分達しかいなかったはずなのに、別の人の声が聞こえたことに驚き、全員声のした方を向いた。

 それと同時に雲が消え、月が現れると、一気に明るくなった。

 そこにはヨルカとコルト、オーレス、オージス、そしてワズ。

 そして彼女らと向かい合うように遠くにはフランソワ、バイド、バズ、そしてもう一人……。

「まさか君が……」

「ちっ……!」

「まさかあなたも殺人に関わっていたとはな……殿

 そのもう一人とは昨日までヨルカ達と一緒にいたワズの所の御者だった。

「ワズ殿がレフ王国に来たのは今回が初めてと言った。なのにあなたは降り立った森で『この森には猛獣はいない』と言った。ウィルナ殿を運んだ時にと思ったが、先程ワズ殿から、ウィルナ殿は迎えに来たレフ王国の馬車で城に向かった。なのになぜこの森に猛獣がいないのを知っているか……それはこの森に何度も来ているからだ」

「ぺっ! ご名答だよ!」

 御者は昨日の敬語ではなく、下に向かって唾を吐きながらそう言った。

「バイド、何で……何でお前が殺しを? 私はお前に何かした覚えはない!」

「うるせぇ!!」

 バイドはワズに睨み付けながら怒鳴った。

 その表情は明らかに血のつながった兄に向ける顔ではなかった。

「俺はな領主になりたかったんだよ! 俺は親父みたいに平民から金をむしりとって、支配の快感を味わいたかった! なのに長男ってだけで、こんな頭がいいだけの平民にペコペコする奴が継ぎやがって!」

「領主に必要なのは領土の活性、住んでる平民のために考えることだろう。支配などという考えに行き着くなど、とんだ悪徳領主だなワズ殿の父親は……」

 ヨルカは呆れながらワズに言った。

「はい、悪行がバレて領主の権利を剥奪され、王の命で私に決まりました……だから私は父のようにならないと決めたんです!」

「知るか! フランソワと協力して、せっかくお前の大事な娘を殺して、お前の絶望する顔が見たかったのによ!」

「自分の欲のために姪を殺すとは、思った以上に下衆だな。ちなみにバドと御者はどうしてなんだ?」

「う……私は今まで淑女しゅくじょたしなみと嘘をつき、性的知識を知らない純真無垢な少女に淫らな行為をいたしました。王子の許嫁候補はフランソワ様以外は子供の頃、私により処女を失いました」

「丁寧に言っているが、とんだ幼児性愛者のド変態ジジイではないか」

 ヨルカは内心バドに対して引いている。

「そして成人になった彼女達は、それがいけないことだと気づいてしまいました」

「遅っそ」

「私は王様に訴えられそうになりましたが、非処女なのをバレてしまったら王子の嫁になるのに不利と言って時間稼ぎをしました。そこでフランソワさんに協力して殺すことにしました。リーパードの花びらをくわえると恋愛が成就すると嘘をついて……」

「それで護衛がいる中で突然死……しかし犯しておいて殺すのはずいぶんと勝手だな」

「私にとって十歳以上は無価値と考えておりますので、何も感じません」

「うわ~……」

 バドの真顔で言った発言に、ヨルカは嫌な顔をしてさらに引いている。

「俺は元からフランソワ様の忠実なる下僕げぼくだ! 彼女はキーダの娼館から、貴族の愛人の今まで、ずっとモテなかった俺にヤらせてくれた女神なんだ!」

「愛人? 貴族の娘ではなかったのか?」

「私の魅力にかかれば、年寄り貴族にヤることヤらしたら、養女にしてくれるわ。私はこの魅力的な体で貴族まで成り上がった。自分の玉の輿のためなら、貞操も捧げるし、人も殺す。だからこいつらを使って候補達に花を渡して、一人でいた所を花束に無理矢理顔を突っ込ませて殺したの」

「部屋の貴族は……これまでのことを知った口封じって所か?」

「ええ、あいつは私が候補達を殺していることを知って『黙る代わりに結婚したら月一で金をよこせ』と言ってきたわ。だから急きょウィルナ用の花をバイドを使って渡して、あの部屋で私の体で誘惑して、鼻の下を伸ばしたあいつの隙を突いて無理矢理花びらを口に入れた。ようやく手に入る権力と財力は誰にも渡さない……私の邪魔をする奴は皆死ねばいいのよ!」

 全然反省の素振りがないフランソワ。

「はぁ、もういい……お前達と話をしても捕まってはくれないだろ。頼むぞお前達」

「かしこまりました」

「「りょ~か~い」」

 ヨルカは下がり、代わりにコルト、オーレス、オージスが前に出た。

「ワズ殿、下がろう」

「大丈夫なんですか? これまでのを見て普通じゃないのはわかりますが……」

「大丈夫だ」

 ヨルカはワズを連れて一緒に下がった。

 同じようにフランソワも後ろに下がり、バイド、バド、御者が前に出た。

「オーレス、オージス、鎧の男は私が相手しますので残りをお願いします」

「「は~い」」

 コルトは一番前にいるバイドの相手をすることとなった。

「ただのメイドに何が出来るってんだ! あぁ!」

 コルトは丸腰のメイド服、バイドは騎士の鎧をまとって、槍を持っている。見た感じなら明らかにコルトが不利である。

「手足切り落として、悲痛の叫びを上げながら絶望する顔見てぇなぁ!」

 下卑た笑みを浮かべ、槍を振り回すバイド。

「悪趣味な……あなたなんてこの石一つを使って倒してみせます」

 コルトはその辺にあったリンゴくらいの大きめの石を拾った。

「はあ? そんなんで俺を倒せると思ってんのか!?」

「はい」

 コルトのなめてる言動に、怒るバイド。

 だがコルトの自信に満ちた表情は、あくまで勝つ気でいる。


 にらみ合う二人。

 槍を構えてじりじりとにじみ寄るバイドに対し、コルトは石を持ったまま微動だにしない。

 バイドがある程度の距離まで近づくと、コルトは振りかぶりーー。

「てやっ!」

 石を投げた。

 しかし腕の力だけで投げた石は速さも勢いもなく、斜め上の方向へ行ってしまい、バイドの真上を通過しようとしている。

「ハッハッハ! どこ投げてんだ?」

 コルトの自信に反した結果に、嘲笑あざわらうバイドは、石が通る真上を向いた。

「さあて……じっくり切り刻むーー」

 バイドが再び正面を向いた次の瞬間だった。

 正面を向いたバイドの目の前にあったのは、コルトの膝だった。

 コルトはバイドがよそ見をした数秒の間に、音も立てずに目にも止まらぬ速さで、数メートルあるバイドの間合いに入った。

 そしてスピードに乗り、勢いが出ているコルトの膝はバイドの顔面にめりこんだ。

「ぐぶっ!」

 膝が当たったバイドは後ろに倒れようとしている。

 コルトは完全に倒れる前に、バイドの顔を踏み台にしてジャンプし、飛ばした石をつかんだ。

 コルトの真下には、バイドが背中に地面が着き、仰向けに倒れている。

 重力に従い、地面に落ちようとしているコルトは石をしっかりと握りーー。

「はぁ!」

 バイドの顔面に向かって握った石を叩きつけた。

「ぶぅっ……!」

 石を食らったバイドの顔は鼻が曲がり、前歯が折れ、白目を向いてそのまま動かなくなった。

「油断しましたね」

 バイドを倒したコルトを見て、フランソワの顔は青ざめ、後ずさった。

「な、何なのよあのメイドは! あんた達! 私を守りなさい!」

「わ、わかりました!」

 御者はふところから短剣を取り出し、コルトに構えた。

「フランソワ様に手を出してみろ! 俺が許さないからな!」

 手を震わせながらコルトに短剣を構える御者。

 しかしコルトは立ち上がると、石を捨てて、スカートを手ではたき、汚れを落とすと、そのまま立っているだけだった。

「ど、どうした? 怖じ気づいたか!」

 御者の視点は完全にコルトにいっていたその時、突然二つの物体がコルトの両肩に乗り、高くジャンプした。

 御者は驚き、視線を上に変えた。

 木の影でよく見えず、そのうち月の光であらわになったのはオーレスとオージスだった。

「双子~」

「ダブル~」

「「キーック!」」

 双子は寸分の狂いもなく同時に宙返りをし、その後左右対称に足を出してキックした。

「な? な? ごっ!」

 御者はいきなりのことに混乱し、何も出来ないままキックを食らい、ゴロゴロと転がってそのまま倒れた。

「く……!」

「ちょっとバド! どこ行くのよ!」

「勝てる気がございません故、私はこのまま国を出ます!」

 バドは御者が用意した馬を使って、逃げ始めた。

「逃がさな~い」

 オーレスは御者の足をつかみ、自分を軸にグルグルと回り始めた。

 そのスピードはどんどん増していく。

「発車三秒前~……二……一……発車~」

「ド~ン」

 オージスの合図にオーレスは御者を投げ飛ばした。

 御者は逃げているバドに向かって一直線に飛んでいき、バドの後頭部に当たった。

「ぐっ! ……がっ!」

 当たった勢いでバドは落馬し、その拍子で木に激突して気絶した。

「ヨルカ様、終わりました」

「うん……」

 顔に傷を負って倒れたバイド、遠くで倒れているバドと御者、そして逃げていく馬。

 フランソワの前にはもう味方はいない。

 そしてヨルカは安全を確認すると、ゆっくりと歩き始めた。



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