第2話

 ヨルカのいた屋敷は、キーダ王国の中心部の王都から少し離れた場所。そこから大きな鳥に変えたオーレス、オージスに乗り、空を飛んで、止まることなく隣の国レフ王国へと向かっている。

 飛び立った昼近くから数時間、すでに真夜中になり、外は暗くなっている。

 ヨルカとコルトは平気で座り、外を眺めているが、依頼者のワズと御者は鳥の羽毛にしがみついて外を見る余裕もない。

 オージスの頭の上に乗っていたヨルカは、よろけることもなくスタスタと歩き、背中にしがみついているワズに近づいた。

「ワズ殿」

「な、何でしょうヨルカ殿!」

「娘さんは今レフ王国のお城に?」

「はい! 王妃様が娘を見定めるために泊まらせております! 一応私の弟達が護衛をしているので大丈夫なはずです!」

 ワズは余裕がなく、ヨルカの質問に答えるのに必死だった。

「ヨルカ様、見えてきました」

「ん、そうか」

 ヨルカは外を眺めた。

 そこには屋敷にいた曇り空ではなく、星が煌めく夜空に、遠くに見える大きく高い建物、レフ王国の城が、明るい装飾を施して、空からでも目立っている。

「真夜中なのにずいぶん明るいな……」

「噂ではここの王様は気さくで平民にも親しみやすいですが、頭は優れないようで『王都の象徴の城を明るくすれば、町も明るい』ということで城を明るくしているらしいですね」

 コルトがヨルカに近づき、話しかけた。

「それを使う金があるなら民のために使えよ……オージス、あの森に降りてくれ」

「ピィ! (わかった)」

 オージスは王都からさほど遠くない大きな森に向かって降り、後ろのオーレスも後に続いた,。

 森に着くと、ヨルカとコルトは普通に降り、ワズと御者はヨロヨロとふらつきながら降りた。

「このまま城に向かったら大騒ぎになる。二人とも並べ」

「「ピィ!(は~い)」」

 二羽の鳥は並んだ。

 ヨルカは杖を飛び出し、二羽に向けた。

 杖の先から再び複数の魔法陣を出した。

「変異系魔法第三術式、第六術式複合『獣化テージ・オブ・ビスト縮小化スモス』」

 杖の先から赤い光が飛び出し、魔法陣を通過して双子に当たった。

「「ピィィィ……」」

 双子は再び形を変えようとしている。

 まず巨大だった体が今度は小さくなった。

 それと同時に体の羽毛が全て引っ込み、代わりに短い毛が生えた。

 翼だった腕が細くなり、四つん這いになると短くなっていく。逆に足は太く長くなり、腕と同じくらいの大きさになり、指は全て引っ込み、代わりに硬い蹄が現れた。

 体も胴が少し長くなり、尻の羽は細いフサフサの尻尾になった。

 そして首が伸び、顔全体が細くなると、目が横に移動し、鼻が下に引っ張られるようにどんどん伸びていく。

 変化が終わった頃には、縮小が止まり、双子は今度はオレンジ色の馬になった。

「ヒヒーーーーーーン!」

「ブルルルルルルルル!」

 ワズ達は腰を抜かすことはなくなったが、ただただ呆然としていた。

「本当にすごいですね……その魔法」

「そうでもない……この変異系魔法は人がいないと何も出来ない。コルトや皆がいないと私はただの魔力が高いだけのガキだ。では、こいつらを使って馬車で移動するか」

「ヨルカ殿、倒れたままの馬はどうしましょう?」

「ん? ああ……」

 ワズは最初に馬車を引いていた馬達は空を高速で移動したせいか、ぐったりを通り越して、死んだかのように動いていない。

「あの……私が残りますので、ワズ様達は先に行ってください」

 名乗りを上げたのは御者だった。

「いいのか?」

「はい、幸いこの森には猛獣はおりませんので」

「そうなのかコルト?」

「……たしかに大きな動物の気配はありませんね」

「気配って……メイドさん何者ですか?」

「気にするな」

「では、取り付けを行います」

 御者は慣れた手つきで、馬になった双子に馬車を繋げた。

「終わりました」

「ではゆくか」

 ヨルカは馬に近づき、城の方向を指差した。

「オーレス、オージス、あっちにまっすぐ行って森を抜けたら、無駄に明るいでっかい建物に向かえ」

「「ブルルルルルルル!(わかった)」」

 二頭の馬は了承した。

「よし、これで御者なしでもちゃんと城に向かえる」

 ヨルカ、コルト、ワズは馬車に乗った。

「ワズ様、お気をつけて」

「ああ」

「では行け」

「「ヒヒーーーーーーーーーン!」」

 馬車は元気に鳴くと同時に走り出し、ヨルカ達は御者と別れた。

 馬を操作する御者がいないのに、双子の馬は勝手に曲がり、スムーズに進んでいる。

「さて、ワズ殿、話の整理をしようか」

「あ、はい」

 馬車に揺られながら、ヨルカはワズに質問をした。

「我々がやるのは、娘を守るためにこれまでの王子の許嫁候補を殺した犯人を見つけるでいいのだな?」

「はい、そうです」

「それで一番怪しいのは残り一人の候補。だが、死んだ所を見た人間によると、護衛がいたにも関わらず突然死んだ。だから魔術師を雇って呪いの類いで殺したと判断したようだが……ワズ殿、その辺の所はもう少し詳しくわかるか?」

「詳しく……監視で雇った者の話では、関係ないと思いますが、花束を持っていたようです」

「花束?」

「はい、暗くてよく見えなかったらしいですが、男性にもらったみたいです」

「花束か……いずれにせよ、その死んだ許嫁候補と生き残った女の情報が欲しいな……コルト」

「はい。城に着き次第、オーレス、オージスと共に亡くなった許嫁候補の死因、並びに唯一残った候補の周辺を重点的に調査致します」

「頼んだ。まぁパーティーまで時間はある。気長にやろう」

「ど、どんどん話が進んでいる……」

 二人の円滑なやり取りにワズは困惑している。

 ヨルカとコルトは依頼人のワズを放って、今後のことを話しているとーー。

「「ヒヒーーーン!(着いたよ)」」

 双子の鳴き声に気付き、ヨルカが馬車から顔を出した。

 そこには大きな門に囲まれた大きな街、レフ王国の王都ウェイガに着いたようだ。


 真夜中であるため、門番とのやり取りに少し時間がかかったが、なんとか町の中に入った。

 馬車はヨルカとコルトの要望で、城に向かった。

 理由は今後の調査のために見ておきたいらしい。

 明かりがほとんどついてない町の中を明るい城を便りに奥へ奥へと進むと、城の入口が見えて来た。

 奥には広い庭があるが、門と門番、そして鉄の柵に阻まれて、これ以上は行けない。

 明るく装飾をした城はより眩しく感じた。

「これ以上は行けないみたいだな……ワズ殿、明日になれば娘の親族として、城に入れるのか?」

「ええ、ヨルカ殿も私の護衛役として、城に入れるはずです」

「わかった、では今夜は宿にでも泊まってーー」

「父様!」

 城から遠ざかろうとした瞬間、門から声がした。

 振り替えると鉄の柵をつかんで、ヨルカ達を見ているのは、高そうな黄緑色のドレスを着た若い女性。

「ウィルナ!」

 ワズはドレスの女性に近づいた。

「父様どうしてここに? キーダ王国の王都に行っていたのでは?」

「えっと……こちらの魔法使いのヨルカ殿の魔法によって早く着くことが出来たんだよ」

「そうなんですか。魔法って便利ですね」

 ワズの説明不足で大まかな言い方にドレスの女性は納得した。どうやら細かいことは気にしないようだ。

「ヨルカ殿、こちらは娘のウィルナです」

「ヨルカ・アムクルスだ」

「メイドのコルトと申します」

「初めまして」

 門番が近くで見ている中、ヨルカ達はお互い挨拶をした。

「ところで、ウィルナ殿はこんな真夜中にどうしてここに?」

「城の中では息がつまるので、散歩をしていました。体を動かすのが好きなんです」

「すみません……娘は少々お転婆で、落ち着きがないとよく言われているのです」

「なるほど、見た限り特に危険はないようだな」

「そうですね。ウィルナ、私達は明日城に行くから王子達に伝えてーー」

「キャアァァァァァァァァァァァァァ!!」

「「「「!?」」」」

 それは突然だった。

 城の方から絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえた。

「い、いいい、一体何が!?」

「コルト」

「はい」

 コルトはヨルカとワズを両脇に抱えると、門番の方を向いた。

「緊急なので失礼します」

「あのメイドさん、失礼ってうわ!」

 そう言うと、コルトは二人を抱えてジャンプした。

 二人を抱えて助走をつけていないのに、鉄の柵を軽々と越え、城の敷地に入っていった。

 コルトは二人を離すと、ワズはいきなりのことに腰を抜かしたのか、その場でしゃがんだまま動かなくなったが、ヨルカはすぐに立ち上がった。

「ウィルナ殿、父上をまかせた」

「え? あ、はい」

 ヨルカとコルトはワズをウィルナに任せて、城に向かった。



 ***



 城の見張りに見つからないよう、庭の草むらに隠れながら進み、城の真下まで着いたヨルカ達。

 たくさんある部屋の中で、悲鳴はどの部屋なのか探しているとーー。

「どうした!」

「これは……」

 二階にある一つの部屋から声が聞こえ、何やら騒がしかった。

 見張りもその部屋を見ていた。

「コルト」

「はい」

 コルトはヨルカを抱き抱えると、再びジャンプした。

 コルトの並外れた跳躍力で、今いる庭の草むらから、城近くの木のてっぺんまで跳び、そこからまたジャンプして、騒ぎのある二階の部屋のバルコニーに跳び移った。

「ヨルカ様……」

「これは……」

 コルトはヨルカを下ろした。

 そこで見たものは、入口付近に集まる人々、広い部屋に散りばめられた紫の花びら、そしてその花びらに囲まれた男性の死体があった。



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